プロポーズ
それは、あまりにも唐突だった。
「凪沙。大学を卒業したら、俺と結婚してほしいんだ」
「へ?」
大学の帰り道、近所の公園でわたしは泰基からプロポーズされた。
何の前触れもないそれに、わたしは立ち止まって泰基の顔をマジマジ眺めた。冗談……ではなさそうな気がする。
「俺と結婚してくれ、凪沙」
もう一度言われた。真剣な表情に、本気で言っていることが分かった。それは分かったけど、いくら何でも唐突すぎる。
「わたし、就職したいの。結婚が嫌なわけじゃないけど、すぐは困る」
パッと頭に浮かんだ返事は、我ながら可愛げの欠片もないものだった。泰基がすっごい不満そうな顔をした。
※ ※ ※
「結婚ねぇ……」
家に帰ってきて一人になってからボソッとつぶやいた。
泰基とは家が隣同士の幼なじみで、ほとんど生まれた時からの付き合いだ。彼氏彼女としてのお付き合いが始まったのは、中学生の時。
正直、何がきっかけで付き合うようになったのか、よく覚えていない。気付けば、泰基に彼女扱いされていた。別に嫌じゃなかったから、多分わたしも好きなんだろうなと思って、そのまま素直に彼女扱いされてたけど。
ちゃんと好きと言われたのは、高校生のとき。それは流石にちゃんと覚えてる。高校に入学してできた友達に聞かれた時だ。
『いつから付き合ってるの?』
『はて?』
『……は?』
聞かれて首を傾げたわたしに、友達がすっごい胡乱げな顔をした。そうしたら、泰基がおもむろにわたしの手を握ってきたのだ。
『好きだ、凪沙。俺と付き合ってくれ』
顔が赤くなったのが、自分でも分かった。
友達の「キャーッ」という叫び声が、やたら遠く聞こえた。
それらの事を思いだして、ハァっとため息をついた。
「結婚かぁ……」
実感が湧かない、というのが、正直なところなんだろうか。
泰基が嫌なわけじゃない。結婚するなら、泰基が良いと思う。でも、別に急ぐことはない。まだいいじゃないか、という気持ちが強い。
何であんな唐突にプロポーズなんてしてきたのか。
何かあったのかと聞いたら「別に」という返事が返ってくる。「ただ早く結婚したいんだ」とそう言われただけだ。
何となく、左手の薬指にはめた指輪を手で触れる。高校生の時、泰基がくれた指輪だ。嬉しかったけど、その時に言われた言葉は妙に不穏だった。
『男よけにできるだけつけてろ』
『つけるけど、なんで男よけ?』
確かに男の子に声をかけられることはあるけど、それだけだ。
男よけって、もしかして話すだけでもダメとか言わないよね? そういえば、泰基が不機嫌になる時って、わたしが男の子と話をしているときが多いような……?
まあでも素直に受け取って、素直につけてる。男よけとやらの効果はよく分からないけど。
泰基とはずっと一緒だった。
大学は流石に別だと思った。頭の良さが違うから、泰基はもっと上の大学を目指すと思ったのだ。
それなのに、泰基はランクを下げた。わたしと一緒に大学に行きたいからと。勉強なんかやる気になれば、どこの大学に行ったってできるからと。
だから、わたしは勉強を頑張った。少しでも、泰基に上のランクの大学に行って欲しかったから。結果的に、わたしと泰基の学力の、ちょうど中間地点くらいの大学に合格したのだ。
でも、この先はどうなるか分からない。
泰基に「就職したい」なんて言ったけど、正直何が何でも働きたい場所があるわけじゃない。でも、泰基にはやりたいことがある。それを知っているから、就職先まで一緒は無理だと思っている。
「でもだからって、会えなくなるわけじゃないし。別に今すぐ結婚しなくってもなぁ」
結局は、泰基が何を考えているのかが分からなくて、戸惑っているのかもしれなかった。
※ ※ ※
次の休み。泰基と一緒にデートだ。
わたしと泰基のデートは、おうちデートが多い。お互いに小説とか漫画とかアニメとかゲームとか、そういうものが好きだからだ。たまに外に出かけるときは、アニメが映画化されて見にいくとか、そんなのばかりだ。
だから、今日は外に出かけようと言う泰基に驚いた。
「何か映画あったっけ?」
「まあいいから」
笑う泰基に、首を傾げた。
そして、連れて行かれた先は、ジュエリーショップだった。
「ちょっと泰基、ここで何するの?」
わたしがそう聞いたのは、ショップの中に入って案内された席で二人になった時だ。しっかり予約までしていた泰基を、問い詰めたい気分でいっぱいだった。
だけど、泰基は妙にご機嫌だ。
「婚約指輪を買おうと思ってな」
「…………………はあっ!?」
大きい声が出てしまい、慌てて口を閉じる。周囲をチラッと見ながら、小声で問い詰める。
「なんでよっ? わたし、断ったよね?」
「流石にそこは取り違えてないぞ。だけど、嫌じゃないって言ったじゃないか。だったら、そのくらいはいいだろ?」
「……えーと? うん、いい、のかな?」
何か違うような気もしたけど、自信満々な泰基に、首を傾げつつもわたしは頷いた。そして気が付けば、左手の薬指に婚約指輪が嵌まっていたのだった。




