翌日の学園
翌日、リィカは普通に登校した。そして、教室でレーナニアと顔を合わせたとき、なぜかひどく安心した顔をされた。
「レーナニア様?」
「……いえ、なんでもありません。アレクシス殿下との話、できたのですね?」
「はい」
涙ぐんでいるようにも見えたレーナニアだが、何もなかったように話を続けられて、リィカは内心で首を傾げつつも頷く。
「ちゃんと話ができました。少し待ってもらっちゃいますけど。レーナニア様のおかげです。ありがとうございました」
「……とんでもありません。お役に立てて光栄です」
そう答えたレーナニアは、やっぱり目に涙がたまっていた。
※ ※ ※
「リィカ、今日授業が終わったら、付き合ってくれ」
アレクの唐突な言葉に、目をパチパチさせる。
「何かあるの?」
「昨日のマンティコアだ。普通のマンティコアではなかった、という話をしたから、父が色々調査をしたらしい。それで分かったことを教えてくれるそうだ。だから、残念だがバルとユーリも一緒」
「……いや、わたしは別に残念じゃないけど。っていうか、何で一緒で残念なの」
バルもユーリも聞いたら怒るんじゃないかな、と思いつつ、アレクにツッコむ。ちなみに、またまた昼休み。二人での食事だ。
「俺は二人きりがいいんだ」
大真面目に言われて、リィカは顔が赤くなる。
昨日の話を聞いた後も、アレクは変わらない。変わらずに自分と接してくれている。それが嬉しくて、リィカは笑顔を浮かべた。
※ ※ ※
放課後。
この日の学園は平和そのものだった。昨日のマンティコア襲撃など、何もなかったかのようだ。
「そういえば、あのナイジェル様って人、今日は何もしてこなかったな」
別に絡んできて欲しいわけではないが、何もないのも違和感があるような気がする。模擬戦のあの程度でも絡んできたのだ。
「今日は休んでますよ、あの人」
「休み?」
後ろを歩くユーリに言われてふり返ると、なぜかアレクに手を引かれて、視線を戻す。不機嫌そうな様子に、首を傾げる。
「アレク、段々心が狭くなってませんか? 他の男と話すなとか、そのうち大真面目に言い出しそうで怖いですよ」
「……………」
ユーリの言葉にリィカは無言で、アレクはムスッとする。その様子を見て、記憶を刺激された。
「そういえば、泰基もわたしが……っていうか、凪沙が他の男子と話してると、よく不機嫌になってた気がするなぁ」
「この状況でタイキさんの話はやめた方がいいですよ、リィカ」
「なんで?」
ユーリの注意にリィカはそう聞き返す。ユーリもバルも困った顔をして笑っていた。
「リィカは変な所で度胸がありますね」
「度胸とかいう問題じゃねぇって。ヒヤヒヤして心臓に悪ぃ」
二人の言葉にリィカは首を傾げつつも、何となく思い直す。
確かに、前世っぽいような話など、されても困る気がする。皆が泰基のことを知っているから、リィカもつい口にしてしまうが、あまり言わない方がいいのかもしれない。
そんな事を考えているリィカは、アレクの顔がさらに険しくなっていたことには気付かなかった。
「そういえば、休みってなんで?」
途中になってしまった話の続きを促す。ユーリと、そしてバルが苦笑して、アレクは今度は手を引っ張らなかったが、握っている手の力が少し増した気がする。
「上級魔法を他の生徒たちを巻き込んで放ったことを、学園長に叱られていましたからね。ふて腐れているか、あるいは父親に言いつけてそこからレイズクルス公爵に話が回って、正式に学園に苦言が来るか。そんな感じで、休んでいるんだと思います」
「えーと……」
話が分からない。正確には、分かる気はするが、それぞれが繋がらない。
「あの、わたしが駆け付けたとき、ナイジェル様が上級魔法を放つ直前で、味方を巻き込んで魔法を使うのが、信じられなかったというか……」
とりあえず、一つ一つ確認していくことにした。貴族的思考というのだろうか。そういうものは、聞かないとリィカは理解できない。
あの時、巻き込んで放つと知っていれば、リィカももっと早く行動に出ただろうが、あり得ないと思っていただけに、完全に出遅れてしまった。
「見ていたんですね、リィカ」
ユーリが曖昧に笑う。アークバルトの話では、その後リィカがその場に来たという話だったが、目撃はしていたのか。バルが苦々しい顔をして、アレクが大きなため息の後に口を開いた。
「魔法師団は、上級魔法の信望者の固まりだ。騎士団と行動するときも、騎士団に敵を足止め、まとめさせた上で、上級魔法を放つ。その時に騎士団がいてもお構いなしだ」
「……え……………ええっ!? そんなことしたら、騎士団の人たち、どうなるの!?」
当たり所が悪ければ、即死する可能性だってある。大体、上級魔法一発で敵を倒せるとも限らない。倒せなければ、上級魔法を受けた騎士団員は、さらに敵から攻撃されることになってしまう。
「だから、魔法師団は嫌われてんだ」
「それはまあ、そうだね……」
何となく分かった気がする。ナイジェルの父親は、魔法師団の一人だ。つまりは、そのやり方を学んできたのだろう。そしてそれが当たり前だから、叱られてふて腐れるなり、苦言という話になる、ということだろうか。
「……魔法師団って、怖いね」
学園に入学して一年生だった頃。
魔法を使えるということで、将来の道の一つとして、魔法師団に入るという道を考えたこともある。
ボンヤリとしたイメージ、という感じで本気で考えていたわけではなかったが、話を聞くと絶対に目指してはいけない道な気がした。
「問題は師団長の派閥に属する奴らだけであって、副師団長の派閥はそんなことはない。圧倒的に師団長側の人間が多いのは確かだが」
「今は副師団長側ばかりが動いてっからな、騎士団もだいぶマシになった」
魔法師団は、魔法師団長であるレイズクルスと、副師団長であるライアンとの派閥に分かれている。レイズクルス派閥は、上級貴族出身の者でそのほとんどが占められており、もちろんこちらの派閥の方が大きい。
ライアンの派閥は、下級貴族その他といった感じの小さな派閥だが、今現在において魔法師団として働いているのは、ほぼこちらの派閥に属している面々だ。
そして、こちらの派閥は、騎士団まで巻き込んで魔法を放ってきたりはしないので、騎士団としては一緒の仕事がやりやすいのだ。
そんな話を聞きながら、リィカは思う。
アレクと一緒にいたいなら、そういう所も学んでいかなければならないのだろう。それ自体は別にいい。頑張りたいと思うし、頑張れると思う。
けれど、父親らしい男のことを思い出すと、リィカの心は沈んでしまうのだった。
明後日13日も更新します。




