VSマンティコア②
「ガァゥゥ」
自らの攻撃がリィカの魔法一つで相殺されたことに、マンティコアは警戒したのか怯んだのか、前足を曲げて頭を低くして小さく唸る。
完全に動きが止まった、瞬間。
「《結界》!」
ユーリの声が響いた。
リィカは、そしてアレクもバルも驚かない。
「「「ガァァッ!?」」」
代わりに、マンティコアが驚いたようなうなり声を上げる。
今、マンティコア三体とリィカ・アレク・バルの三人が、大きな《結界》の中にいた。
モントルビア王国の王都モルタナ、その街の中でBランクの魔物が出現した時、泰基が張った《結界》と同じものだ。
外からではなく、中からの攻撃が外に行かないようにするための《結界》だ。
張ったユーリ自身は《結界》の外にいる。事前のリィカから風の手紙で話があったように、怪我人が多いからだ。特に、レーナニアが魔法を掛けている生徒は、早く治療しないと危ない。
「【隼一閃】!」
注意の逸れたマンティコアに、アレクが剣技を放つ。風の、横に薙ぐ剣技だ。しかし、その攻撃は当たらずに、地面で弾けて消える。
「余所見するなよ、マンティコアども。相手は俺たちだ」
「「「ガアアァァッ!」」」
アレクの攻撃が、単なる注意を向けるための威嚇だったと、理解したのかしないのか分からないが、怒りの声を上げる三体に、アレクもバルもリィカも構える。
ふと、リィカが気付く。アレクもバルも、持っている剣は魔剣じゃない。普通の剣だ。
「剣、それしかないの?」
「持ってはいるが、あまり大勢の前で使うのもな。無理だと思えば使う」
「……ん」
魔剣は、伝説レベルの剣だ。そうそう見せられるものでも、見せていいものでもないのだろう。
それを理解して、リィカは小さく頷く。そして、簡単に注意を促す。
「さっきの攻撃もそうだけど、その前にわたしが使った上級魔法でも、たいしたダメージにならなかった。……多分、普通のマンティコアじゃないと思う」
いくら全力ではなかったとしても、上級魔法を使えば、相手がBランクであってもそれなりにダメージを与えられる自信はある。けれど、それがほとんどなかった。
つまり、思い出すのは……そう。モルタナでの戦いだ。
「強化された魔物かっ!」
アレクがそう叫んだ瞬間、マンティコアが三体とも飛びかかってきた。
「《火防御》!」
リィカは再び《火防御》を発動させ、自らを守る。
「【天馬翼轟閃】!」
「【獅子斬釘撃】!」
そして、アレクは風の剣技を、バルは土の剣技を放った。どちらも直接攻撃の剣技だ。マンティコアの一体に狙いを定めて、それは命中する。
だが、アレクもバルも眉をひそめた。
グニャリと、柔らかい何かに受け流されたように、剣がその先に通らない。こんな感覚は初めてだった。
「何だこれは?」
「分かんねぇ。前に戦ったときは、普通に剣技は通ったよな?」
これが固いのであれば、もしかして魔族と同じように全身強化でもしているのだろうか、とも思うが。アレクとバルの視線を受けたリィカは、首を横に振った。
「魔力で何かしてるとかじゃなさそう」
「つまり、そういう体だと思うしかないか」
それもそれで面倒だ、と思いながら、アレクは剣を構えた。
※ ※ ※
「……これは良くないですね」
ユーリはレーナニアが回復していた生徒の回復を引き継いでいた。一応、他の生徒たちに緊急の回復を要する者はいないことは確認した。
今治療している生徒も含め、マンティコアにやられたのだろうと思われる生徒もいる一方、明らかにそうではない怪我……はっきり言えば人間の使う魔法で傷ついた者もいる。
何があったのか、と思わなくもないが、不遜な顔で立っているナイジェルを見ると、何となく何が起こったのか分かってしまう。
それよりも、目の前の生徒だ。《全快》をかけているものの、治りが芳しくない。今までの経験から、これは治療不可能だと分かってしまう。
(いえ、絶対に治してみせます)
それは意地でもある。けれど、それだけではない。
もしあのマンティコアが、普通のマンティコアではないのであれば、そこに魔族が関わっている可能性が高い。
別にきれい事を言うつもりはない。けれど、いつか本当に魔族と手を結べる日が来るのであれば、その日のためにできるだけ遺恨はのこしたくないのだ。
出来るはずだ。例え発動に成功したことがなくても、ユーリも水の適性は持っている。だから、出来るはずだ。
(力を貸して下さい、タイキさん)
そう願った瞬間、ユーリは目を見開いた。そして、僅かに笑みを浮かべる。
「《復活》」
かつて泰基が使った、光と水の混成魔法。《全快》を遙かに超える回復能力を持つ魔法だ。
青白い光を放つ。成功したことにユーリは一つ息をつき、そこで脇に誰かが立ったことに気付いた。
「治りそうか?」
アークバルトだ。ずっと生徒たちに指示を出したり、駆け付けた教師たちに事情を説明したりしていたが、それが一段落したのだろう。
「はい、問題ありません」
