入寮
貴族令嬢用の寮の寮長を務める彼女は、ノーマ・フォン・パウエルと名乗った。男爵夫人である。
早くに夫を亡くし、今男爵家は息子が後を継いでいて、ノーマは学園長に声を掛けられて、寮長となった。
男爵と位は低いが、年の功とでも言うのか、若い令嬢たちが何か言ってきても、それを笑い飛ばしてきた人物である。
学園長からそう説明された内容を、今リィカは思い出していた。
寮の中に入るとリィカは注目を集めた。その中で蔑むような笑みを浮かべた令嬢たちの元に、ノーマはわざわざリィカを連れていったのだ。
「リィカ・フォン・クレールムさんよ。今日から入寮するわ。名誉貴族という伯爵相当の地位を、国王陛下から直接賜った方よ。失礼のないようにね?」
「……は、はい」
明らかに令嬢たちの腰が引けている。
何となくリィカは同情したくなった。ノーマの顔が笑顔なのに怖い。この人は、逆らっては駄目な人だ。
リィカがそう心に刻んだところで、そのノーマがリィカを振り返った。
「ではクレールムさん、お部屋にご案内しますね」
「は、はい。お願いします」
素直に頷く以外の選択肢など、あるはずもなかった。
※ ※ ※
「うわぁ」
案内された部屋は、立派だった。豪華だが悪趣味な感じではない。そういうところは、王宮の客間に泊まったときと同じ感じだ。
そして、広い。ここはリビングだ寝室だと案内されるが、そんなに部屋いらない、というのが、正直なリィカの感想だ。
「ここは使用人部屋になるわ。とはいっても、使用人は学園側は関わらないから、必要であれば、皆それぞれの家から連れてくるの」
「え、しようにん……」
その説明に、リィカは棒読みで繰り返した。なんだそれは、としか思えない。
「あなたの場合、国王陛下にお願いすることになるのかしら。必要と思えば、そちらに自分で頼んでちょうだい」
「……いえ、えっと」
少し混乱している頭を何とか回して、考えをまとめる。
使用人。ようするに王宮にもいた、色々面倒を見てくれた侍女のような人たちの事だろう。
「……えっと、使用人っていないとダメですか?」
「いえ、そんなことはないわ。一人も連れていない人もいる。自分で自分のことをするのであれば、いなくても問題ないわよ」
リィカはホッと息を吐いた。そうであれば何も問題ない。むしろ、他の人に世話をしてもらうなど、いたたまれない。
リィカの反応からおおよそ察したらしいノーマは、好意的な笑みを浮かべた。
「では、食堂とか洗濯の場所とか、教えておくわね。もっとも、食堂を使う生徒は少ないけれど」
「そうなんですか?」
普通、食事をするときは食堂でするのではないだろうか。
平民の寮は階こそ分かれていたものの、男女とも同じ寮だった。食堂は一緒だったから、かなり賑やかだった。
「使用人を連れている生徒は、使用人に食事を持ってこさせて部屋で食べるのよ。貴族がわざわざ足を運ぶなどあり得ないと、考えている人が多いわね」
「……そう、なんですか?」
リィカは首を傾げた。
王宮でだって部屋じゃなく、きちんと食事をする場所があって、そこに足を運んでいた。貴族は違うのだろうか。部屋で食べるのが普通なのだろうか。
「食堂で食べている人は、一人の使用人も雇えない貧乏だとか惨めだ可哀相などと見下しているのよ」
「……………えっと」
それは人格が破綻しているんじゃないだろうか。どこで食べようとその人の自由だし、自分のことを自分でやることの何が悪いのか。大体、旅の間、アレクたちだって自分のことは自分でやっていた。それが当たり前じゃないのか。
「私は、クレールムさんみたいに、自分のことは自分でできる人が好ましいと思うけれどね。使用人を多く雇えることが、その人の価値を決めるわけではないのだから」
思考がぐるぐるしていたリィカは、ノーマのその言葉に目をパチパチさせた。そして、ノーマの笑顔に、リィカも笑ったのだった。




