32.リィカ⑩
章分けしました。
また、本日、短編の別視点をアップします。
良かったら、そちらも読んでくれると嬉しいです。
そろそろ旅に出発する、という話が出た。
その前に、六人で魔物の討伐をしようという話になった。
今まで訓練ばかりだった勇者二人の、実践練習である。
いよいよ来たか、という感じがした。
正直、どうなるか心配なのだ。
日本人が、殺しに慣れているはずもない。
例えそれが魔物であっても、生きているものを殺すことができるのか。わたしはそれが心配でしょうがなかった。
アレクシス殿下方は、おそらくその辺りは考えていない。
魔物と戦えるか戦えないかは気にしていたようだったが、この世界に生きる人たちにとって、魔物は殺すべき存在だ。
だから、魔物を殺せないかも知れない、などと言うことを気にする事などできないだろうな、と思っている。
王都郊外の森。
わたしが平民クラスの皆と来た森だ。
しかし、来るのが初めてだと思っていた殿下方だが、妙に慣れてる様子だ。
わたしよりよほど森を知っている様子があって、正直驚いた。
――そういえば、魔物の説明も、かなり具体的だったなぁ。
泰基と暁斗に魔物についての説明をする時に、わたしも復習を兼ねて同席させてもらっていた時のことを思い出した。
魔物の種類を大別すると、二種類に分けられる。
魔王が生み出した魔物と、動物が大量に魔力を取り込んだことにより変化した魔物。
どちらも、体内に魔石という魔力が固まってできた石を持っている。それを取り出して浄化すると、人の使う魔法を封じ込めることができるようになる。
それが、わたしのいたクレールム村でもよく使っていた、生活魔法が封じ込められた魔石だ。
そして、魔物は強さごとに、EランクからAランクまでの五段階に分けられている。
Aランクが一番強く、滅多にいる魔物ではないが、出てきた時には、国の全軍を率いて何とか倒せるかどうか、と言われるくらいに強いらしい。
ちなみに、魔王が生み出した魔物には、きちんと固有名が付いているが、動物から変化した魔物は、そのまま動物の名前を使う。
いや、正式に言えば、動物の名前の頭に「モン」を付けるのだが、使っている人を見たことがない。
「モン・狼とか、モン・大山猫とか、そういう言い方をするんだ。一応、正式には」
そうアレクシス殿下が説明していたが、泰基と暁斗は首をかしげている。
「……何で、モン?」
「お前たち勇者の国で、魔物をモンスターと呼ぶんだと聞いたが、知っているか? そこから取ったんだよ」
「……ああ」
「……なるほど」
うなずきながらも、二人はどこか呆れたようにしている。
この世界、勇者の影響なのか、中途半端に日本の言葉だったり文化だったりが入り込んでいる。
一応、これもその一つに当たるんだろうな。
元々は、モンスター・狼とか言っていたらしいが、面倒なので、最初の二文字だけが残った。
ところが、人間がよく出会う、というか、襲ってくるのは魔物に変化したものだけ。
動物が人間を襲うことはほとんどなく、出会う事が少ない。
その結果、わざわざ「モン」を付けて動物と区別する必要もなく、動物の名前だけで呼ばれるようになった。
正式名称ということで、わたしも学校で教わったが、「一応知っとけ」とダスティン先生に言われた程度である。
で、ここから王都郊外の森に出る魔物についての話になったのだが、殿下方の話がこれまた詳しい。
Eランクのゴブリンやヤクルス。これらは、魔王が生み出した魔物だ。
一度生み出されると、魔王がいなくてもどんどん数を増やしていくから、面倒だ。
動物から変化した魔物の中で、大山猫はEランク。
Dランクの、狼や猪。
滅多に見かけないけど、この辺りでは一番強い、Cランクの犀。
こいつらはこういう特徴がある、こういう攻撃をしてくる、森のこういう所にいることが多い、などとにかく説明が細かい。
最初は、あの魔王誕生後の魔物の群れとの戦いで知った事かな、と思ったけれど、これは絶対に違う。
森で実際に遭遇して戦っていなければ出てこない情報ばかりだ。
王子様や貴族様が一体何をやっているんだろう、と側で聞きながら思ったものだった。
「……いた。ゴブリンだ」
バルムート様の声が聞こえて、ハッと意識を戻す。
「全部で五匹か。そんなに多くないな」
わたしもそちらに目を移すと、確かに五匹、ゴブリンがいた。
泰基達は、一見平静そうにしているけれど、手が震えているのが見えた。
「リィカは、一人で一匹倒せるよな?」
アレクシス殿下に聞かれて、黙ってうなずく。
「じゃあ、俺とバル、ユーリ、リィカは、一人で一匹ずつ倒す。アキトとタイキさん、二人で一匹、倒してみてもらっていいか?」
「……あ……う……うん……」
「……分かった」
