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【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~  作者: 田尾風香
第十六章 三年目の始まり

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バルとユーリの婚約者

 キャンプとは、要するに軍隊の真似事らしい。

 軍人たちは、場合によっては何日も重い荷物を抱えながら歩いて移動し、野宿しながら目的地を目指さなければならない。


 貴族という立場で、この学園の生徒たちはいずれは兵士たちを使う立場に立つだろうし、中には軍に入る者もいるかもしれない。どちらの立場に立つとしても、軍の「疑似体験」を行うことは有益な経験になるということで、必ず三年生の前半に行われている。


 ちなみに、去年は魔王が誕生し、魔物が活発化している最中だから、さすがに中止になったらしい。よって去年の三年生たちは喜び、今年の三年生たちは魔王が倒れたことを喜びながらも、複雑な心境らしい。


「そんなの知るか」


 とは、アレクの言である。


「先生、僕たち旅から戻ってきたばかりですけど、やらなければ駄目なんですよね?」

「ああ。やらなくていい、とはならない。実際、お前たちがどの程度出来るか、我々教師は誰も知らないからな」

「……ごもっともで」


 一応言ってみたユーリが、諦めて頷いた。学校の授業内容である以上、できるできないの問題ではなく、やらなければならないのだろう。


「これで、体験したことになるのかな」


 あまり大声では言えず、小声でリィカが言った。

 一応、一週間ほどの外出、とそれなりの期間ではあるが、そのうち歩くのは中日である四日目のみで、野宿するのもその一晩のみ。


 あとは馬車での移動で、道中の宿も手配済み。大勢の貴族生徒が一度に動くから、国軍まで動いて護衛につく。まさに一大イベントだが、そんなのでいいのかな、というのがリィカの本音だ。


「それだけでも、大変らしいけどな」


 隣にいるだけあって、小声でもリィカの声が聞こえてしまったアレクは、苦笑しながらやはり小声で言った。


「俺も噂程度しか知らないが、毎年大変らしいぞ。十分も歩かないうちに『もう無理』って奴が絶対いるらしいし、野宿もほとんどの準備は護衛たちがやって、生徒たちはただテントで寝るだけとか」

「うわぁ……」


 リィカが顔をしかめる。こう言うのもなんだが、想像出来てしまった。


「その寝るだけでも、固いだの何だのと文句が出るから、沢山毛布とか用意しておくとか。歩けない奴らのために念のために用意した馬車に生徒がほとんど乗って、結局歩く奴は数える程度とか」


「……やる意味あるの?」


 単に護衛の兵士たちが大変なだけではないのだろうか。疑似体験の意味がどれだけあるのか、全く分からない。


「さあな。兵士たちが文句を言うのは聞いていたが、結局毎年やっているみたいだしな」


 つまりは、何かしら意味はあるから続けているということなんだろうか。やれというものを、文句を言ってもしょうがないのだが。


 帰ってきたばかりなのになぁ、とユーリと同じ事を思いながらも、リィカは口を噤んだのだった。



※ ※ ※



「近くで見たら、ますますかわいいよー」

「むぎゅっ」


 昼休み。

 リィカは、フランティアと名乗った、バルの婚約者という少女に抱きしめられていた。


 豊満、というほどではないが、それでも顔に柔らかいものが当たって、呼吸を阻害する。顔を何とか動かして呼吸を確保したところで、バルの声が聞こえた。


「おいフランティア、リィカを離してやれ」

。だってかわいいんだもん」


 あっさりバルの言葉を拒否したフランティアは、それでも一応ほんの少しだけリィカを離すと、顔をのぞき込んだ。


「こんな可愛いなんて知らなかった。旅の間、大丈夫だった? バルムート様がいじめたりしなかった? これからは私が守ってあげるからね」


 そして結局またギュッと抱きしめられた。今度はきちんと呼吸は確保できているから問題ない。同じ女なのにずいぶん力が強いなぁ、なんてのんきに考えていたら、バルの憮然とした声がした。


