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【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~  作者: 田尾風香
第十六章 三年目の始まり

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ミラベルに話を

 放課後、リィカはレーナニアと一緒にCクラスを訪れていた。もちろん、ミラベルに話をするためだ。


 唐突な訪問にミラベルは不審そうにしながらも拒むことはなく、今三人は学園の校舎内の個室にいた。


「突然お声を掛けて申し訳ありません、ミラベル様。お茶のご用意でもできれば良かったのですが、それはまた別の機会とさせて頂きたく存じます」


「構いません、レーナニア様。驚きはしましたが、何か用があるわけでもありませんので。ところで、リィカさんまでご一緒に、一体どうされたのでしょうか」


 レーナニアとミラベルが言葉を交わすが、リィカにはどことなく緊張感を孕んでいるようにも聞こえた。レーナニアはそれでもまだ穏やかな笑みを浮かべているが、ミラベルは明らかに警戒している。


 それでもリィカは口を開かなかった。そう言われていたし、レーナニアの邪魔をするつもりはなかった。


「リィカさんから、ミラベル様が寮にお住まいと伺いまして。少し驚いたのです。十分お屋敷から通えると思いますのに」


 リィカは「え」と声を出しそうになった。魔法を教える話をするのではないのか。大体、なぜ屋敷から通っていないのか、その理由だって知っているというのに。


 ミラベルはどう思ったのか、口の端が上がって皮肉そうに笑っている。


「どこに住もうと私の自由では? 父の許可も得ていますし。とやかく言われることではありませんが」


「ええ、とやかく言うつもりはないのです。ですが、レイズクルス公爵閣下がよくお許しになったと申しますか。大切な腹心の部下のご子息、ナイジェル様に嫁がせる予定の、大切な娘様でいらっしゃるでしょうに。よく屋敷から出す気になったな、と少し思ったもので」


「………………レーナニア様、本題を仰って下さいませんか?」


 ミラベルが、少し低い声で話を促した。

 リィカは、ハラハラしながら見守っている。レーナニアがどんなつもりで、そんな話を持ち出しているのか分からない。


 しかし、レーナニアは穏やかな笑みを崩さなかった。


「これも本題です。なぜ公爵閣下があなたを家から出したのか。なぜあなたは家から出たのか。それを伺いたいのです」

「聞いてどうするの! あなただって知ってるでしょう!」


 我慢しきれない、という風に、ミラベルが叫んだ。その目にあるのは、どうすることもできない苛立ちだった。


「あなたはいいわよね! 家族に蔑まれたことも、暴言を吐かれたことも、いなきゃ良かったなんて言われたこともないんでしょう! 何を言われても何をされても、誰も助けてくれなくて、ただ無関心を貫かれたこともないでしょう! 今くらい、それらから離れたいって願って、何が悪いの!」


 その激昂に、レーナニアの表情から笑みは消えて、ただ静かな目が閉じられ、少し頭が下がる。


「……そうですわね。申し訳ありません。無神経でした」


 そうして謝罪して開かれた目が、真っ直ぐにミラベルを捉えた。


「わたくしにそんな経験はありません。けれど、離れたいと願う気持ちは想像できます。ですが、それは()だけでよろしいのですか?」

「……仕方ないじゃないですか」


 レーナニアの静かな言葉に引きずられたのか、先ほどの激昂が嘘のように、ミラベルは小さくつぶやいた。


「レイズクルスの家を出て、どう生きていけというのですか。一人で生きていける力はありません。苦しくても辛くても、家も食べる物も着る物もない生活よりは、ずっといい」


「ではもし、その力が身についたとしたら、ミラベル様はどうなされたいですか? その力で、自らを疎んだ家族に認めて欲しいですか?」


 間髪入れないレーナニアの問いに、ミラベルは自嘲するように笑う。


「そんな意味のない仮定に、何の意味があるんですか?」

「意味があるから、伺っております」

「………………」


 ミラベルは無言でレーナニアを凝視するが、諦めたように首を振る。ふう、と息を吐いて、リィカを見た。


「そうですね。もし私がリィカさんのような力を持ったとしたら……どうなんでしょう、考えたこともありません」


 一言に"力"と言っても色々ある。それでも、ミラベルが思い浮かべたのは"魔法"の力であることを見て取りつつ、リィカは無言を保つ。

 ミラベルの視線が遠くを見るように動いた。


「父は褒めてくれるのでしょうか。奥様は私を認めてくれるのでしょうか。私は侍女の子ではなく、きちんと父の子だと、レイズクルスの娘だと、思ってもらえるのでしょうか。辛いことも悲しいことも、なくなるのでしょうか」


