始まりは荷物整理から
(暑くなってきたなぁ)
キャンプという名の軍隊の真似事の開始当日。リィカはそんなことを思いながら、寮の中を歩いていた。それもそのはず、季節はすでに夏である。ちょうど、昨日の夜から月も出た。
「…………」
ふと、去年のことを思い出した。去年の夏の始まりは散々だった。
デトナ王国の王都テルフレイラで貴族たちに襲われた。アレクをフッた。まともに夜も眠れず、高熱を出した。……そして、あの"赤い月"の夜に、アレクと恋人同士になった。
そこまで思い出して、悪い事ばかりでもなかった、とも思う。さて、今年の夏はどうなるのか。
「あらやだ、荷物を自分で持ってるの?」
「一週間も外出するのよ? 荷物それだけ?」
それらの声が聞こえて、チラリとその声の主を確認する。名前は知らないが、子爵家や男爵家の令嬢らしい。
自分が言われているんだろうな、というのは分かるが、気にしない。「無視するのが一番」というミラベルの言葉があったからだ。
「あなたは国王陛下の名において伯爵相当の貴族になったのよ。どうせ陰口くらいしか彼女たちにはできないから、気にしないこと」
ミラベル自身も陰口を叩かれているらしいが、同じように無視しているらしい。ただ無視もできないのが男爵家でしかないセシリーなのだが、そこはAクラス所属という重みがある。
「最初の頃は、男爵家が何か不正をしたとか言われたけど。実力で叩きのめしてやった」
そう言ってニカッと笑うセシリーは、女だけど妙に男らしかった。
リィカは後になってから知ったが、セシリーは剣の成績において、五本の指に入る実力者だった。一位はアレクとバルの二人に独占されてしまっているが、三位争いをしているうちの一人がセシリーだ。
申し訳ないが、バルの婚約者であるフランティアは、セシリーの相手にもならない。
リィカも多少は剣を使えると言って、手合わせをさせてもらった。少なくとも、旅の間にアレクとかバルとか暁斗とかと手合わせしたときよりは、相手をしやすかった。そう言ったら、セシリーが嫌そうな顔をした。
「比べる相手が問題すぎる。っていうか、魔法使いが剣強すぎ」
リィカは首を傾げた。実際、リィカはセシリーに負けたのだから。
「そんなことないと思うけど」
「超基本的な動きしかしてこなくて読みやすいから対処はできるけど、リィカの剣を振る速さ、かなりのモンだよ? 剣だけでもBクラスには入れるんじゃない?」
「……そう?」
今まで練習相手といえばユーリであり、後はもうアレクとバルと暁斗である。自分の剣の実力が一般的に見てどの程度なのかなど、知るよしもなかった。
元々、魔法を使うための補助程度にしか考えていないのだから、気にもしていなかった。
だから「すごい」と思われるレベルになっていたことに純粋に驚き、そして教えてくれた泰基に、心の中でお礼を言ったのだった。
※ ※ ※
「おはよう、リィカさん」
「おはよう、ベル様。セシリーも」
「うん、おはよう」
寮の入り口でミラベルとセシリーと会って、挨拶を交わす。リィカもだが、二人も荷物は少ない。その脇を、大きなバッグを沢山持った侍女たちが忙しなく行き交っている。
「……ねぇ、聞いてもいい?」
「何を聞きたいのか分かる気がするけど、何かしら?」
「……キャンプに、あんなに荷物って持っていっていいの?」
貴族寮に入って、およそ二ヶ月半。侍女が誰の侍女だか、大体顔は覚えた。それから判断すると、一人当たりの荷物が明らかに多すぎる。
歩くのは一日だけで後は馬車だと言っても、馬車にだってそんなに荷物を詰め込めるスペースはない。
そもそも、歩くときだって荷物を馬車に置きっぱなしにはしない。自分の荷物を持って歩かなければならないのだ。だから、荷物は小さいバッグ一つにまとめること、可能な限り荷物は少なくするようにと、散々教師は言っていた。
でもそういえば先ほど、荷物はそれだけなのかという陰口が聞こえていたな、とリィカは思う。
「いいわけないわ。中には『護衛に持たせろ』という言い放つ人もいるけど、大荷物持って歩いたら、護衛は護衛の役目を果たせない」
「まあ、それはもちろんそうだね」
それを言ったら、野営の準備を全部護衛にやってもらうのも、役目を果たせていないんじゃないかと思う。
