身元調査の結果
寮に帰るリィカを見送り、アレクは歩きながらリィカの話を考えていた。
(父上が知らないということが、あり得るか?)
少なくともリィカが学園に入学するときに、リィカの身元調査くらいはしているだろう。その時に、リィカの父親が分からないという事実は判明していたはずだ。
そして……。
「おい、王子様」
「なんだ、ジェフ」
誰もいないところから掛けられた声に、アレクは驚くこともなく応える。すると、相手がチッと舌打ちしたのが聞こえた。
「本当におれたちの気配、分かるのかよ。ったく、前会った時は分かってなかったってのに」
「俺も帰ってきてみたら、気配が分かるから驚いたんだ」
「そうかい。だったら知らない振りするな」
不機嫌そうなジェフにアレクは笑った。
夜、風の手紙を使用したとき、近くにジェフがいた。その時のことを言っているのだろう。
「それより、何か用か?」
「陛下が呼んでるぞ。説教だと」
「分かった。――ちょうど、俺も聞きたいことがあった」
"説教"の単語を気にする事なく、アレクは答えた。まあ、説教されるなら甘んじて受けよう、という気もある。
それよりも、聞きたい。リィカがあの二つの質問をベネット公爵にしたとき、このジェフも近くにいたはずなのだ。父親が分からないという情報があった上で、あの質問を聞けば、リィカが何を考えているのかを察することなど、難しくも何ともないからだ。
※ ※ ※
執務室ではなく、私室にいると聞いて、そちらに向かう。許可をもらって入室すると、そこには父の他に、兄であるアークバルトもいた。
「兄上、戻られていたんですね」
「まあね。お前の予想通り、授業は中止になったからね。良かったな、サボりにならなくて」
アレクは苦笑した。授業が中止になるとはっきり決まる前に、自分はリィカを連れて行ってしまった。あまり褒められた行為ではない。
が、アレク以上に苦々しい顔をしているのは、国王だった。
「そんな事を言うのであれば、学園で止めろ。黙って見送るんじゃない」
「いや、さすがに部屋に連れ込むとは思わなかったもので。見誤ったことは申し訳ありません」
あまり悪いと思ってなさそうな口調でアークバルトが謝罪した後、アレクに話しかけた。
「それで? リィカ嬢は結婚を受けてくれたんだな?」
「いえ、まだです。待って欲しいと言われました」
「……おや」
アークバルトが意外そうにつぶやく。気持ちは分からなくもない。アレクも自分で意外だと思うが、さっぱりした顔をしているだろうから。
果たして兄は知っているのだろうか。知らないのであれば、話を切り出していいものなのか。アレクはそう考えて、必要であれば父が退室を命じるだろうと思って、そのまま切り出した。
「父上、リィカのことで伺いたいことがあります」
「なんじゃ?」
「――リィカの身元調査、行っていますよね?」
国王は一瞬目を見開き、驚きを示した。だが、すぐその目を細め、チラリと視線がアークバルトに向く。その視線に気付いたアークバルトは、立ち上がった。
「退室しましょうか?」
「……いや、やめておこう。そなたも知っていた方がいい話だ。ただし、他言無用だがな」
「それは無論です」
アークバルトが頷き、また座る。それを確認して、国王はアレクを見た。
「もちろん、やっておる。リィカ嬢の母君が何者かに襲われ身ごもり、その結果生まれたのがリィカ嬢だ。父親は不明」
アレクは僅かに目を細め、アークバルトが「え」と小さく声を出す。
「となると、リィカ嬢の魔力量の多さは、果たして突然変異によるものなのか、あるいは親から引き継いだものなのか、判断はつかん。正直な所、リィカ嬢が貴族の娘である可能性の方が高いと思っておった」
そこで国王は、横に控えているジェフをチラリと見た。