 遠くを見たままの視線の先に、ミラベルは何を見ているのか。レーナニアは静かにその様子を見るだけで何も言わない。リィカも、グッと我慢した。


 そうやって待つこと、数分程度。不意に、ミラベルの表情が歪んだ。目から涙が零れそうになるのを無理に堪えて、笑みを浮かべる。


「……無理ね。褒めてくれても、認めてくれても、私が受け入れられない。散々蔑まれたことを、私が忘れられない。ちょっと、ショックね。家族なのに、そのはずなのに」


 どうしても、家族と一緒に仲良くしている自分が想像できないのだと、ミラベルは自嘲した。しかしそれもすぐに引っ込んで、無表情にレーナニアに問いかけた。


「それで、どういう意図があって、このような質問を? どちらにしても、父たちが私を認める未来などありませんし、私はただ従うしかできません」

「…………」


 レーナニアは無言のまま、フッと表情を緩める。そして、リィカに向かって笑顔で頷くと、リィカの顔がパッと明るくなった。

 そのやり取りを見て疑問を浮かべているミラベルに、本当の本題を切り出した。


「ミラベル様、もし本当に良ければなんですが。わたし、ミラベル様に魔法をお教えしたいと思いまして。いかがでしょうか」

「……は?」


 さすがにミラベルも驚いたのか、呆然とリィカを見返す。その驚きが冷める前に、リィカはさらに続けた。


「あの、本当に嫌なら嫌でいいです。わたしが、単にそうしたいって思って押しかけただけなので」

「……ちょっと待ってちょうだい」


 話についていけないのか、ミラベルがストップをかける。そして、額に手をあてて話を確認するように、言葉を口にした。


「あなたが、リィカさんが、私に魔法を教える……?」

「はい。その、ミラベル様が良ければですが」


 リィカの返答に、一瞬間が空いて、そして大きく息を吐いた。


「……なるほど、それが本題なのね。その前のレーナニア様のお話は、仮にそれで私が力を付けた後、私が身の振り方をどうするかを確認したかった、と」


 どうやら、このやり取りだけでおおよその事情を把握したらしい。Cクラス在籍とはいっても、やはり生まれついての貴族なのか。

 どう逆立ちしても、リィカは自分にそれができるとは思えない。


「リィカさん、質問よろしいかしら?」

「は、はいっ」

「では、なぜ私に教えようなんて思ったの?」


 リィカは言葉に詰まる。いきなりそこから聞かれた。

 理由は分かっている。もしかしたら自分もミラベルのような立場にあったかもしれないと思ったら、放っておけなかった。けれど、それを素直には言えない。


「その、すいません。そうしたいと思ったから、ではダメでしょうか」

「それを聞きたいのではないの。そうではなく、あなたが教えるほどの価値が、私にあるのかというのを聞きたいの」

「……価値?」


 何のことか分からず、リィカは首を傾げた。その反応に、ミラベルは不安と期待と苛立ちが混ざった、複雑そうな表情を見せる。


「だってそうでしょう? 勇者様のご一行であらせられるあなたが、わざわざ私に教えたいというなんて。私にそれだけの能力があるのか、あなた自身のアピールか、どちらかでしょう?」


「……………え、ええっ!?」


 一瞬、二瞬ほど考えて、リィカは意味を理解し、驚きの声を上げていた。そして、アタフタと言い訳を試みた。


「ええっと、アピールとかそんなのは別に考えてなくて。っていうか、本当にちゃんと教えられるかどうかも、まだ分かりませんし。能力……能力はまあ、魔力も結構ありますし、あるんじゃないかと思いますけど」


 それも結局は、その人の努力次第だ。能力がどのくらいあるかなど、分かるはずもない。

 リィカは魔法が好きで、学ぶのが楽しくて、そして色々覚えていった。能力があるかないかなど、考えたこともなかった。そういうものだと思っている。


 ということを、若干まとまりなく話すリィカの様子に、ミラベルは最初ポカンとして、次いで笑い出した。


「そう、そうなのね。本当にただ、教えたいと思ってくれただけなのね」


 クスクス笑い、そしてすぐ笑みを抑えて、リィカを見た。


「では、もう一つだけ。答えようがなければそれでいいのだけれど、それでも聞きたいの。――私は、普通に魔法を使えるようになれる?」


 その問いを、どういった思いで発したのか。目が揺れているように見えるのは、リィカの勘違いでは、多分ない。

 その答えを、今言える範囲で、素直に答えるべきだと、リィカは思った。


「使えるようになるかは、分かりません。ミラベル様が魔法を使えないのは、ミラベル様の心が問題だと思いますので」


 ミラベルが目を見開き、レーナニアも驚いてリィカを見る。

 リィカは、どう言うべきか考えつつ言葉を続ける。


「召喚されたばかりの勇者様は、魔力という未知の感覚に怯えて魔法が使えなかった。ある国の王子殿下は、過去に魔力暴走を起こした恐怖から、魔法を使うことを恐れた。自分自身の心……というか気持ちが、魔力を抑え込んでしまうことは、実際にあります」


 暁斗、そしてデトナ王国の王子、テオドアのことを思い出しつつ、リィカは話す。

 リィカ自身もデウスに操られながらも、使っては駄目だという気持ちから魔力を抑え込んで魔法の発動をさせなかったこともある。


「……私も、気持ちで魔力を抑えてしまっているというの? なぜそう思うの?」


「今日の授業のときにミラベル様が魔法を使っているのを見て、魔力を抑えてしまっているのが分かりました。旅の間に、目で魔力の流れを見ることができるようになったものでして……」


 なぜ、と言われると理由が難しい。嘘ではないのだが非常識なので、説明しても理解してもらえるかどうか、というレベルだ。

 実際、ミラベルはものすごく胡乱げだ。何それ、と言いたいのがすごく分かる。


 そこまで考えて、ふとリィカは気付いた。

 暁斗もテオドアも、どちらも魔法の才能に溢れていた。だからこそ、普通であればできない魔力を抑え込む、なんてことをやってしまったのだ。

 つまりは、それができるミラベルも、能力は高いのかもしれない。


「それでその、いかがでしょうか」


 今ここで、能力の高さ云々の話は必要ない。能力の高い低いで決めてほしくはないから。ただ、ミラベルがどうしたいのかを、聞きたい。


 改めて問われたミラベルは、笑った。何かを吹っ切ったように。

 そして、その口が動く。


「ぜひ、お願いします。家族に従わなくても生きていける道があるのなら、それに賭けたいの」

「はい、承知しました」


 リィカも笑顔で応じて、その様子をレーナニアも笑顔で見守っていた。


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