表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~  作者: 田尾風香
第十六章 三年目の始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

533/678

平民クラスとの別れ

 平民クラスの扉の前に立って、リィカはノックしようとした手を下ろした。


 今朝までは、今年一年普通にこの教室で一緒だと思っていたのだ。それがいきなりこんなことになって、どう思われたかを考えると、怖い。

 しかし、代わりにアレクが前に出て扉をノックし、さっさと開けてしまった。


「失礼します。リィカの荷物を取りに来ました」

「ち、ちょっと……!」


 リィカは、なんの心の準備もできないままだ。それなのに、ザワつく教室内をアレクは中に入っていき、それにバルとユーリも続いた時点で、ようやくリィカも声を上げた。


「ま、まって。自分で、やるから」

「そうか? 持つのは手伝うぞ?」

「……そ、そんなに、ないから」


 今まで通りの話し方。

 そう言われても、なかなかに心理的な抵抗はあるのだが、それで変な呼ばれ方をされても嫌だ。ぎこちないが、何とか敬語は使わないように気をつける。


 そして、視線が集中しているのを感じて、ペコッと頭を下げた。


「えっと、邪魔してごめんなさい。すぐまとめます」

「慌てなくていいぞ、リィカ。ゆっくりやれ」


 今朝までと変わらない口調でリィカに話しかけたのは、ダスティンだった。


「そして、荷物はそこの三人に持たせろ。今回の件はそこの三人が仕組んだんだろ? リィカに確認すらせずにな。その程度はさせろ」

「え……」

「仕組んだはひどいですよ、ダスティン先生」

「ひどくない。事実だろ?」


 アレクとバルとユーリを顎でしゃくるダスティンに、敬語で話すアレク。そのやり取りと内容に、さらに教室はざわめいた。


「いいかリィカ。いくら国王陛下でも、あの場ですぐお前を貴族にする決断をするのは無理だ。昨日のうちに話は決まっていたんだよ。講堂でのやり取りは、ただの演技だ」

「え?」


 リィカは呆然としたまま、バツの悪そうな顔をしているアレクたちを見る。


「実際に、俺は朝のうちに聞いていたからな。お前が貴族クラスに編入になることを」

「……え?」

「全部筋書きを整えて準備してあったんだ。国王陛下にまで話を通した上で、あの茶番があったんだよ。お前はある意味被害者だ。だからもっと怒っていいし、荷物持ちくらいさせろ」

「……………」


 リィカがアレクたちを見れば、三人が三人とも、曖昧な笑みを浮かべていた。それを見て、ダスティンの言うことが本当なのだと、分かる。


「まるで見てきたように仰るんですね、先生は」


 アレクが拗ねたように言った。そんな言い方をするアレクを、初めて見た気がする。


「俺だってこの学園に勤めて長いんだ。その程度は分からなきゃ、やっていけん。ほら、とりあえずリィカが荷物をまとめる間、お前らは外に出てろ」


「何故ですか」


「第二王子と騎士団長の息子と神官長の息子がいたら、俺の生徒たちが緊張するだろ。ここは平民クラスなんだぞ」


「……俺も、先生の生徒のつもりなんですが」


「そう思ってなきゃ、俺もこんな口はきいていない。分かったら出てろ、シス、バル、ユーリ」


 冒険者をしていた頃に使っていた名前を呼ばれて、アレクは少し目を見開き、少し笑った顔は嬉しそうだった。

 バルもユーリもこそばゆそうに笑いつつ、ダスティンの言う通りに教室から出て行き、扉が閉められる。


 教室中のあちこちから、安堵のため息が聞こえた。リィカは、何となく閉められた扉を見つめていたら、ダスティンに声を掛けられた。


「リィカ、荷物をまとめろ。早くしないと、あの三人が乗り込んでくる」

「は、はい……!」


 アタフタと荷造りを始めた。とはいっても、今日復帰したばかりだから、荷物らしい荷物はほとんどない。あっという間にまとめ終わると、クラスメイトたちにジッと見られていることに気付いた。