「そんな折、ジェフからの情報が入った。アレク、お主もそれを聞きたいんだろう。リィカ嬢がベネット公爵に聞いていたことだ」
「はい。リィカはベネット公爵に、十七年前……もう十八年前になりますが、アルカトル王国にいたかどうかを聞いていました。それをジェフが聞いていた以上、そして父親が不明という情報を父上がご存じであった以上、調べていると思ったんです」
わざわざ質問内容を口にしたのは、リィカの件については全く知らなかったらしい兄のためである。
そのアークバルトは、驚いてはいるようだが口出しをするつもりはないようで、動きは見せない。
「アレク、調べた結果を教えるのは構わん。だが儂も聞きたいのだが、なぜリィカ嬢は自らの父親がベネット公爵だと思った?」
「リィカの許可なしに、教えられません」
父の問いに迷うことなく答えれば、何やら諦めたようにため息をつかれた。
「…………全く。まあ良いわ。例え魔王が倒れても勇者様が帰られても、それでも勇者一行の名は大きい。この程度強気に出たところで、何も問題にはならぬだろう」
勇者一行というだけではなく、アレクは王子でもあるのだ。それを分かった上で、必要な場面で強気に出られるというのは、悪い事ではない。
そうつぶやいたあと、国王がアレクに向けた視線は鋭かった。
「リィカ嬢の父親は、ベネット公爵で間違いないだろう、という結論に達しておる」
「…………っ……」
アレクの顔が苦々しく歪む。
おそらくそうだろうとは思っても、できれば違って欲しかったと思う。
「当時、ベネット公爵はレイズクルス公爵に招かれ、この国に来た。そして、国内を視察して移動し、当時リィカ嬢の母君が住んでいた街にも滞在している。……母君の妊娠が発覚し、追い出されるように街を出たのはその数ヶ月後だ」
「そう、ですか」
追い出された話は初耳だが、意外でもない。実際に、リィカはクレールム村出身なわけだから、母親が何らかの理由で街を出たのは間違いない。
「何も証拠はない。ただ、リィカ嬢がベネット公爵を気にしており、時期的なタイミングは合っている。絶対とは言えぬが、否定する要素もない。豊富な魔力量を持つ者、という点だけで見れば、レイズクルス公爵もいたから、実はそちらが、という可能性もゼロではない」
アレクは眉をひそめた。リィカが仲良くなったミラベルの顔を浮かべる。
「それでも、ベネット公爵で間違いないと思っているのですか?」
「ああ。……まず、レイズクルス公爵が平民に手を出すとは思えぬ、というのが一つ。相手を人間とも思っておらぬだろう。手つきになった侍女とて貴族出身だ」
アレクも父ほどではなくてもレイズクルスを見てきたから、それは納得できる。
「一つ、ということは、他にもあるのですか?」
「こちらがむしろ本命だ」
父王が深々とため息をついた。
「かの街には、公爵のような高位貴族が泊まれる宿はない。自然と宿のランクを落とすことになる。それでもベネット公爵は街の宿に泊まったそうだが、レイズクルスは嫌がって街の外の、自らの馬車の中で泊まったとか」
「「は?」」
アレクだけではなく、アークバルトの声も重なった。
目を丸くしている息子たちを見ながら、父王は重々しく語る。
「自らが招いた他国のホストの相手を行わずに放り投げた。当時を知る者もいて、ベネット公爵はやりたい放題で大変だったと。……まあレイズクルスがいたところで、被害が拡大するだけであっただろうが」
「…………」
「いや~それは……」
アレクは何も言えず、アークバルトは呆れた口調で言った。
「他国の街でやりたい放題のベネット公爵もすごいですけど、招いた相手の世話を放棄するレイズクルス公爵もすごいですね。一体何やってんですか」
「全くだ」
父王が重々しく頷く。次にアークバルトに向けた言葉には、実感がこもっていた。
「頼むから、お前はああなってはくれるなよ?」
「肝に銘じます」