ユーリが頷けば、アークバルトも怪我をした生徒をのぞき込みつつ、ホッとした顔をする。見たことのない魔法だということくらいは分かりそうだが、そこを聞く様子はない。
「他の生徒たちは、回復できる者たちに頼んでいるけど、後で確認してくれ」
「かしこまりました。……ところで、マンティコアによるものではない怪我を負ったものがいるようですが、何があったのでしょうか」
答えは大体分かっているが、白々しくユーリは尋ねる。アークバルトは嫌そうな顔をした。
「分かっているだろうに。ナイジェルが、他の生徒たちに魔物の足止めをさせて、その隙に上級魔法を詠唱して、足止めをしていた生徒たちごと巻き込んで放ったんだ」
「ああ、やはり」
「やはりじゃない」
アークバルトは、横目でナイジェルを睨みつつ、話を続けた。
「ナイジェルは大いばりしていたが、おそらくダメージらしいダメージにはなっていなかった。魔物がナイジェルに攻撃しようとしたところ、リィカ嬢が来て魔法を放って、ナイジェルは無事だった、というわけだ」
「またリィカはナイジェルを助けたんですか」
放っておけばいいのに、と言いたかったが、ユーリは口を噤んだ。当の本人がすぐ近くにいるからだ。
自分が似たようなことをしているくせに、相手のやることは許さない男だ。面倒になりそうなことはしたくない。
アークバルトもユーリが言わなかったことに気付いているのだろう、同感だと言わんばかりに苦笑して、その視線は戦っている場に向いた。
「……まず、大前提の確認だけど、先ほどからマンティコアと言っているけど、間違いないか? Bランクのマンティコア?」
「ええ。僕たちは見た事もありますし。間違いありません」
「……そうか」
アークバルトは厳しい表情をした。
本で見たことくらいはあるのだろうが、実際に見て分かるかどうかと言えば、また別物だ。もしかして、と思った所で、こんな街中にBランクがいるはずがないという考えが、まず邪魔をする。
「ユーリッヒが回復に回ってくれたことは素直に有り難いが……苦戦しているようだが、大丈夫なのか? 兵士の派遣は依頼したが」
「へ? ……ああ、まあ確かに苦戦ぽく見えますか」
真剣なアークバルトには申し訳ないが、ユーリは笑ってしまった。
剣技でまともにダメージを与えられず、にらめっこしている状態だ。苦戦と言われれば、そう見えなくもない。
治療中の生徒に視線を向ける。もうほとんど回復は済んだと判断して、魔法の発動をやめる。そして、《結界》の中に向かって、声をかけた。
「三人とも分析は後でいいですから、とりあえず倒しちゃって下さい。早くしないと軍が駆けつけてきますよ」
アークバルトの胡乱げな顔に、ユーリは笑うだけだった。
※ ※ ※
「ああそうか、軍を呼んだのか」
「そりゃそうだろ。街中に魔物がいるんだから」
「マンティコアがいたら、みんな怖いよね」
アレク、バル、リィカの順だ。
三者三様に言ってから、その雰囲気が一瞬で変わった。
「ガゥ……」
マンティコアたちが警戒するように、小さな唸りを上げる。
「リィカ、動きが鈍れば、いけるか?」
「うん」
アレクに頷き返して、バルも頷く。
そして、二人は魔法を唱えた。
「《風の付与》!」
「《土の付与》!」
二人が唯一詠唱せずに唱えられる魔法、エンチャント。
アレクの剣は風が渦巻き、バルの剣は土に覆われてその質量が増える。
「「「ガアアアアァァァッ!!」」」
それが合図であったかのように、マンティコアが飛びかかる。
「【鳳凰鼓翼斬】!」
「【鯨波鬨声破】!」
それを黙って見ているはずもなく、アレクとバルが同時に剣技を発動させた。複数の同時攻撃を可能とする、縦に振り下ろす剣技だ。
アレクの攻撃も、バルの攻撃も、それぞれに二体ずつに命中し……攻撃が通った。傷のつかなかった皮膚に、大きく傷がつく。
「「ガアアァゥッ!!」」
それでも、二体は怯むことなく飛びかかってくる。アレクもバルもニヤリと笑って、三度剣技を発動させた。
「【金鶏陽王斬】!」
「【天竜動斬破】!」
アレクは、風のエンチャントと火の直接攻撃の剣技。風が炎をさらに大きく燃え上がらせる。剣は頸部に命中し、一瞬の抵抗の後、その首を断ち切っていた。
バルは、土のエンチャントに水の剣技が合わさり、ただの土の塊が鋭い刃になる。飛びかかってくるマンティコアを鋭い目で見つめ……その胴を一刀両断にしていた。
「ガアァッ!」
残った一体は、アレクとバルと、二人の剣技が命中して動きの止まっていたマンティコアだ。
二体が倒され叫ぶ。動けない代わりに、大きく口を広げ、その喉奥に魔力が集まっている。先ほど、リィカの《火防御》を破った攻撃だ。
しかし、それが放たれるより、リィカのほうが早かった。
「《電磁砲》!」
唱えたのは、風と水の混成魔法、雷の魔法。かつて、リィカが戦ったジャダーカが使っていた魔法だ。
「ガァッ!?」
それは大きく開けた口に入り、体を貫通した。そして、そのまま横に倒れたのだった。




