遭遇後の報告を
「なるほど。リィカ嬢、そこはいいところついたね」
教室に行って少しするとアークバルトとレーナニアが登校してきたので、まずは朝のナイジェルのことを報告する。
それに対して、アークバルトが笑いながら言ったのが、先ほどの台詞である。
「……いえ、その、普通にそういうものだと思ってただけなんですけど」
リィカとしては、褒められても困る。名前を名乗り合うものだと聞いていたから、名前を聞いた。ただそれだけなのだ。
「うん、それでいいよ。学園内での例外はあっても、それを気にする事はない。ナイジェルも、名前を聞かれたのだから、普通に答えれば良かっただけなんだ。それを、リィカ嬢が知らないという事実に、勝手に怒ったのはあっちの方だ」
そんなことを言いつつも、アークバルトはご機嫌そうである。
「小物感満載か。確かにそうかもね。ヴィンスだったら多少怒りはしても、多分普通に名乗っただろう。それが出来ない時点で、ナイジェルは器の小ささを見せてしまった、ということだね」
いいのかなぁ、とリィカが心配するくらいにはご機嫌だ。貴族社会というのは、こういうものなのだろうか。まだ二日目でしかないというのに、先行きが不安だ。
「それにしても、アレクはどうやってリィカ嬢が絡まれていることに気付いたんだ? 突然馬車から飛び降りて、猛スピードで走って行くから、何があったのかと思ったんだ」
「あ……まあ、その、色々……」
兄の問いかけに、アレクがタジタジになる。それに、リィカが心の中だけで、ごめんなさいと謝罪する。
説明しようとすれば、風の手紙のことを話さなければならないが、はっきり言って、これ一つでもこの世界の常識が覆る。
幸いなことか問題かは分からないが、魔石に魔力付与ができなければ作ることができないから、作れと言われても物理的に無理だということだろうか。
「あの、レーナニア様はミラベル様の事を、どれだけご存じですか?」
アレクへの助け船、というだけではないが、リィカはレーナニアにミラベルのことを切り出した。
言いつつ、同じクラスのセシリーをチラッと見るが、離れた席に座っていて、こちらを気にする様子はない。
昨晩のアレクたちからの話だと、「そういえばいた」程度の認識だったが、同じ女性で、さらに同じ公爵のレーナニアはどういう認識なのか。
「わたくしも、そんなに親しいわけではないんです。挨拶程度はするけれど、本当にそれだけで」
問われたレーナニアは、少し困ったような顔をしつつも答える。
「ナイジェル様との婚約は、父から聞いて知っておりました。魔法師団が身内で婚約を結んだと、父が吐き捨てておりましたから」
「…………」
吐き捨てる、という言い回しに、リィカの頬はヒクついた。
貴族社会はこういう社会なんだろう、と思うしかないのだろうか。どういう社会と聞かれても答えられないが。
仲が悪い相手とは、とことんまで悪くなるということだろうと、そう思ってしまったほうが間違いない気がする。
「入学当初はわたくしも身構えていましたが、特にこれといった悪い噂もなく。公爵家の令嬢がCクラスにいることを周囲が揶揄しておりましたが、それに対しても何を反論するでもなくて」
影が薄い。今はそんな印象だ。
そのため、レーナニアにとっての"警戒対象"からは外れていった相手だ。
「寮にいらっしゃることすら存じませんでした。……まったく、レイズクルス公爵家は何をしているのでしょう。侍女が母親だから、何だというのでしょう。その侍女に子供を産ませたのは、公爵閣下ご本人でしょうに」
憤りを隠せない様子のレーナニアに、リィカは何となくホッとする。こういう所の感覚は一緒だ。ここが違っていたら、リィカが今後レーナニアと付き合っていくのは、かなりキツいことになっていた。
「……あの、ご相談なんですけど。わたしが、ミラベル様に魔法を教えるのって、いいですか?」
「え?」
昨晩アレクたちに言ったことを、レーナニアに聞いてみた。目を大きく開けて、かなり驚いているようだが。
「あ、ミラベル様に何か言ったわけでも、言われたわけでもありません。上手く教えられるかどうかも分かりませんし。ただ、何となく、教えられそうなら教えたいと思いまして……」
聞かれる前にまくし立てる。何故教えたいのか、と理由を聞かれたところで、答えられない。
もしかしたら、自分も同じ立場にあったかもしれない。奴隷扱い、という単語が、心に残っている。同情、なのかもしれない。ただ、放っておけないのだ。
「……んー、そうですね」
レーナニアは悩むようにつぶやいて、その視線がアークバルトへと向かう。そのアークバルトも悩む様子を見せつつ、口を開いた。
「そうだね。本音を言えば、レイズクルス公爵家の人間に、あまり強くなって欲しくない気もするけど。発言力が増すだけだから」
考えつつ言われた言葉に、リィカが身を縮こませる。
これが平民だったら、家のことまで考える必要なんてない。同じ寮で知り合った同士、お互いの同意があれば、それだけで済む話だが、やはり貴族だとそう簡単にはいかない。
「ただ、魔法師団の力が全体的に落ちてきている。リィカ嬢は勇者様に指導していたこともあるし、実際に教えてどういう結果になるかを、見たい気もする」
「え?」
多少なりとも、教える事への賛成も含まれた言葉に、リィカは目を見張った。
ちなみに、リィカが勇者に指導していた、というのは、まだ魔王討伐の旅に出る前の話だ。うまく魔法が使えなかった暁斗にリィカが教えて、暁斗は魔法を使えるようになったのだ。
「ミラベル嬢次第かな。仮に強くなったとして、彼女がどうしたいのか。家のため……というか父親のために力を使いたいなら、あまり歓迎はできない。ただ、力をつけて家を出ても生きていける道を作るのは、悪くない」
そう言うと、アークバルトはレーナニアを見た。
「レーナ。その話、君からミラベル嬢にしてくれ。その時の反応次第で、教えていいかどうか、判断して欲しい」
「えっ!?」
「かしこまりました、アーク様。お任せ下さい」
「ま、待って下さい! その、話はわたしが……!」
なぜいきなり話がレーナニアに及ぶのか。
自分が言い出したのだ。教えていいと言われれば、話も自分がするつもりだった。
「わたくしたちは、レイズクルス公爵家の力が増すような判断はできません。ですから、わたくしが話をして見極めます。申し訳ありませんが、まだリィカさんには難しいと思いますから」
困ったようなレーナニアの笑顔に、リィカは何も言い返せずに、ただ黙って頷いたのだった。




