心の中の切れる音
「終わったのか……」
アークバルトがやや呆然とつぶやいたのを聞いて、ユーリは苦笑した。
つい先ほどまで苦戦していたように見えたのに、一瞬で勝負がついてしまったのだから、その気持ちは分かる。
「警戒していたのは確かです。僕たちが戦ったマンティコアと違うことも多かったですから」
アレクもバルももしも魔剣を使っていれば、最初の剣技を放った時点で相手を倒せていた。そもそも、周囲に人さえいなければ、リィカが一人で三体とも倒しきることだってできただろうと思う。
けれどそこまでは言わず、ユーリは自らが作った《結界》に手を触れる。アレク、バル、リィカの顔を見て、そして《結界》を解除した。
「いけっ!」
その瞬間、リィカが魔法を放つ。凝縮魔法だ。同時にアレクが駆け出して、バルとユーリが後を追う。
リィカも駆け出そうとして、足にズキッと痛みが走る。すっかり忘れていたが、《強化・速》の効果を強引に押さえ込んだせいで、足が痛かったのだ。
走るのを諦めて、放った魔法に集中する。放ったのは一発だけだ。狙いは、物陰から隠れるようにこちらの様子を見ていた一人の人物。
「ギャンッ!」
気付かれていると思っていなかったのか、自分が狙われるとは思っていなかったのか。逃げるそぶりすら見せず、リィカの魔法がその男に命中した。
※ ※ ※
アレクは、リィカの魔法が命中して倒れた男に剣を突きつけ、観察する。
魔族ではなく人間だ。それは間違いない。フードを被っているが、それは外れているから、肌も髪の色も耳も、よく見えるから間違いない。
「ヒィッ!?」
抜き身の剣を目にして悲鳴を上げても、逃げる気配さえない。見た目からして戦闘向きではないと思ったが、おそらくその通りだろう。
リィカの気配がすぐ追いついてこないので、どうしたのかとチラッと見ると、足を痛そうに引きずって歩いている。どうかしたのか、と心配になるが、すぐ目の前に意識を戻した。
「あのマンティコアは、お前の仕業だな?」
「ヒェッ!?」
「悲鳴はいいから、答えろ」
「ヒイィィィィッ!」
「……………」
すっかり怯えてしまっている男に、アレクは対処に困る。だからといって、剣を突きつけるのをやめて逃げられるのも問題だ。
バルとユーリに視線を向けてみるが、二人とも処置無しとでも言いたげに、首を横に振るだけだ。
(どうしろって言うんだ……?)
困り果てたアレクだが、救いの声は別の所からやってきた。
「アレク、今兵士がこちらに向かっている。そちらに引き渡そう」
「兄上」
アークバルトだ。兵士とは、要するに軍のことだろうか。倒してしまったから、軍が来てもやることがない……というわけではなく、諸々の後片付けにも必要だ。
「念のための確認だけど、こいつがあのマンティコアを放ったのか?」
「今のところ、おそらくですけど。ですが、この学園内に外部の人間がいる時点で、十分怪しいと思います」
「そうだね。仮にマンティコアと関係なかったとしても、どうやって入り込んだのか、それを聞き取る必要はあるね」
アークバルトのうっすらした笑いに、アレクの背筋に冷たいものが走る。何となく、その雰囲気が父王と似ている気がして、アレクは目を泳がせた。
とりあえず、学園の教師が持ってきてくれた縄で、その男を縛る。
そして話がどう広まったのか、かなりの生徒たちが集まって賑わっている場を見ながら、アレクはユーリを見た。
「怪我人は?」
「一番怪我が重かった人は治りましたよ。それ以外は、これから確認します」
「……そうか」
安心していいのかどうか分からないが、少なくともユーリがこうしているということは、緊急性はないのだろう。
そう判断して、やっと近づいてきたリィカに視線を送った。
「リィカは、足をどうしたんだ?」
「え?」
気付いてなかったらしいユーリが声をあげる。リィカは困ったように笑った。
「みんなが来る前に、マンティコアを引き離そうと思って、《強化・速》を使ったの。でも、思ったより動きが速くて無理だなって思って」
魔法の効果で強引に引き上げられた速さで動く体を、強引に押さえ込んだ。そのせいで足に負担がかかってしまった。
「大丈夫だよ、ちょっとたてば治るから」
そう言って笑うリィカを、アレクはジッと見る。これがいつもなら、早くユーリに回復してもらえと言うのに、その言葉が口から出てこない。
「――あの、アレク」
リィカの表情が、不意に真剣なものに変わった。
「今日授業が終わったらね……ちょっと話、いいかな」
言いにくそうにしながら、その目に悲痛なものがあるような、そんなリィカにアレクは心の中の何かが切れたような気がした。
「分かった。――じゃあ、今から行くか」
「え?」
リィカの疑問を無視して、その体を横抱きに抱き上げる。何か言われる前に、アレクが先手を打った。
「こんな騒ぎになったんだ、今日の授業はもうやらないだろう。行くぞ」
抱き上げたまま、さっさと歩き出す。バルやユーリの呼び止める声がしたが、チラッと見るとアークバルトが二人を止めていた。
抱き上げられたリィカは、驚いたように動こうとして「いたっ」と小さくつぶやいて動きが止まる。
結局、顔だけ上げてアレクを見た。
「アレク、行くってどこ行くの!?」
「決まっている。――城の、俺の部屋だ」
「……え?」
目を大きく見開くリィカにそれ以上答えることなく、アレクは歩を進めたのだった。
※ ※ ※
レーナニアは、アレクと抱えられているリィカの後ろ姿を見ていた。きっと、リィカが話をするのだろう。果たしてその結果はどうなるのだろうか。
そこまで考えて、レーナニアの頭がズキン、と痛んだ。
「あ」
久しぶりの感覚だった。
痛みと共に思い出した"記憶"に、レーナニアは去っていくアレクとリィカに向けて思わず手を伸ばしていた。
「レーナ、どうかした?」
「……い、いえ。なんでもありません、アーク様」
慌ててレーナニアは表情を取り繕う。そして怪訝そうなアークバルトを促して、この場の対応に当たる。
もしかして、自分は余計な事をしてしまったかもしれない、と思う。けれどもう、どうすることもできない。
(リィカさん、どうか道を間違わないで)
それを願うしかなかった。