「だからキャンプに出発する前には、各個人の荷物を減らすところから始まるの。減らされることを分かっているはずなのに、何故かみんな大荷物を抱えたがるのよね」
「普通に生活しているときと、同じ水準を求めようとするからでしょ。ちゃんとこれだけ用意しろって教えられてるのにね」
「うわぁ……」
ミラベルとセシリーの説明に、リィカはゲンナリしてしまった。
思ってはいたのだ。初日に泊まる宿、妙に近い割には集合時間が早い。なぜかと思っていたのだが、まさかそんなしょうもない事情があったとは。
「……わたしたちは、荷物減らされないよね?」
「当たり前でしょ。最小限しか持ってないんだから。ただ待ちぼうけ食らうだけ」
「……それもヤだなぁ」
だがぼやいていても仕方がない。集合時間は集合時間である。遅刻するわけにはいかない。
「ベル様もセシリーも、今日から一週間、よろしくお願いします」
「四日目だけは違うけれどね」
リィカが頭を下げると、ミラベルが苦笑しつつ返す。
キャンプの中日である四日目だけはグループ行動になるが、一緒に馬車に乗るのはグループではない。
グループは男女混合になっているが、馬車という"密室"に乗るのに、男女一緒にするわけにはいかないからと、グループ関係なく同性同士が馬車に乗ることになっている。
ミラベルもセシリーも、リィカと同じ馬車なのだった。
※ ※ ※
学園に到着すると、あちこちで荷物が広げられていて、教師と生徒の言い争っている声がした。
「リィカ!」
「アレク、おはよう」
声を掛けてきたアレクに挨拶して、その後ろにいるバルとユーリとも挨拶する。さらに、ミラベルやセシリーと挨拶しているのを聞きながら、リィカは周囲を見回す。
「……なんか、大変そうだね」
多分、主に教師が。荷物を減らされる生徒側も大変なのかもしれないが、どちらかといえば自業自得だと、リィカは思う。
アレクもバルもユーリも、当然ながら最小限の荷物である。「アイテムボックス使えば、いくらでも持って行けますけどね」とはユーリの言ったことだ。
もっと言ってしまえば、この最小限の荷物すら、手で持っていかなければならないのが面倒だ、ということになってしまうのだが。
「こんな無駄な時間ないからやめようと言っていたんだけど、あまり効果はなかったね」
「でもアーク様がそう仰ったから、Aクラスの人たちで大荷物を抱えている人はいませんよ」
聞こえた声に振り向けば、そこにいたのはアークバルトとレーナニアだ。二人とも、荷物は少ない。とは言っても、二人ともどこか表情が強張っている。
「ただ本当にこれだけで大丈夫なのかが不安だ。アレクが大丈夫と言うから、これだけにしたけれど」
「本来であればこれに食材が入りますけど、それは教師が用意してくれているから、楽ですよ」
アークバルトの言葉に、アレクが軽く返す。
旅の間、食材が正直一番多かったし重かった。けれど、肉はキャンプの現地に行ってから魔物や動物を狩って解体する決まりだから、最初から持っていく必要はないし、他の食材は教師が用意してくれている。
それを知ったリィカが「至れり尽くせりだ」と思った事は内緒である。
「リィカ嬢、馬車の中ではレーナのこと、よろしく頼むよ」
「と、とんでもありません。わたしの方こそ、お世話になります」
アークバルトのまさかの言葉に、リィカはアタフタと頭を下げた。
そう、その言葉通りに、馬車の中ではレーナニアも一緒だ。後は、フランティアとエレーナの二人。ミラベルとセシリー含めて、この六人が一緒に馬車に乗る。
同性同士となる馬車の中では、リィカはアレクたちと離れざるを得ない。平民上がりでまだまだ貴族社会について勉強中のリィカのために、教師たちがリィカと仲の良い女生徒たちでまとめたのだ。
その事実をリィカも知っている。だから世話になるのは、リィカの方だった。
「旅慣れているリィカさんと一緒というのは、心強いんですよ? ですから、よろしくお願いしますね」
「は、はいっ! がんばります!」
リィカの肩肘張った返事に、レーナニアが微笑ましそうに笑う。
周囲では、まだ教師たちの張り上げる声が響いていた。
最近調子よく書けているので(笑)、明日も更新します。




