夢の終わり
王宮から学園までの道中、会話もなく、四人は静かに歩いていた。
しかし、そんなに遠くない。あっという間に学園に到着し、そのまま敷地内に入って寮へと向かう。
リィカの部屋のある平民用の寮の前に着いて、リィカが三人に声をかけた。
「送ってくれてありがとう。ここまででいいよ」
アレクがハッとしたように顔を上げた。何かを言おうとしたのか、口が開いたけれど、すぐ閉じる。
その様子を見て、リィカはしっかり顔を上げた。
笑顔笑顔、と自分に念じながら、言葉を紡いだ。
「アレク、バル、ユーリ。ありがとう。みんなと一緒に旅ができて、本当に良かった」
紡ぐのは、別れの言葉。
皆とこうして顔を上げて対等に話ができるのは、これが最後。だから、目から落ちそうになる涙を、堪える。泣いてしまえば、話せなくなる。
「バルがいてくれて、とっても安心できた。大きな体と力で、いつも見守ってくれてたよね」
バルを見て告げる。大きく目を見開いたバルに笑いかけ、次にユーリに視線を向けた。
「ユーリと魔法合戦したの、楽しかったな。魔道具も一緒に作って。ユーリのおかげで、好きな魔法がもっと好きになれたかも」
「……リィカ」
怒っているわけじゃないはずだけど、リィカの名を呼ぶユーリの声は、感情を抑え込んだ低い声だ。
フフ、と笑って、アレクを見た。
「アレクに会えて良かった。アレクがいてくれて嬉しかった。本当に心強かった。安心できた。アレクがいたから、今わたしはこうやって笑っていられるの。だから、ありがとう」
もうアレクとは会えない。いや、会えるかもしれないけれど、その時には自分はただの平民で、アレクは王子様だ。対等ではいられない。こうして、顔を合わせて話はできない。
「でも、もう夢の時間は終わるから。明日から現実に帰るから」
リィカは、今できる最高の笑顔をアレクに向けた。そして、言うべき最後の言葉を口にした。
「大好きだったよ、アレク。――さよなら」
あえて想いを過去形にして告げる。
そして、背を向けて走り出した。
そのまま寮の中に飛び込み、一年ぶりの寮の中、自分の部屋へ向かって走る。もう夜遅いからだろう。誰の姿も見えない。
それを確認して、リィカは力を抜いた。目から零れる涙をそのままに歩く。
「――さよなら、アレク」
もう一度だけ、別れの言葉を紡ぐ。これで名前を呼ぶのは最後だと、思いながら。
※ ※ ※
「………………ぁ……」
アレクは、去っていくリィカの背中に手を伸ばす。しかし、声をかけることさえできず、その姿が寮の中に消えていくのを見送った。
「アレク……」
どれだけそうやっていたのだろうか。アレクが我に返ったのは、バルにためらいがちに名前を呼ばれてからだった。
伸ばした手を下ろし、手をギュッと握る。
そして、何も言わず、踵を返した。
「リィカは、決めていたんだな。きっと、ずっと前から」
バルとユーリがついてくるのを感じながら、自分の気持ちを口にした。
「この旅が終わったら、俺と別れるんだと。……俺との未来なんか、きっと全く考えてなんか、いなかったんだな」
自分がどれだけリィカを渇望しているか、なんて考えもせずに。
でも、それも仕方がないだろう。ここに来るまで、将来のことを語ったことなどなかった。自分が考えている事が上手くいく保証なんて、どこにもないのだから。
だから、リィカが別れるしか道がないと思うことだって、仕方がないことなのだ。
「でも、俺は諦めたくないんだ、リィカ」
あと一日だけでいいから待って欲しかった。そう思ってしまうのは、我が儘だろうか。待ってくれれば、違う未来があったかもしれなかったのに。
いや、まだ遅くない。リィカは普通に学園に通うだけ。自分だってそうだ。まだ手の届くところにいる。何も手遅れになっていない。
そのために、アレクは足を早めた。考えている事を、実行に移すために。
「何をするつもりだ、アレク」
「僕たちも協力しますよ、アレク」
自分の両隣に来たバルとユーリの言葉に、アレクはフッと口元を緩ませた。この上なく嬉しいのに、口から出るのは憎まれ口だ。
「俺が何をしようとしているかも知らない癖に、物好きな奴らだ」
バルもユーリも簡単に引き下がりはしない。だから、アレクも安心して、こんなことを言える。
「どうせ、魔王討伐の褒美で、リィカのことを何か頼むつもりなんだろうが」
「そう思ったから、僕も褒美の願いを後回しにしたんですけど?」
引き下がる云々どころではなく、しっかり見破られていたことに、アレクは足を止めてしまった。
「いいから欲しいもの言えばいいだろう! 別に付き合ってくれと頼んだ覚えはないぞ!」
「分かった分かった。ほれ、何をどうするつもりか、吐け」
「そうですよ。アレク一人より、僕たち三人が同じ事を願い出た方が、上手くいく確率が高いでしょう?」
「……ああもう! 後で文句を言っても、知らないからな!」
毒づいて再び足を進めつつ、リィカのことを想う。
勝手にこんなことをして、リィカは怒るかもしれない。それでもいい。怒ってくれていい。
例えどんな手を使っても、リィカを手放したくないのだから。
やっとここまで来た、というところでしょうか。書き始めた段階から書きたかった、泰基との別れ、暁斗との別れ、アレクとの別れ。……こうして並べると、別ればかりで笑えますが、書きたかったことは確かです。
ものすごく長かったですが、書きたかったところに落ち着いて、とりあえずホッとしています。
リィカとアレクがどうなるのか、この続きは第二部開始までお待ち下さい。
さて、こんなことを書いていますが、この章はもう一話、泰基と暁斗の話が入って終了です。
正真正銘、泰基と暁斗が本編に出てくるのは、次話で終了です。うまくいけば、暁斗がチョロッと数行程度の出番があるかもしれませんが、現在のところどうなるかは不明……。
そしてその後は四話ほど番外編が入ってから、第二部開始となります。
番外編については、次話の後書きでお知らせしたいと思います。




