夕食時
「あれ、あんたも食堂?」
リィカがそう声を掛けられたのは、夕食のために食堂に向かっている途中のことだった。
振り返って見たのは、少し褐色がかった肌の、金髪の女性。見覚えがある。というか、Aクラスにいた人だ。だが、名前までは知らない。
「あ、はい、そうです。……ええっと」
名前を知らないので、その人の貴族の爵位なんかも分からない。けれど、アークバルトがAクラスの人は問題ないと言っていたから、きっとそこまでガチガチに敬語で固めなくても問題はない、はずだ。
「ああ、あたしはセシリー。セシリー・フォン・スコット。男爵家出身だから礼儀とか気にしないで。……っていうか、あたしがちゃんとリィカ様って呼ばなきゃダメか」
問題ないどころか、想像以上にざっくばらんで親しげだ。アハハハと笑う彼女、セシリーに、リィカは首を横に振った。
「まだ貴族って言われても慣れないの。リィカって呼んでもらえた方が嬉しい」
「そお? あんまりあんたと仲良くなると、王子様たちに目ぇつけられそうな気もするけど。ま、いいや。んじゃよろしく、リィカ」
「よろしく。えっと、セシリー」
リィカはそう返しつつ、内心でホッとしていた。正直なところ、かなり心配だった寮生活なのだが、彼女みたいな人が一人いてくれるだけでも全然違う。このまま普通に友だちになれそうな感じの人だ。
「あんまり食堂使う人いないって聞いたけど、セシリーは使うの?」
「まあね。あたしんちみたいな辺境の貧乏な男爵家、平民と生活変わんないし。料理だけは作ってくれる人いたけど、その人も家族みたいなものだったし」
「……そうなの?」
リィカは貴族の実態など知らない。貴族と言えば、大きな屋敷に住んで大勢の使用人に傅かれて、贅沢しているもの、というイメージだ。平民と変わらない生活の貴族というのが、想像できない。
「そういう貴族もいるの。だからあたしもお高くとまっている奴らは苦手。ぶっちゃけ、平民クラスに入りたかった」
セシリーの渋い顔に、リィカはクスリと笑った。セシリーだったら、平民クラスでも問題なくとけ込めていた気がする。
「ま、Aクラスはいやすいからいいけどね。王太子殿下たちが公平だから、それが自然とAクラスのルールみたいになってる。他のクラスに落ちたら色々最悪だから、頑張ってAクラスを維持した感じかなぁ」
言いつつ、セシリーが食堂の扉を開ける。中に入りつつ、リィカを振り返った。
「いつもあたしと一緒に食事している奴いるから、紹介するよ。Cクラスだけど、悪い奴じゃない。ただま、ちょっと、あっちがあんたをどう思うかは分からないけど」
「え?」
扉を開けた先の食堂は、閑散としていた。けれどそこには、一人の女生徒がいた。振り返ってセシリーを見て笑顔を浮かべかけて、そこでリィカに気付いて笑顔が固まった。
「悪いベル、遅くなった。そこでリィカと出会ってさ」
セシリーは悪びれずに、その女性に笑いかける。
「リィカ。こいつは、ミラベル・フォン・レイズクルス。公爵家の娘なんだ」
「お、お初にお目にかかります。リィカ・フォン・クレールムと申し……、レイズクルス?」
セシリーの紹介に、リィカはアタフタと挨拶をしようとして、途中で気付いて固まった。
レイズクルス。
その家名は散々聞いた。魔法師団長であり、公爵であり、アレクたちが嫌い抜いている筆頭貴族の名前だ。
ポカンとしてミラベルと紹介された人を見て、次いでセシリーを見る。
セシリーは男爵家だと言っていた。その男爵家の娘と公爵家の娘が、一緒に食事をしている?
けれど、レイズクルス公爵のイメージは、身分の低い人と一緒に食事をするようなイメージはない。身分の低い人は、人とも思わないような、そんな冷酷なイメージだ。
そもそも、去年卒業したと言ってなかったっけ……と思い、それは長男と言っていたことを思い出す。
というか、公爵家の娘が、侍女もなく、ここで食事をするということなのだろうか。
という考えが次から次へと浮かんで、途切れた挨拶を続けることすら忘れたリィカに、ミラベルは大きくため息をついた。
「何もセシリーじゃなくたって、他にもこの子にお近づきになりたい子はたくさんいるでしょうに」
「偶然会っただけだって。同じクラスだし無視するのも変でしょ」
「そりゃそうだけど」
ミラベルは、リィカを何とも言えない顔で見て、もう一度ため息をついた。
「ま、いいわ。一緒に食事しましょう。貴族社会に慣れてなさそうだし、王族たちとのパイプ作りに近づこうとする群れに放り投げるのは、気が咎めるわ」
「そうこなくっちゃ、ベル。んじゃあリィカ、行くよ」
「……あ、う、うん」
何が何やらよく分からないが、セシリーに言われて返事をしつつ、その後を追う。
少なくとも、レーナニアからミラベルの名前は出なかった。ということは、そんなに危険人物ではないはずだ、と信じて。




