模擬戦の前
昼休みが終わり、午後。
リィカたちは、校舎の外に出てきていた。
一番近くて広い広場で模擬戦を行うと言われて、連れてこられた場所を見て唖然とした。
「なにこれ……」
中央には一段高くなった台があり、四隅にあるコーナーポストはやたらと華美で目につく。周囲は境目が分かるようにだろう、低いブロックのようなものがある。その周囲にはいくつもの椅子が設置されていた。
リィカの目には、立派な試合会場にしか見えない。
つぶやいたきり絶句しているリィカに、アレクたちは苦笑するしかない。
「試合、模擬戦、模範試合……、まあ色々あるが。そういったものを行うときは、ここを使用することが多い。放課後の練習でも使えて、目立ちたがりの称賛を受けたい貴族連中なんかには、人気の場所だな」
「……へぇ」
この学園には、生徒たちが自主練習に使用できる広場があちらこちらにある。リィカも一年生の時は、よくそういった広場を利用しては練習していた。……まあそこでうっかりアレクたちに遭遇して、黙って逃げ出してしまったことがあったりするのだが。
(そういえば、あの時のこと、アレクたち何にも言わないなぁ)
別に話題にして欲しいわけではないし、されたところで「ごめんなさい」と謝るしかできないのだが。
広場は貴族用・平民用とはっきり区別されているわけではない。ただ、平民用の校舎に近い広場は、ただ草を刈っただけの、広いだけの場所だった。そして、貴族校舎に近い場所に点在する広場は、立派な施設が整えられている、とは聞いた事がある。
それをとやかく思った事はない。下手に立派な施設があって、貴族たちに全部独占されて、平民が練習できない、なんて事態にならないための配慮でもあっただろうと思う。
だけどそれにしても、目の前のものは立派である。
アレクの言い方にトゲがあったが、自尊心の高い貴族たちはこういう立派なところを使いたがる、というところだろうか。
現れたリィカたちに視線が集中している。それに気付いてリィカが緊張する中、アレクが手を差し出した。
「模擬戦、よろしくなリィカ。頼りにしているからな」
「……うん、よろしく」
アレクだって視線を感じていないはずはないだろうに、まるでそんなものを感じさせない。頼もしく感じるその手に、リィカが重ねる。
「任せて。ユーリとバル、ボコボコにしちゃおう!」
「その意気だ」
視線をはね除ける気持ちで、あえて強気で言い放つ。それにアレクが嬉しそうに頷く。そして、そんな会話をしていれば、特にユーリが黙っているはずがなく。
「へえ、言いましたねリィカ。ボコボコにされるのは、果たしてどっちでしょうね」
ユーリの放ってきた挑発に、リィカは口の端を上げただけの笑みで応戦する。
バチバチ火花を散らす二人に、リィカの意識が自分から逸れてしまったアレクが不満そうな顔をして、そんな三人をバルが呆れて眺める。
「おいお前ら、そこでにらみ合ってないで試合場に上がれ」
近づいてきたハリスが、四人の様子を見て明らかに呆れた様子を見せた。が、すぐに真剣な……というよりも、どこか切羽詰まった表情で、注意事項を口にする。
「いいか。くれぐれも、試合場を壊すのはやめてくれよ? それと周囲に人がいることも忘れるな。うっかりそちらに攻撃がいかないように注意しろ。いいな?」
そんなことをわざわざ注意されるのには理由がある。
ユーリがハリスに質問したからだ。会場が壊れて良いか、周囲に被害が出るのは構わないか。
ちなみに、聞いていたリィカとアレクとバルは、同時に内心でツッコんでいた。「いいわけない」と。
「面倒なんですよねぇ……」
「シュタイン、分かったな?」
「はい、大丈夫です。分かってはいます」
「……本当に大丈夫だな?」
そのためか、ハリスの注意もユーリにだけ向いている。とはいっても、ユーリの返答が微妙なせいで、不安を拭えないようだが。
「あ、だったらユーリ、《結界》でも張る? ほら、街中でBランクの魔物と戦ったとき、泰基が張った……」
リィカが良いことを思いついたとばかりに提案した。
それは、モントルビア王国の王都モルタナでの出来事だ。魔族たちに騙されたモントルビア王国の王太子らが、王都のまさに街中でBランクの魔物を復活させた。その時、周囲の人々に戦いの余波が行かないような《結界》を、泰基が張ったのだ。
あれを張れば、少なくとも周囲への被害を気にする必要はない。妙案だ、とリィカは思ったが、ユーリにすげなく拒否された。
「嫌ですよ。それって、僕だけが《結界》を張る負担を負うわけでしょう? リィカは無理でしょうから」
「……ええと、はい、うん、まあ」
「ということで、却下です」
「……はい」
ユーリが面倒と言うから提案したのに、バッサリ切られてリィカはガクッとした。別に落ち込みはしない。ユーリはこういう人だ。
「それよりリィカ。ルールを確認しますよ。使う魔法は初級と中級、そして支援魔法のみ。他は使用禁止です。いいですね?」
それは、試合場と周囲への影響を考えて自分たちで決めたルールだ。基本的に否はないのだが、どうしても一つだけ押し通したいことがある。
「ねぇ、《防御》だけでいいから混成魔法使いたい」
「駄目です」
「ぶー」
「ぶーじゃありません。頬を膨らませても駄目です。そんなもの使われたら、初級と中級だけでどう対抗しろっていうんですか」
分かる。ユーリの言いたいことは、もっともだろう。けれど、リィカ側にも事情がある。
「混成魔法使えなかったら、わたし防御できない」
「普通の《防御》使えばいいじゃないですか」
「だって、ずっと使ってないんだもん」
「それはリィカの責任でしょう。僕に言われても知りません」
「ぶー」
もう一度、リィカは頬を膨らませた。
責任とはなんだ。普通の防御が役に立ちそうな場面など、そうそうなかったはずだ。……苦手な支援魔法を使いたくなかった、というのもあったにせよ。
「まあまあ。リィカ、大丈夫だ。俺が何とかする」
「何とかって言ったって」
そういうアレクとバルも、制限はつけているのだ。
「バル、確認だ。お互いに、飛び技系の剣技は禁止。エンチャントと剣技を合わせるのも……ついでに魔力付与も禁止な」
「おう」
バルは頷く。
二人が手にしている剣は、当然ながら魔剣ではない。この学園で練習用として使用されている、刃を潰した剣だ。
ある一定以上の技量を持つと判断された生徒は、こうした試合の場で真剣を使用することも許可されている。
だが、バルの持つ真剣は魔剣フォルテュードしかなく、さすがにこんな場では使えない。そのため、二人揃って練習用の剣を使う事にしたのだ。
正直言えば、武器が変わっただけで二人の攻撃力は削られる。本気を出してしまえば武器があっという間に壊れることが、目に見えているからだ。
「じゃあ、改めてリィカ。頑張ろうな」
「うん」
「足を引っ張らないで下さいね、バル」
「へいへい」
この模擬戦、どう戦うか。
旅の間、アレクとバル、リィカとユーリは何度も手合わせをしてきた。一対一で戦うならこの組み合わせになるが、それだと面白くない。
ユーリがそんなことを言い出して、それに皆が賛同した結果、二対二の戦いをすることになった。アレクとリィカ、バルとユーリの組み合わせだ。
四人が、試合場に上がる。
模擬戦の開始だ。




