二度目の出会い
入学式から一ヶ月ほどたったある日、ダスティンがその話を切り出した。
「今日は、覚えてほしい人たちが五名いる。貴族クラスにいる同学年の生徒なんだが、有名人だからな。顔と名前だけでも一致させておいてくれ」
平民クラスの授業前、ダスティンが出したのは絵姿だ。そしてまず一枚、見えるように掲げた。
「この人は入学式で見ただろう。王太子のアークバルト殿下。次の国王陛下だな。入学前の筆記試験で一位を取った人だ」
クラスメイトたちが頷く。リィカの顔は青ざめた。心配して声をかけてくれたというのに、逃げ出してしまったのはまだ記憶に新しい。
「そして次、ヴィート公爵家のご令嬢、レーナニア様。アークバルト殿下の婚約者でもある。つまり、将来の王妃陛下だな。筆記試験では殿下に次ぐ二位だった」
そこに描かれていたのは、長い金髪に紫色の目をした女性。その絵を見て、リィカは「ホントに同い年?」と思う。そうとは思えないくらい綺麗で大人っぽい。
「先生、公爵家って、貴族で一番偉い家でしたっけ?」
「ああ、そうだ」
クラスメイトの発言に、ダスティンが頷いた。
「トップに王族。その下に貴族がいて、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵と続く。まあ俺たち平民からしたら、公爵だろうが男爵だろうが、目上には変わりないけどな」
あはは、とダスティンが乾いた笑みを浮かべる。それを見つつ、リィカはクレールム村で会った貴族のことを思い出した。あの人は男爵だと言っていた。
(貴族の中じゃ、一番下なんだ。あんなに威張ってたのに)
どちらにしても目上の存在だというダスティンの言葉は、この上なく真実だ。貴族の中での順番なんか、自分たちのような平民にはほとんど関係ない。
そう思いつつ、リィカは別のことを口にした。
「次の国王様たちは、揃って頭がいいんですね」
「ああ。この国の将来は安泰だと言われているな」
苦笑しつつ頷き、ダスティンは三枚目を出した。それを見て、リィカは危うく声を出すところだった。
「この人はアレクシス殿下。アークバルト殿下の弟君だ。ちなみに双子じゃないぞ。一週間ほど誕生日は離れている。剣が強く、剣の実技試験で一位を取っている」
黒い髪に翠色の目。その顔に見覚えがある。アークバルトに会うより前、門のところで声をかけてきた男性。その人にそっくりだ。
「先生、黒い髪って珍しいですね」
「ああ、便宜上、黒く描かれているが、実際には金髪だ。濃すぎるくらいに濃い金色だから、黒く見えるらしい。陽に透かすと、金色っぽく見えるぞ」
クラスメイトたちの「へー」という言葉を聞きながら、リィカはあの時のことを思い出してみる。確かにあの時、髪が光って見えた。ということは、やはり間違いないんだろうか。
あの時は逃げていない。ほんの少しだが、言葉を交わした。黒く見える髪に気を取られて、相手の身分にすぐ気付かなかったからだ。だから問題ないはずだ。
(ない、よね……?)
自分は問題ないと思っても、相手がどう思うかは分からない。この一ヶ月何もなかったということは、問題なかったと思っていいのだろうか。それにしても、と思う。
(入学式の日に、王子様に二人も遭遇しちゃったってこと……?)
人によっては、それを“幸運”というのかもしれないが、リィカにとっては違う。
残った二人について説明しているダスティンの言葉を聞き流しながら、リィカは自分の不運を嘆いたのだった。
※ ※ ※
そして、その日の放課後。リィカは目の前の光景に、心の中で叫んでいた。
(なんでこんなところにいるのー!)
魔法の練習をしようと練習場に向かうと、そこに一人の男性がいた。それは間違いなく、あの門のところで出会ったアレクシスだった。
この学園には、生徒が剣や魔法の練習で自由に使えるように、広場がたくさん点在している。今リィカがいるのも、そのうちの一つだ。
学園内で貴族と遭遇する可能性があるとしたら、こういった練習場だと説明は受けている。けれど、貴族の生徒用には立派な設備のある練習場がある。平民用として用意されている練習場は、ただ地面の草を刈っただけの、シンプルな広場だ。
貴族の生徒の方がどうしても人数が多いので、平民用の練習場も使用禁止にはしていないらしいが、それでもほとんど使う生徒はいない。
そんな場所に王族が一人で来ていて、そして剣を振るっていた。なんでと文句の一つも言いたくなる。
ダスティンからは「もしいたら、素早くその場から離れろ」と言われている。だったら、貴族の使用を禁止にしてほしいと思ったが、学園のルールである以上、文句を言ってもしょうがない。早く逃げようと思って踵を返しつつ、チラッと様子を伺った。
自分のことを気付かれていないか、それを気にしただけだったのに、リィカは足を止めてしまった。
(すごく、きれい……)
その場から動けなくなった。一人で剣を素振りしているその姿から、目を離せなかった。剣のことは何も分からないのに。クラスメイトたちが剣を振るうのを見ても、何も感じなかったのに。
今、目の前で剣を振っているその姿に、なぜか感動してしまったのだ。
「どうした、何か用か?」
声をかけられて、リィカはハッとした。気付けば、目の前の男性は剣を振るのをやめて、自分を見ていた。
※ ※ ※
アレクシスは練習場で素振りをしていた。この場を選んだのは、単に貴族たちが集まっている場だとうるさいからというだけ。
だが、ここでも視線を感じた。けれど嫌な感じはしないので、いいかと思ってそのまま素振りを続ける。最初は気にしなかったが、見られ続ければ気になってくる。
「どうした、何か用か?」
そう声をかけて、アレクシスはすぐに気付いた。あのときの女の子だと。
学園の入学式。本来なら、兄と一緒に王宮から馬車に乗って学園まで来る予定だった。しかし、婚約者のレーナニアも一緒に乗ると聞いて、二人の邪魔をするつもりはなかったアレクシスは、一人で歩いて学園まで来た。
その門のところに、立ったまま動かない女の子がいたから、何となく気になって声をかけたのだ。今そこにいるのは、あの時の女の子だ。
「お前確か、入学式の日の……」
言いかけたが、女の子の肩がビクッと動いたのが見えて言葉を止める。どうしたのかと思ったが、その子の目に怯えのようなものが見えて、アレクシスは口を噤んだ。今さらだが、目の前の女の子が平民であることに気付く。
女の子が何も言わずに背を向けて去っていくのを、アレクシスは黙って見送っていた。
※ ※ ※
(うわーん、結局逃げちゃった)
リィカは走りながら、泣きたくなった。声をかけられて無言で逃げるくらいなら、最初の時点でさっさと立ち去るべきだったと思う。
(ごめんなさい! 足が勝手に逃げちゃうんですっ)
そんな理由にもなっていないことを思いつつ、リィカは心の中だけで謝罪したのだった。




