追憶―アレク②―、そして、目を開けて
昨日、レーナニア編を大幅に修正。
読まなくても支障はありませんが、興味があればぜひどうぞ(^_^)
〔アレクシス〕
俺は、城を抜け出して街中に降りてきていた。
いくら避けようと思っても、向こうから会いに来られたら避けきれない。
だったら、城にいなければいいじゃないか、と思いついた。
小さい頃の探検で、城の中にも庭にも、色々な秘密の通路を見つけている。
その中に、街まで続いている通路があるのだ。
街に来るのが初めてというわけではない。
街の話を聞いて興味を持って、護衛が付いた状態で街を散策したことはある。
祭りをやっていると聞いて、参加したこともある。
屋台での買い食いは、楽しかった。
……一緒に来てくれなくて、一人だったんだよなあ……。
ふと、そんな事を思い出してしまい、慌てて頭を振ってそれを追い出す。
おかげで、お金の使い方は分かるし、服も平民と変わらないはずだ。
さて、今日の目標、侍女達に街の話を聞いた時に、一番心惹かれたもの。
それが、ここ、冒険者ギルドだ。
ギルドに、冒険者として登録できるのは、12歳から。
つまり、今の自分でも問題なく登録できるはずだ。
初心者は街中での仕事になるが、ランクをあげていくと、街の外での薬草の採取とか、魔物の討伐とかの仕事をできるようになるらしい。
(よし、行くぞ!)
気合いを入れて、中に入る。
何というか、雑然としている、という印象だ。
奥にカウンターがあるから、そっちに行けば良いのか? と思っていると、
「……うん? なんだ坊主。何の用だ」
このとき声を掛けてきてくれたのが、アルカライズ学園で平民クラスを受け持っている先生。
ダスティン先生との初めての出会いだった。
ダスティン先生に教えてもらって、受付で手続きをする。
うっかり名前をアレクにしそうになって、慌てた。
そんな急に名前なんか思い浮かばないから、自分の名前の下二文字を取った。
「はい。じゃあ確認するね。名前はシス君ね。で、特技は剣、と。間違いない?」
渡された書類に必要なことを書いて、受付のお姉さん……ウィニーさんに渡す。
そして、冒険者についての説明を受けている時に、ギルドの中に入ってきたのが、あいつ……騎士団長の息子、バルムートだった。
「あら、バル君。おかえりー。初めての仕事、どうだった?」
そう声を掛けたのは、ウィニーさんだ。
「何とか、無事に終わって……」
そう言いかけたバルムートと、しっかり目があった。
「……は?」
呆然と俺を見たバルムートの口が、明らかに俺の名前を出そうとした瞬間、俺はバルムートに飛びついて、その口を塞いだ。
何やらモゴモゴ言っているが、こんな所で名前を出されてはたまらない。
「あらら? もしかしてシス君、バル君のお友達?」
「ともだち……!? いやそうじゃなくて、知り合いではあるけど……!」
まさかの友達発言。友達って何だっけ、と思う。
剣で競い合っているとはいっても、別に個人的に親しい訳じゃない。
とりあえず、こいつと話をしないとと思って、俺は、そのまま外へ連れ出した。
回りに人がいない事を確認して、二人だけになって、俺は声をかけた。
「それで、何で騎士団長の息子がここにいるんだよ?」
「それはこちらの台詞です。なぜ、殿下がこんな所にいるんですか?」
「……俺は、冒険者ギルドに登録しに来たんだよ」
「おれは昨日登録して、今日が初仕事でした。それで、殿下がなぜギルドに登録するんですか?」
「同じ事返すぞ? お前が登録する必要がどこにある?」
「…………」
「…………」
とりあえず、このままじゃ話がまったく進まないことは理解した。
こっちが先に折れてやるべきか、と考えていると、向こうも同じ事を考えたんだろう、先に告白してきた。
「……自分がここにいるのは、気分転換のようなものです。息が詰まることも多いので……」
なるほど、と思う。
人外の強さを持つ騎士団長の息子が、小さい頃から天才的な剣の腕を見せているんだから、周りからの期待も相当だろう。
息が詰まる、と言われれば、納得できる。
「おれは話しました。それで、殿下は? 護衛は近くにいるのですか?」
「城を勝手に抜け出してきているんだから、いるわけないだろう。……理由はまあ、城にいたくない、ってだけだ」
バルムートは手で顔を覆いながら、大きなため息をついた。
「……何だよ?」
「……いえ。今頃大騒ぎになってないと良いですね」
「お前はどうなんだよ。もしかして、ちゃんと許可もらっているのか」
「許可なんかくれないですよ。おれは昔からしょっちゅう家を抜け出して、街に来ていたんです。またか、くらいにしか思われないので大丈夫です」
……大丈夫なのか、それ……?
