VS魔王ホルクス⑮
リィカは呼吸を落ち着けて、泰基の戦いを見ていた。
暁斗が、ただ静かに集中しているのだけが分かる。アレクが、バルとユーリがどうしているのかは、今はあえて意識から遠ざける。
魔王に止めを刺せるのが、果たして本当に聖剣グラムだけなのか。その答えは出ていないが、他の方法を試せるだけの余裕などありはしない。
自分たちも限界が近い。けれど、それは魔王も同じはずだ。あとは、暁斗が魔王に最後の一太刀を入れるだけ。そのためだけに、残った力を使うだけだ。
もしかしたら泰基だけでそのチャンスを作るかもしれない。それでも、リィカはただ集中し続けた。来るかもしれない、出番のために。
※ ※ ※
――泰基の剣が、崩れ落ちた。それを見て、泰基が呆然としているのが分かる。
(まだだ、まだ少し)
リィカは、焦る気持ちを抑え込む。
魔王が泰基に近寄る。放ってしまいたい。けれど、あと少しだけ。
「ここまでだな、勇者の父親」
魔王がそう言って、右手を振り上げた。拳が握られる。
泰基が力なく、ただ上を見上げる。
(――今だっ!)
リィカは、一瞬で魔法を生み出す。
初級魔法である球の魔法を小さくした凝縮魔法。その数は、二十。
「いけぇっ!!」
泰基へ振り下ろされる腕に、それら全てを放った。
※ ※ ※
『これ以上は、ムリかも』
『二十か』
『一つの属性につき、五つずつですか。それでも十分なくらいですね』
リィカが、泰基とユーリとそんな会話を交わしたのは、ルバドール帝国からの地下道を抜けて、魔族の領地内を移動している時だった。
初級魔法なのに上級魔法並の威力がある、凝縮魔法。複数個生み出すことが出来て、さらにそれを思うように操ることができる。
使いようによっては、混成魔法よりもよほど使えそうなこの凝縮魔法を、リィカは練習し続けていた。
出していける数をどんどん増やしていき、その数が火・水・風・土の一つの属性につき、五つ。総計二十になったところで、はっきりとリィカは「限界」を感じたのだ。
『で、全部ちゃんと操れるのか?』
『……うーん』
泰基の質問に、リィカは唸る。
それが一番の問題だ。数だけ増やしても、操りきれないようでは意味がない。
とりあえず、自らの周囲を回転させてみる。ゆっくりから徐々にスピードを上げて、さらにまたゆっくりに戻す。
『……とりあえず、全部一気に同じように動かすなら問題ない。個別にできるかは……なんか的ないかな……』
何もないところに放っても、上手くいっているかどうか分からない。出来れば何かあった方が分かりやすいし、集中できる。
そう思って周囲を見渡しても、荒野が広がるだけ。ある……ではなく、いるのは仲間たちだけ。
アレクと目が合ったら、全力で逸らされた。
『嫌だぞ、俺は』
『やってやれよ、好きな女の頼みだろ』
『そういう問題かっ! リィカの魔法、受けたくなんかないぞ! お前が的になれ、バル! 図体デカいし、ちょうど良いだろう!』
『やなこった』
『二人でもいいけど』
『リィカは少し黙っててくれ!』
リィカの口出しに、アレクは本気で泣きたくなりながら怒鳴り返す。一人が二人になろうと関係ない。浮いている二十の球が怖い。上手く避けられればいいが、そうならなかったときが怖い。
『もし当たっちゃったら、回復しますよ。よっぽど当たり所が悪くない限りは、即死することはないでしょうから』
『何の慰めにもなんねぇよ!』
ユーリのからかう気満々の口調に、バルが怒鳴り返す。だが、それで大人しく引き下がるユーリではなく、後ろで他人の振りをしている暁斗にも視線を送る。
『何でしたら、アキトも含めて三人で的になったらどうですか?』
『なんでオレに話をふるのっ!?』
『えっ!? 三人とも的になってくれるのっ!?』
『なんでそんなに嬉しそうなの、リィカ!』
『任せた、アキト』
『そうだな。ここは勇者サマの出番だ』
『なんでっ! アレクとバルでやってよ!』
『ですから、三人で的をするという話ですよ?』
『『『いやだ!!!』』』
こんな事をギャーギャー言い合っていたら、魔物が現れてしまったので、結局的はそちらになったのだが。
結論を言えば、二十の球すべてを同時に、バラバラの動きをさせるのは無理。けれど、同じ場所を狙うだけなら、何も問題ない。
※ ※ ※
「いけぇっ!!」
リィカのその声とともに、凝縮魔法が放たれる。
最初の一個が、泰基に攻撃しようとしていた腕を弾く。そして、その弾かれた腕に、残った凝縮魔法が次から次へと当たっていった。
「ぐああぁっ!?」
魔王が悲鳴を上げた。右腕から、鮮血が舞ったのが見える。それを確認しつつ、リィカは凝縮魔法を腕に叩き付けていく。
そして……。
――ドォォンッ!!!
「ぐああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
今までで一番の悲鳴を、魔王が上げた。
――右腕が、ボトッと落ちた。
肩から先を、リィカの魔法が吹き飛ばしたのだ。
魔王が、左手で肩を押さえる。
リィカは会心の笑みを浮かべて、力尽きてその場に崩れ落ちる。
「これで終わらせる」
ずっと集中したまま動かなかった暁斗が、動いた。




