告白
昨日ですが、短編をアップしています。
時々出てくる、建国王アベルの、仲間が主人公のお話です。
もし良ければ、そちらも読んでくれると嬉しいです。
魔力がなくなるまで、《回復》し続けた。
気を失うように寝てしまったけれど、起きればアレクが目を開けていた。
思わず泣いてしまったけれど、すぐに気を取り直して、アレクの状態を確認する。
一応出血は止まっているみたいだけど、傷は全然治っていない。何かあれば、またすぐに出血してしまうだろう。
まだまだ油断はできない状態だった。
そこまで確認して、今度は周りを見てみると《防御》は消滅している。消滅してどの程度経ったか分からないが、魔物に襲われなかったことにホッとする。
さらに、リィカは自分の魔力量を確認する。
(うん、寝たおかげかな。だいぶ回復してる)
これならまた《回復》ができる。
もう一度、泰基の魔力の流れを思い出しながら、《回復》を試してみる。
落ち着いているおかげか、すんなり思い出すことができた。
ややしばらく集中した後に、
「《回復》」
唱えれば、その両手から光が流れ出た。
「……できた!」
初めての、《回復》成功だ。
※ ※ ※
一方、アレクはといえば、《回復》ができたと喜ぶリィカに悪いと思いつつ、目のやり場がなくて困っていた。
怪我で動けないのが辛い。
(早く服を着て欲しい)
とりあえず、《回復》が終わるまでは、大人しく待つしかなさそうだ。
「……あんまり良くなんない」
《回復》が終わるが、リィカの表情は暗いままだ。
まだ慣れないから、あまり威力もないし、長くも続かない。
「さっきよりは、良くなった気がするよ。ありがとう、リィカ」
アレクの言葉に、少し気を取り直したように、少し笑顔を見せる。
「……確か、薬草があったのを見た気がする。取ってくるから、待ってて」
傷を治すのは何も魔法だけである必要はない。
そう思って、リィカが動きかけたが、その前にアレクがストップを掛けた。
「リィカ、その前に、まず服を着てくれ」
アレクとしては、精一杯の声かけだった。しかし。
「アレクの方が優先だよ」
一言言って、走って行ってしまった。
(服を着るのに、そんな時間掛からないだろう……!)
優先してくれるのは嬉しいが、それよりもやっぱり服を着て欲しかった。
戻ってきたリィカは、たくさんの薬草を抱えていた。
体力を回復させるには、これをすりつぶして液体状にして飲むのがいいらしい。
傷の場合には、その傷の部分に直接当てればいいはずだった。
治療を、と身を乗り出してきたリィカに、ついにアレクは限界を迎えた。
「リィカ! 頼むから先に服を着てくれ!」
「そんなの後でいい」
取り付く島もないその返事に、アレクは何かがプツッと切れた気がした。
「……………………………………………リィカ、ちょっと」
「なに?」
顔を向けたリィカに、アレクは右手を後頭部に当てて、自分の方に引き寄せる。
そのまま唇に……は、土壇場で勇気が出ず、そのすぐに脇にキスをした。
「……………え?」
ポカンとしているリィカに、アレクは告げた。
「俺、お前のことが好きなんだよ。……一人の女の子として、お前のことが好きだ」
やはりポカンとしたままのリィカに、さらに言葉を重ねる。
「だから、服を着てくれ。好きな女の子にそんな格好されていると、変な気分になる」
「…………え? ……って、ええええええええええええええ!? ご、ごめんなさい!!」
両腕で胸の辺りを隠すようにしながら、おそらく服が置いてあるんだろう所に向かうリィカを見て、アレクは複雑な気持ちだった。
(――ごめんなさいって、何に対しての謝罪だ? フラれたのか、もしかして?)