 みんなはどう思っているのだろうか。怖い。けれど、しっかりけじめ(・・・)はつけたかった。


「ダスティン先生、最後に挨拶だけして、いいですか?」

「ああ、もちろんだ」


 リィカは前に立ち、ゴクッと唾を飲み込む。クラスメイトたちの顔を見ることができないまま、話し始めた。


「えと……わたしも、何でこんなことになっちゃったか全然分かんなくて、気持ちもまだグチャグチャなんだけど……」


 言いながら、自分が何を言いたいかもよく分からず、ただ思いつくままに言葉を続けた。


「旅の間、アレク……たちとは仲良くしてて、身分なんか関係なくて本当に楽しくて。昨日お別れの言葉を言ったのに、なんでかまたすぐ会うことになっちゃって」


 違う。そうじゃない。言うべきは、クラスメイトたちへの言葉だ。


「今年、みんなと一緒にいられるって思ってたのに寂しい。でも、一年生の時、みんなにはお世話になりました。わたしが怖がらずに魔物と戦えたのは、みんなのおかげだから」


 思い出すのは、誘われていった王都郊外の森での魔物退治。魔物に恐怖して魔法を放てなかった最初の頃。


 それでも、何度も声をかけて誘ってくれたのだ。それがなければ、あの魔王誕生時、自分がレーナニアを助けることはできなかった。アレクたちとも、泰基や暁斗とも会うことはなかった。


 そう。あの時、何度も誘ってくれたのは、カタルだった。

 視線を向けると、目が合った。少し寂しそうではあるけれど、それでも笑ってくれていた。その笑顔に勇気づけられて、リィカは最後の言葉を言った。


「ありがとうございました。……これからは、なかなか会えなくなっちゃうかもしれないけど、でもわたしにとってみんなは友だちです」


 拍手がされた。カタルが手を叩いていた。


「がんばれリィカ! 仲良かったって聞いて安心した! 王子様たちが側にいるなら、大丈夫だな!」


 その声を皮切りに、全員が拍手をした。口々に「がんばれ」と声がかけられる。

 リィカは泣きそうになりながら、頭を下げた。


「リィカ、俺は時々顔を出す。どこまで力になれるかは分からんが、何かあったら言ってこい」

「はい。――ダスティン先生にも、お世話になりました」


 一年生の時、文字の読み書きすらできなかった自分に、一から付き合ってくれた。色々常識破りの魔法を使う自分は面倒だっただろうに、きちんと付き合ってくれた。


 深々と頭を下げるリィカに、ダスティンは「ん」と照れくさそうな様子を見せた。そして、それをごまかすように扉へと視線を向ける。


「リィカ、もう行け。……しびれを切らしたらしい」


 釣られてリィカも見れば、ほんの少しだけ扉を開けて中を覗いているアレクと目が合った。慌てて扉を閉めるアレクにリィカは笑って、荷物を持って扉へ向かう。


「ありがとうございました」


 最後にもう一度だけ言って、そして教室を後にした。


 出れば、そこにいるのはアレク、バル、ユーリ。

 旅を共にした、仲間たち。


「はいこれ」


 結局、バッグ一つにまとまってしまった荷物を差し出すと、アレクが少し情けない顔をして、それを受け取った。


「お待たせ。これからもよろしく。――わたし、分からない事ばかりだから、ちゃんと教えてね」


 自分を強引に貴族社会に引っ張り込んだのだ。その程度は望んでも罰は当たらないだろう。……というか、むしろその程度は当然だ。


 笑顔で、しかし挑発的に言い放ったリィカに、バルとユーリが苦笑しつつ頷く……いや、頷こうとしたら、その前にアレクがリィカを抱きしめていた。


「ひえっ!?」

「ああ。よろしくな、リィカ」


 アレクは無言で、リィカに渡されたバッグをバルに向けて突き出す。


「ああ? なんでおれに持たす……」


 言いかけた文句は、途中で切れた。

 アレクが、リィカを横抱きに抱き上げたからだ。


「な、なにすんの、アレク!」

「ん? 貴族の女性は、こうやって移動するんだよ」

「そんなの聞いたことないし、見たことない!」

「まあいいじゃないか」


 暴れるリィカをもろともせずに抑え込み、スタスタ歩き出すアレクを呆れた顔で見ながら、バルとユーリは後を追う。

 とりあえず、言うべきことは言っておく。


「アレク、嘘教えんじゃねぇ」

「リィカも分かっているでしょうが、貴族の女性も普通に歩きますからね」

「それは分かってるから、アレクをどうにかして」

「下ろすつもりはないから、大人しくしろ」


 こうして、リィカの三年目は貴族の身分になって始まった。

 勇者の還った世界。バルとユーリと、そしてアレクと共に過ごす三年目。


 お姫様抱っこされて貴族校舎に入っていく自分を嘆くとともに、これから始まる貴族としての生活に、リィカの緊張は高まっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