馬車の上のリィカ
女性兵士に案内されて、女生徒達のいる方へと移動したアレクは、リィカを見つけて怒鳴った。
「おいリィカ! なんでそんな所にいるんだ!」
御者台にいると聞いていたリィカは、馬車の上にいた。女性兵士は、そんなリィカを見て、絶句している。
声が聞こえたのか、リィカがアレクの方を見た。そして、アレクの耳元でリィンと音がする。
『どうしたの、アレク』
「あっちはバルとユーリがいるから、俺はこっちに来たんだよ。あまり馬車には近づけないが。それよりなぜそんな所にいる?」
馬車の上は多少の傾斜はあるが、そこまででもない。いていられないことはないだろうが、見ていて危ないし、怖い。だというのに、リィカはノンビリ座っている。
『大丈夫だよ。こっちの方が見晴らしがいいから、よく見えるし。魔力だけで探るの、面倒だから』
「魔物からも狙われるだろう!」
『ちゃんと防御もしてるから、大丈夫』
それでも危ないことに変わりないだろう、と思ったアレクだが、リィカが普通の《防御》を使っているとは考えにくい。おそらく混成魔法を使っているのだろうと思えば、確かに襲ってきているDランク程度の魔物に破られるものではない。
「馬車、揺れるんだから気をつけろよ」
『それもあっての《防御》だよ』
どうやら準備万端らしい、と判断したアレクは、ため息をついて、男性兵士たちと合流することにした。心配すらさせてくれないリィカを頼もしく思うべきか、寂しく思うべきか、少し悩んだ。
※ ※ ※
リィカはアレクの姿を見送りながら、怪しい魔力を探る。感じるのは、魔物の魔力だけで、魔族らしいものはない。
この間のマンティコア、そしてこの大量の魔物が、魔族の、ひいてはカストルの仕業だったとして、カストルは何を考えているんだろうか。
リィカは、魔国のために何かしたいと思っている。何ができるか、まだ分からなくても、もう二度と魔王が生まれないように、勇者を召喚しなくて済むように、その道を探りたい。
けれど、カストルはどう思っているんだろうか。この裏にカストルがいるとしたら、カストルは魔国を変えることなど、望んでいないんだろうか。あくまでも、人の豊かな土地を奪うことを、望んでいるのだろうか。
『リィカ、絶対とは言えないが、おそらくカストルも転生している。"日本人"の記憶があると思う』
泰基がそう教えてくれたとき、リィカは絶句した。そう気付いたのが暁斗で、その理由が「ゲームに良く出てくる武器を作ったから」なのは、ちょっと笑ったが。
けれどそう考えると、カストルの作る魔道具なんかも納得がいく。暁斗の相手に人間であるダランをぶつけたことも、理解できる。暁斗が人相手に殺し合いなどできないことを、日本人の記憶があれば容易に想像できるだろう。
だが、魔族としてだけじゃない、別の記憶もあるのなら、なおさら魔族としてだけではなく、もっと広い考え方ができてもおかしくないとも思う。人と手を取り合う道を、選ぼうとは考えなかったのだろうか。
ガタン、と馬車が揺れて、リィカは我に返った。御者台だと前方しか見えないので上によじ登ったのに、考え込んでいては意味がない。
ちなみに、スカートではない。四日目にグループ行動で動くから、はいているのはキュロットのようなものだ。ジャージではないが、そういう感じの学校指定の制服である。流石に、スカートだったらよじ登るのは躊躇した。
御者にはギョッとされたし、レーナニアたちにもそういう顔をされた。時々兵士たちからの視線も感じるし、目立ってはいるんだろうが、この場所の方がやりやすい。
「アレクが来てくれたから、地上は気にしなくていいかな」
助かったといえば助かった。空からの魔物は、大体打ち落としているが、地上の魔物の方が数が多い。そちらも気にしていたが、下手をすると兵士たちに当たってしまうので、結構な気を遣いながら魔法を放っていたのだ。
魔法の練習をしておいて良かった。凝縮魔法のコントロールは、魔王対戦時よりさらに上がっている。それでも、うっかりがないとは言えない。
飛んでくる魔物目掛けて、リィカは何度目になるか忘れた凝縮魔法を、放ったのだった。