アークバルトは真面目に応じて頭を下げる。
一方、まだ呆然としているアレクに、父王が声を掛けた。
「そういうことだ、アレク。レイズクルスは街中にいなかった。であれば、残る選択肢は一つだ」
「……ああ、はい」
まだ呆然としてしまうが、それでも何とか返事はした。
アレクは、自分が王子らしいと思った事はない。だがそれでも、自分はマシな方だったんだな、としみじみ思ってしまった。
「これはマルティン伯爵に聞いた事だが、ベネット公爵は結構平民街に行くことが多いらしい。単に、身分が下の者が自分の乗っている馬車を見て、慌てて道を空けたり平伏したりするのを見るのが好きだ、というだけの理由らしいが」
アレクは顔をしかめる。
マルティン伯爵とは、モントルビア王国に滞在中のアルカトル大使だ。そして、幼い頃に兄と共に自分に勉強を教えてくれた人物で、信頼しているが苦手な相手でもある。
だが問題はマルティン伯爵ではなく、ベネット公爵の話である。
自分たちが王都モルタナに足を踏み入れたとき、平民街までベネット公爵が来た。なぜ来るんだと思っていたが、そんなしょうもない理由があったとは思わなかった。
「そんなベネット公爵であれば、平民に手を出すこともあり得るだろうと判断した」
「……なるほど、分かりました。ありがとうございます」
調べた父もそう判断しているのであれば、リィカの父親がベネット公爵であることは、間違いないのだろう。
そうなると、やはりリィカ自身の気持ちが落ち着くのを待つしかないか。アレクが手を貸せることは何もないか。
「それで、アレク。その話とリィカ嬢との婚約の話が、どう繋がる?」
「………………」
その質問にどう答えるべきか、アレクは悩んだ。言えないと突っぱねれば、きっと父はそれ以上聞いてこない。
リィカがなぜ父親のことを知ったのか、というのはリィカ個人の事情だ。だが、婚約の話はそうではない。自分が王子である以上、父である国王も関わってくるし、国としての問題でもある、と思わざるを得ない。
そう考えれば、話さないという選択肢はとれなかった。
「……リィカが、ベネット公爵に会いたくない、と。俺と結婚すれば、会う機会があるから。気持ちの整理をつけるから待って欲しい、と言われました」
「なるほどのぉ……」
父王が何やら考えるように顎を撫で、口元が笑みの形を作った。
「つまり、リィカ嬢はお前と結婚するとはどういうことなのか、真剣に考えていたということか。父親の問題さえなければ、王子の妃になるだけの覚悟はあると」
「い、いや、そんな話までしていませんが」
アレクは慌てて否定する。リィカに覚悟があるかないかの話など、何もしていない。
「アレクと結婚すれば、ベネット公爵と会う機会がある。そう考えるということは、王子と結婚するとはどういうことなのかを、考えているということだろう?」
「それはそう……なのでしょうか」
頷きかけて、止まる。どうなのだろうか。父親に関しての話しかしなかったから、はっきり頷ける自信がない。
戸惑うアレクを余所に、国王は脇に控えて一言も言葉を発していないジェフに声をかけた。
「ジェフ、モントルビアに行ってくれ」
「経過を見てくればいいんですね? 了解です」
それだけ言うと、ジェフの姿が消える。正確には気配を消しただけだが、それだけで姿が目に映らなくなるのが不思議だ。
アークバルトは、ジェフのいたところをマジマジと見つめているが、すでにもうそこにジェフはいない。
「父上、経過とは?」
一体どういうことなのか。何を知っているのか。
そう思ってアレクが聞くが、父王はニヤッと笑っただけだった。
「なに、あと数ヶ月ほどで結果が出るだろう。アレク、それまで辛抱だ。決してリィカ嬢を逃すなよ」
逃がすつもりなど欠片もないが、父の言葉にアレクは首を傾げたのだった。




