入学式
校舎が、貴族用と平民用の二つに分けられているのには、意味がある。つまりは、平民の生徒を守るためだ。
過去、権力にものを言わせて無理矢理平民を従わせようとした貴族がいた。それ以降、平民の生徒の情報は貴族には伏せられるようになった。ごく一部の例外を除いて、貴族と平民は徹底的に分けられる。
それがあるため、平民クラスの教師を勤めるのも、平民だった。
「ダスティン・アルールだ。よろしく頼む」
教室に入ってきた教師が、砕けた態度で挨拶した。そのおかげか、リィカも含めて緊張していた様子の生徒たちから、少し力が抜けた。
ちなみに、平民は姓を持たない。持つのは貴族だけ。名乗る姓は出身地だ。
リィカの住んでいた村はクレールム村だから、名乗る時は「リィカ・クレールム」になる。ダスティンの名乗った「アルール」とは、この王都の名前だ。つまり、出身は王都ということになる。
王都出身ならば、平民であっても貴族に会うことはあるんだろうか。いくら平民クラスの担当とはいっても、貴族たちが大勢集まる学園で教師をやるのは大変なのではないか。
そんなことをリィカは思うものの、これからの予定を話している教師は、そんな大変そうな様子はまったく見せない。話しやすそうで、頼りになりそうな先生だ。
そんな教師であるならば、と先ほどのことを思う。
(相談したら、何とかしてくれるかな?)
他力本願だが、先行き真っ暗なままの学園生活からもしかしたら抜け出せるかも、とリィカは期待したのだった。
※ ※ ※
貴族と平民が一緒になる数少ない例外の一つが、この入学式のような式典だ。
偉い方々が挨拶するのに、わざわざ二度も……というか、数少ない平民だけのために挨拶してくれるはずも、それを頼めるはずもない。そのため、こういうときには、平民が貴族用の校舎に足を踏み入れることになる。
始まった入学式は、一言で言えば退屈だ。日本とそれと、そんなに変わった感じはしない。
学園長の挨拶のときには眠くなったが、その後出てきた国王の挨拶のときには、さすがに眠気は吹っ飛んだ。
そして、最大の衝撃はこの後だった。
「新入生代表挨拶。――アークバルト・フォン・アルカトル。前へ」
「はい!」
リィカは目を見開いた。国名である「アルカトル」と同じ名字を持つ人。ということは、もしかして王族が同学年にいるのかと驚く。そして壇上に上がったその姿に、愕然とした。
その人は、リィカが貴族用の校舎に入り込んでしまったとき、声をかけてきた人。目の前で逃げてきてしまった、その人だったのだ。
「やっぱり、王太子殿下が主席だったのね」
「当然よ。殿下に敵う方なんて、いないわよ」
一瞬ザワッとして聞こえた会話に、リィカの血の気が引いた。貴族じゃなく王族だったというだけでも衝撃なのに、まさかの王太子。
――それから先のことは、ほとんど頭に入らなかった。
※ ※ ※
入学式も終わり、放課後。リィカはダスティンに話をした。怖くて黙っていることはできなかった。
「なぜ逃げたんだ。お礼の一つでも言えば、良かったんじゃないのか」
ダスティンの呆れた様子に、リィカは首をすくめた。まったくもってその通りだと思う。相手が同じ平民だったら、当たり前に言えただろう。だが、相手は貴族……どころか王族だったのだ。
「その、下手に会話して、無礼者とか怒られたら、どうしようかなって……」
自分のどんな言葉がいいのか悪いのかが分からない。何が相手を刺激するか分からない。そう思うと、何かを話すことさえ怖いのだ。
「………………そうか、分かった」
リィカをジッと見つめたダスティンは、長めの沈黙の後にそう言った。その言葉は、どこか優しい感じがした。
「先方の先生に話はしておこう。だがまあ心配するな。きっと、王太子殿下なら大丈夫だろう」
リィカが思った以上に、ダスティンの言葉は軽い感じだった。何を根拠に大丈夫だというのか分からない。リィカが思うほど、重大な問題ではないのだろうか。
それでもしばらく心配していたリィカだったが、王太子から呼び出されるような事態は何も起こらなかったのだった。