「や、じゃねぇっつうの。何でおれがいじめんだ。それと、リィカと一緒にいたら守られんのはお前の方だ」

「だいじょーぶっ!」


 フランティアが元気に言い放ち、リィカから手を離した。そして、ビシッとバルに向けて指を指す。


「去年はオマケのAクラスだけど、今年は正真正銘Aクラス入り! 頑張って魔物退治してた成果を、無事発揮したの! 今だったら、バルムート様にも勝てるんだから!」

「そうかよ」


 バルは、やや適当にフランティアの言葉を受け流した。


 ちなみに去年は、Aクラスの三人、つまりはアレクとバル、ユーリがいないために、Bクラスから繰り上がりで数名Aクラスに入った。その中にフランティアも紛れ込んだのだ。


 しかし今年はそういったこともなく、Aクラス入り。確かに強くなったのかもしれないが、バルは負ける気はしない。

 ……などということは言わず、気になった点を問いただした。


「お前、魔物退治なんてしてたのか。怪我しなかったのか?」


 真面目に聞くバルに、フランティアがいたずらっぽく聞き返した。


「心配?」

「ああ」


 やはり真面目にバルが頷いた途端、フランティアの顔がボッと赤くなった。


「バ、バ、バルムート様の、ばかぁ!」

「……なんでだよ」


 理不尽としか思えないフランティアの言葉に、バルは困った様子で「やっぱり女って分かんねぇ」と思ったのであった。



※ ※ ※



 一方、そのやり取りをポカンと見つめていたリィカに、別方向から声をかけられた。


「でもリィカさん、本当に可愛いです。あの、失礼ですけど、ユーリ様と浮気してないんですか?」

「……あのですね、エレーナ。それ、本当に失礼ですからね?」


 声をかけてきたのは、ユーリの婚約者だと紹介されたエレーナ。

 浮気、の言葉に、リィカの頭が真っ白になり、ユーリがそれにツッコめば、エレーナがさらに噛み付いていた。


「だってだって、可愛いって聞いてたけど、予想以上なんですもん。こんな可愛い子と一緒にいて、浮気しない男って逆におかしいです!」


「……一体エレーナって男をどう思ってるんでしょうね。浮気なんかしないと、旅に出る前にも言ったでしょう?」


「でもユーリ様、私と約束したこと、すっかり忘れてたし!」


「……で、ですから、それは申し訳なかったですって」


 リィカは目をパチパチさせた。逃げ腰のユーリが珍しい。


「約束って?」

「各国の、美味しい食べ物見つけてくるって話をしてたらしい」


 リィカの疑問に答えたのは、アレクだった。


「俺もそんな話をしてたのを知ったのは、帰ってきてからだが。街に寄っても探すそぶりすらなかったから、本当に完全に忘れていたんだろうな」

「……そうだね」


 旅の間のことを思い出せば、フォローのしようもない。ご当地の名物料理を探す様子など、欠片もなかった。


「あ、でもユーリ、料理できるんだから、何か作ってあげたら?」

「えー……」

「えっ、ユーリ様、料理できるんですか!?」


 リィカの言葉にユーリが面倒そうな表情をして、エレーナが食い付いた。詰め寄られたユーリは、軽くリィカを睨む。


「僕の覚えた料理は、あくまで旅をしながら外で作るようなものですよ。エレーナが普段食べているようなものとは違います」

「む」


 エレーナが難しい顔をした。そのまま「むむむむ」と唸る。


「どうしました?」

「つまりユーリ様たちは、キャンプの食事は何の問題もないってことですか?」

「ええまあ。リィカも作れますし。アレクとバルは無理ですけど」

「むむむ」


 唸るエレーナは羨ましそうな顔をしていて、これにはリィカもアレクも苦笑した。


 二ヶ月後のキャンプは、五人一組になって行われる。馬車で移動する道中はともかく、歩いて移動して野宿する四日目はそのメンバーで行動する。


 リィカたちは、すでに他の五人組が出来上がってしまっているため、四人で組んでくれと言われた。一人少ない分は配慮すると言われたが、内容を見た感じ、何も問題ない気がしている。


 テントを張って、食材となる動物や魔物を捕らえて解体し、料理して片付ける。翌日の朝食とテントの片付けまでが、その内容となる。


 例年、護衛の兵士たちに放り投げて自分では何もしない貴族たちも多いが、エレーナは真面目にやる気らしい。


「今年はみんな真面目にやると思いますよ。王太子殿下とレーナニア様が、護衛には頼らないって宣言してますから」

「ああ、なるほど。そういうことか」


 アレクは、兵士たちの話を改めて思い出す。「今年は楽だった」と言っている年もそういえばあった。

 ようするに、その年の上位貴族の子息たちが真面目にやれば、その下の貴族たちも安易に楽はできない。やりたくなくてもやるしかないのだろう。


 真面目に取り組んでいる生徒たちもいるからこそ、大変なことであっても、毎年続けているのだろう。


「テントは何とかなると思うんです。魔物を捕らえるのも、私もフランティア様たちと一緒に魔物退治してたから、何とかできるかなって。一番の問題は料理です、料理!」

「……は? 待って下さい、エレーナ。あなたも魔物退治やってたんですか?」

「そうですけど?」


 それが当然と言わんばかりに言い切られて、ユーリは大きくため息をついた。


「……まったく、なんでそんな危ないことに手を出したんですか」

「む」


 それは、先ほどの唸りと似て非なるものだった。エレーナの顔を見れば、明らかに怒っているのが分かる。


「ユーリ様の、ばかっ!」

「……いや、なぜですか」


 エレーナは「フン」と顔を背け、肩を落としたユーリの言葉は力なく散っていく。

 もう一度、ユーリが大きくため息をついたのを、リィカは困ったように、アレクは面白そうに見ていた。


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