まあそれはともあれ、事情は分かった。
「とにかく、俺のここでの名前は『シス』だからな。うっかり殿下とか呼ぶなよ? それと、ここで会ったら敬語は禁止。そんな事をされたら目立つから、普通に話せ」
「あとで、不敬だとか言うなよ? それと、おれの名前は『バル』だ」
さっそく、普通に話してくる。少しは遠慮とかするもんじゃないのか。
口裏合わせを済ませてギルドに戻ると、俺の冒険者カードができていた。
「これは、シス君の身分を保障してくれるから、なくさないようにしてね」
ウィニーさんに渡されたカードを見ると、自分の名前とランクFの字が書かれている。
なんか感動した。
「依頼の受け方とかは……、バル君がいるから別にいいかな?」
「「は?」」
「だって、二人友達なんでしょ? 一緒に依頼受けるんだったら、問題ないもんね?」
ウィニーさんに、何か勘違いしていることを言われた。
「別に友達じゃないし、一緒に依頼受けるわけでも……」
「いや、良いじゃねぇか、シス。一緒にやろうぜ?」
今度はバルムートが変なことを言い出した。
「何でだよ。俺は一人で……」
言いかけて、バルムートが思いのほか真剣な目をしていて、それ以上続けられなかった。
「……分かった。一緒にやろう」
護衛気取りか? 気分転換で来ているのに、わざわざ王子の面倒見ることもないだろうに。真面目な奴だ。
その日城に帰ったら、父上と母上……ではなく、王妃様が部屋に来て、めちゃめちゃ怒られた。
しかし、王妃様、と呼んだら、息を呑む音が聞こえて、そのまま静かになった。
その時の俺は、下を向いていたから、王妃様がどんな表情をしていたのかは分からない。
そうしたら、王妃様が俺に近づいてきて、俺を抱きしめた。
「アレクは、フィオラと似ているわね……本当に……」
そうポツリと言われた。
「アレク。あなたはフィオラみたいになったら駄目よ。特に、アークは、あなたがいないと駄目なんだから。あなたがいなくなったら、アークは立ち直れないわ」
いつだったか、本当の母の事を知りたいと言ったことがある。
そうしたら、「いい話じゃないのだけど」と言いながらも、教えてくれた。
俺の母、フィオラは、王妃様が結婚する前からの侍女だったらしい。
家が落ちぶれて、行く当てがないところを、王妃様が雇った。母は、自分のことは二の次で、本当に王妃様に尽くしたらしい。
結婚後、王妃様にはなかなか子供ができなかった。
この国は、基本的に一夫一妻制だけど、結婚して二年子供ができなければ、側室を取る事が許されている。
しかし、側室が子供を産むと、そこで正妃と側室の力関係が逆転してしまうのは、よくある話だった。
母は、王妃様の立場を守るために、自分が側室になった。自分に子供が生まれたら、王妃様の子として育てて下さいと言って。
しかし、母の妊娠後、一ヶ月後くらいに王妃様も妊娠した。
母は何度も王妃様に謝り、そのあげくに、王妃様の子がいればいいからと、流産させようとさえ、したらしい。
王妃様が早産で予定より一ヶ月も早く兄上が生まれて、その一週間後に母が俺を出産した。
ただ、王妃様も兄上も状態が悪かったらしく、神官も侍女たちも掛かり切りになっていた間に、母は熱を出していた。
それなのに、何も言わずに、そのまま死んだ。おそらく、自分の治療のために人が取られて、その間に王妃様やアークに何かあったら大変だと思ったんだろう、と。
父上も王妃様も、すごく後悔しているのが分かった。
その時にも「絶対フィオラの真似をしたら駄目よ」と言われたけれど。
今、王妃様に抱きしめられながら思う。
俺が死んで、アークが助かるんなら、喜んでそうする。
俺の、たった一人、大切な人だから。
――でも、アークは違う。婚約者がいてくれるから、俺がいなくなっても、大丈夫だ。
※ ※ ※
――ズキン
お腹の辺りが、やけに痛い。
何だろう、と思って目を開けたら、見えたのはリィカの寝顔だった。
(――ああ、そうか)
一瞬、状況が分からなくて混乱したが、すぐに思い出した。
見ていた昔の夢のせいもあるだろう。
あんな、一番辛かった頃の夢を見たのは、お腹の痛みのせいだろうか。
あの、女魔族から受けた攻撃。
はっきりいって、致命傷だったはずだ。――リィカが、助けてくれたのか。
「…………………ぅ……」
リィカが小さく呻くのが聞こえる。
起きたリィカと、目があった。
身体を起こし、大きく目を見開いたリィカの目から、涙が零れる。
「………………………アレク、目、開けた……!」
そう言って、しがみついてくる。
喜んでくれるのは嬉しいが、――なんで下着姿なんだよ!?