腹に大きな傷を負って動けない状態で告白なんぞするものじゃないだろうが、これ以上リィカの下着姿を見ていたら、傷なんかお構いなしに、押し倒してしまいそうだった。
※ ※ ※
服の置いてある場所、といっても、すぐ近くだ。リィカは服を手に取る。
(服……、まだちょっと湿っぽいけど……)
適当に絞って地面に置いただけだ。しょうがないと言えばしょうがない。
あんなことを言われては、着ないわけにはいかない。
心臓がドクドク言っている。
格好いい王子様から告白されるなど、全国の乙女から嫉妬されるんじゃないかと思うくらいの、大事件だ。
(……そう、なんだよね。相手は、王子様だよね)
一気に心が冷える気がした。
アレクが自分をからかっているとまでは思わない。いつか母に言った、誠実な人だ、という評価は、旅に出てからも変わらない。
今こうして対等に口を利いてしまっているけれど、それでも相手は王子で自分は平民だ。
それを、忘れちゃいけない。
そう思えば、冷静でいられる気がした。
※ ※ ※
服を着て戻ってきたリィカが、無表情で黙々と自分の治療をしている。
(……失敗したかな)
そうアレクは思ったが、言ってしまったものは取り消せない。
リィカがどう思ったのか、表情からまったく読み取れない。
そもそも、男五人の中に女が一人だけ、というこのパーティーを、どう思っているのかすらよく分からない。
アルカトル王国の王宮で、レイズクルスがリィカを見て言った「旅の慰み者」という言葉。
その言葉を父に伝えたら、「そう思われることを、全く予想していなかったのか」と呆れ気味に言われた。実態がどうであろうと、そう邪推するものは必ずいるぞ、と。
だから、その日、リィカを除いて、こっそり男五人で話もした。
アキトは、そもそも何のことか分かってなかったようだが、バルもユーリも、タイキさんも、バツの悪そうな顔をしていた。
「あえて考えないようにしていた」と、三人とも異口同音に言っていた。
結局、その時決めたのは、もしまたそういうことを言われたら、きちんとリィカを守るぞ、という事だけだ。
リィカ自身が、あの言葉に対してどう思ったのかは分からない。
もしもそれを気にしていたとしたら、自分の告白は、かなり悪い意味に取られている可能性もあるわけで……。
「アレク、キツくない?」
リィカの声に、思考の淵から上がってくる。
薬草を当てた後、それがずれないように包帯……はないので、自分のボロボロになった上の服を裂いて作ったものを巻いてくれていた。
「あ、ああ、大丈夫だ。ありがとう」
起き上がろうとして、ズキンと痛みが走って、そのまま横になる。
とりあえず、告白のことは後回しだ。
「リィカ、今さらだが、今の状況について教えてくれ」
ここがどこなのか、バルたちはどうしているのか、全く分からない。
アレクがそう言えば、リィカも「そうだね」と言って教えてくれた。
「……そうか。今の場所も、あいつらがどうしているかも分からないか」
結局はリィカも川に流されてきて、何とかここで這い上がった、という事なので、何も分からない、と言うことだった。
分かったのは、下着でいた理由と、上手く《回復》を発動できなかったから、身体を密着させて回復させたという、知らなくても良かった事だけだ。
「それにしても、よく俺を抱えたまま、川から上がることができたな」
水の中では浮力が働くにしても、陸に上げるとなると大変だろうに、今の場所は、そこそこ川から離れている。
「力が全然入らなかったから、《濁流》を自分の身体の下で発動させてね。それに押し流される形で、陸に上がったの」
「……それは何というか、すごいな」
《濁流》は、水の上級魔法だ。
まさかそれを、川から上がるためだけに使用するなんてもったいない。
というか、なんで攻撃魔法をそんな補助みたいに使えるのかが分からない。
「川に流されたのは分かっただろうから、みんなは、たぶん、こっちに向かってきてくれてると思う。……ただ、どのくらい流されたのか、距離があるのかとかはさっぱり分からない」
「合流できるとして、どのくらい掛かるか、か……」
「うん……。アレクの怪我のことを考えると、もし近くに街……というか教会があるなら、そっちに向かうのも手だと思う。ああ、あと考えれば、パールがまだ残ったままだ。多分、あの後戦いになったよね……」
泰基と暁斗はどうしただろうか、とリィカは思う。
もし、魔族の外見が人によく似ていたら、二人は戦えないと思った。だから、自分が守ろうと決めていたのに、逆に守られてこの状態だ。
そこで、一つ大切な事を言い忘れていたことに気付いた。
「アレク。助けてくれて、ありがとう」
アレクが負っている傷は、本来は自分が負っていたはずの傷だ。
どれだけ感謝しても、したりなかった。
「《回復》も頑張るけど、他に何かあったら言って。わたしができることは何でもやるから」
だから、アレクの傷を治すために、できる限りのことはやろう、とその気持ちを伝えたのだが。
「……何でもやるなんて言うな」
アレクから返ってきたのは、怒ったような低い声だった。
「リィカさ、俺がお前に何言ったか、ちゃんと分かってるか? お前のことが好きだと言ったんだ。何でもやるなんて言って、俺がそこにつけ込んだらどうするんだ? ――キスしろ、とか抱かせろ、とか言ったら、お前従うのか?」
「…………え…………と」
大きく目を見開いて、固まって言葉の出ないリィカを見ながら、アレクはさらに畳みかける。
「できないだろう? 気持ちは嬉しいけど、もう少し気をつけろ。そうじゃなくても、女の子一人しかいないんだから」
「……ご、ごめんなさい……」
「駄目。許さない」
そう言うと、アレクは右手をリィカに差し出す。
「どっちの手でもいいから、リィカの手、貸して。――何でもするんだろ」
唇を噛みしめたリィカが、黙って左手をアレクの右手の上に乗せる。
――と、その手を怪我人とは思えない強さで引っ張られた。
「ちょっと、アレク……!」
リィカが抗議するように声を出すが、指先にキスをされて、体が固まった。
「アルカトル王国の貴族の風習でさ、男性が女性の指先にキスするのは、あなたが好きですって意味があるんだ。――覚えておいてくれ、リィカ」
真っ赤になったリィカの顔を、アレクは満足そうに眺めて、掴んだ左手を見た。
「……手も、顔も、泥だらけだな。それに、髪もボサボサだ。それなのに、俺を助けることを優先してくれて、ありがとう」
そう言って笑って、もう一度指先にキスをした。