暁斗は声まで震えているけれど、泰基の方はまだ落ち着いているようだ。
実は、事前にこの二人で一匹の魔物の相手をさせるから、よほどの事態にならない限り、手を出すなと言われている。
言いたいことは分かったからうなずいたけど、心配はつきない。
でも、ここでゴブリン一匹殺せないようでは、この先を戦っていけない。
泰基が、暁斗の頭をぐしゃぐしゃに撫でていた。
それに、ぎこちないながらも暁斗が笑顔を見せている。
「行くぞ」
そんな二人を見て、頃合いと見て取ったのか。
アレクシス殿下がそう声をかけ、バルムート様と二人、飛び出していく。
二人がどのゴブリンを狙っているのかは、向かった方向を見れば分かるので、他のゴブリンに狙いを定めて、《火斬》を放つ。
これも初級魔法で、三日月型の弧を描く、鋭い火の刃を持つ魔法だ。
剣技でも、同じような形を作り出すものがあるけど、《火斬》の大きさはその半分以下だ。
狙い違わず、ゴブリンの首を切断する。
火魔法を選んだのは、火で焼かれるために、出血量が抑えられるからだ。
首の切断は、慣れない泰基や暁斗には衝撃だろうが、ゴブリンを倒すには、これが一番早いのだ。
アレクシス殿下も、バルムート様も、ゴブリンを一撃で倒していた。
――考えてみたら、剣で切る二人はどうしたって出血大量なのだから、わたしの気遣いはほぼ無駄だったかも。
「《光矢》!」
ユーリッヒ様も魔法を放つ。初級魔法だ。
ユーリッヒ様も、初級魔法は無詠唱化に成功している。
感覚はつかんだようなので、他の魔法も無詠唱で使える日は、そう遠くないと思う。
わたしたち四人が一撃であっという間に倒して、やっとゴブリン側が反応を見せた。
「――ギギギ……!」
怒っているような様子を見せて、近くにいたバルムート様に向かおうとした所に、
「《水斬》!」
先ほどわたしが使った魔法の水バージョンを、ゴブリンに放ったのは、泰基だった。
泰基は、実に順調な流れで無詠唱魔法を取得した。
剣も使えなくはないけれど、病気でブランクがあるらしく、魔物相手は危ないと言われていた。
だから、今のところは、魔法だけだ。
ちなみに、泰基の魔法、水属性だけと思っていたら、光属性も持っている事が判明。
何で分かったかというと、回復魔法を覚えるためにイメージをして発動した魔法が、光魔法だったからだ。
属性の検査なんて、光は見ないからね。そもそも、光属性の人が、別の属性を持っている、と言うこと自体が、本来ならあり得ない。
そこは、勇者様だから、で解決されてしまった。
泰基の魔法は、少しずれて、首の下辺りに命中した。
鮮血が舞う。
それに、泰基は少し顔をしかめたけれど、暁斗に声を掛けて促した。
顔をしかめながら、それでも暁斗はゴブリンに向かって走って、剣を振り上げる。
ちなみに、今、暁斗が持っている剣は、聖剣グラムだ。
剣は、腹の辺りを切ったけれど、まだ浅い。
「――ギギ!」
ゴブリンが、棍棒を持った右手を振り上げた。すると、そこに、
「《光球》!」
泰基の魔法が、腕に直撃した。
「暁斗!」
「……うん」
苦しそうな、悲しそうな、辛そうな顔をしながらも、暁斗はゴブリンにトドメを刺した。
暁斗も、泰基も、はぁはぁ息をしていた。
と、不意に暁斗がしゃがみ込んで……その場で嘔吐した。
アレクシス殿下方が驚いたように見ている中、わたしは暁斗に近寄って、その背中をゆっくり撫でる。
二人の様子を見て、分かった。
魔物と戦うということ、倒すということがどういうことなのかをきちんと分かっていて、そのための覚悟も決めてきていたんだ。
だからきっと、わたしが掛けるべき言葉は、慰めなんかじゃない。
「……頑張ったね、暁斗」
《水》で作った水を口に含ませてあげながら、わたしは背中をなで続けた。
「アキト、動けるか?」
アレクシス殿下の、厳しい声が掛かった。
「ゴブリンの群れが近づいてきている。離れた方がいい」
暁斗は、袖口で口元をぐいぐい拭った。
「……どのくらい、いるの?」
「20匹前後くらいだが……」
「アレク達なら、なんてことない数なんだよね?」
「……お前だって、きちんと動けさえすれば、問題なく倒せるぞ」
言われて、暁斗は笑みを浮かべた。
「だったら、戦っていこうよ。――オレは大丈夫だから」
「いや、しかし……」
「大丈夫。ここで慣れてく」
そう言った暁斗は、譲りそうな気配はない。
皆が心配そうに見つめる中、わたしは何かあった時にすぐフォローできるように、暁斗の後ろに立つ。
そして、ゴブリンが姿を現した。
その後も、これでもか、というくらいにゴブリンが現れた。
魔王の誕生の影響なのか、数がいすぎだ。
けれど、幸いと言っていいのだろうか。泰基も暁斗も、おかげで慣れる事ができたようだ。




