決着、そして終幕へ
暁斗は集中していた。
何が起こっているか、それを把握しながらも、集中の妨げにはならなかった。
今、自分がやるべき事のために、ここまで一緒に旅をしてきた仲間たちが戦っている。だから、それを信じるだけだ。
「ぐああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
魔王の上げた、これまでで一番大きな悲鳴に、暁斗は静かに目を開ける。魔王の右腕が、落ちていた。
「これで終わらせる」
自分でも驚くくらいに静かな口調だ。
そんなことを思いながら、暁斗は全身に高めた魔力で、一気に魔王の懐に飛び込んだ。
――そして、躊躇うことなく、聖剣を魔王の心臓へと、突き刺した。
魔王が大きく目を見開く。
その血が暁斗に飛ぶが、暁斗は目を逸らさない。
やがて、魔王がフッと笑った。
「見事だ、勇者」
「……魔王。ホルクス」
魔王とだけで、呼ばなかった名を、今ここで暁斗は初めて口にする。
ズルッと、魔王の体が後ろに傾く。自らの重さで、自然に体から剣が抜けていく。倒れながら、魔王はつぶやいた。
「あとは、たのんだ、あにじゃ……」
満足そうな顔で床に倒れたときには、すでに魔王は事切れていた。
※ ※ ※
(どういうこと? あにじゃ……兄? カストルのこと?)
暁斗は、倒れた魔王を見下ろしながら、魔王の残した最期の言葉に呆然となっていた。ここにきても、結局姿を見せないカストル。「頼んだ」とはどういうことなのか。
「暁斗、やったな」
「……父さん」
疲れた顔で、それでも笑顔の父に声を掛けられ、頭が混乱する。
本当にやったんだろうか。本当に良いんだろうか。そんな考えが抜けない。
「どうした?」
「……あ、ううん、なんでもない」
不思議そうな父に、暁斗は慌てて首を振る。これはなかったことにして良いのかどうか、悩みつつ首を振る。
『アキト、もう一つやって最後だ』
(うん、そうだったね)
自らが持つ聖剣グラムの言葉に、暁斗は心の中で返事をする。そして父へ、仲間たちに話しかけた。
「ちょっと最後の一仕事やってくるから、休んでて」
自分もヘロヘロではあるが、やれと言われた以上はやるしかない。それが終われば、正真正銘に終わる、はずだ。
「何をするんだ?」
「魔王の膨大な魔力が世界に散ったままだから。放っておいても、そのうち自然に浄化されてくみたいだけど、時間がかかるんだって」
「そうか。……悪い、俺は後から行く。先に行っていてくれ」
泰基が目を落とす。
そこにあったのは、刀身がなくなった、柄だけの剣だ。
「大丈夫だよ。オレ一人でできることだから」
答えて、暁斗は前に進む。
魔王のいた後ろに、上に登る階段が見えた。
「泰基、わたしが暁斗と一緒に行くから、ゆっくりでいいよ」
「俺たちもアキトと一緒に行く。……ゆっくりお別れしてくれ」
リィカとアレクが、泰基を気遣うように声を掛ける。その後ろで、ユーリとバルも頷き、さっさと先に進んでいる暁斗の後ろを追いかけた。
※ ※ ※
一人その場に残った泰基は、座り込んで床から何かを拾い上げる。それは、砕けた魔剣デフェンシオの刀身の、一部だ。
「……デフェンシオ」
『タイキ……』
泰基が静かに呼びかけると、応えがあった。しかし、これまでと違い、その声はひどく弱々しく、消えそうだった。
『ごめんね、タイキ。ボク、ここで終わるよ』
「……本当は、限界だったんだな。能力を発動させた状態で、魔力を纏わせて攻撃するのは。あれが、限界だったんだな」
魔王の魔力の塊を左手だけで受け止めた時。
デフェンシオの防御能力を発動させながら、魔王の攻撃を相殺するために剣技を発動させた。
そこからさらに魔力を注ぎ込んで、魔王に攻撃を加えようとして……デフェンシオは砕けた。
今から思えば、自分の声に答えたデフェンシオの声は、固かった。泰基の考えを知って、それが自分の限界を超えることを、きっと分かっていたのだ。
『ボクね、考えてたんだ。ボクはタイキのために生み出された剣だから。……タイキ以外のニンゲンに、使われたくなんか、ないんだ』
「デフェンシオ……」
『だから、いいの。ホントは魔王に攻撃が当たるまでもてば、一番よかったんだけど。ごめんね』
「謝ることは、ない」
絞り出すような声で、泰基は答える。
この剣には全部知られていたのだ。自分が日本に帰ることを、切望しているということを。
すまない、と言いそうになって、それを噤む。あるいは聞こえてしまったかもしれないが、それでも泰基は別の言葉を選択した。
「ありがとう、デフェンシオ。お前のおかげで、助かったよ」
『……うん、ボクも。生まれることができて、よかった』
バイバイ。
最期に、そう聞こえた気がした。その瞬間だった。
ボロッと崩れた。手にした刀身の欠片も床に残った欠片も、辛うじて形の残っていた柄も。
すべて、砂のように崩れ落ちた。
※ ※ ※
暁斗は上へと登っていく。
泰基は残っているが、他の皆がついてきてくれてくれることが、嬉しくて心強い。
途中で見つけた窓から外に出て、屋根の上に登る。
魔国が一望できる。噴煙の上がる火山に、どこまでも続く荒涼とした大地。その中に、ほんのわずかに見て取れる緑。
暁斗は聖剣を両手で持って、それを空高く掲げた。
「これでいいんだよね、グラム」
『うむ。後は我がやる』
つまりは、自分は黙ってそうしていればいいだけだ。暁斗は苦笑しつつ、グラムに任せた。
魔力が、聖剣に集まる。それは、つい先ほど自らの手で倒した魔王の魔力と同じ気配がした。膨大なそれが、限界を超えるかと思われた頃。
『アキト、空へ放て。突き刺すように』
「分かった」
言われるままに、暁斗はイメージをした。剣から魔力がレーザーのように、あるいは弾丸のように放たれる様を。
バシュッと音を立てて、魔力が空へと放たれる。それは、低く垂れ込めた雲を払った。青空が覗き、太陽が姿を見せる。
だがすぐに雲が覆い隠し、元へと戻る。
それを見つめながら、暁斗は聖剣へと問いかけた。
「これで、終わり?」
『ああ、そうだ』
「……そっか。終わりか」
小さくつぶやいて、暁斗はその場で座り込んだ。
(終わったんだ)
もっと嬉しいものだと思っていたのに、何の感慨も湧いてこない。
ただ終わったという事実。思うのは、それだけだった。




