国王の思い、そして聖剣の在処へ
召喚された勇者二人とアレク達三人が、昼食のため応接間から出ていくのを見送った国王は、残ったもう一人の息子へと声をかけた。
「アーク、よく黙ってたな。正直、何か文句の一つでも言うかと思ったんだが」
「アレクに魔王討伐を命じたことを言っているのでしたら、私が言うのは、以前から予想はしていたというだけです。まぁ文句を聞きたいのでしたら、いくらでも言えますけど」
「別に聞きたいわけではないわい。勘弁してくれ。レイズクルスのせいで、散々だったんだぞ」
長々とため息をついた。本当に、あの謁見の間でのことを思い出すと、頭が痛くなる。レイズクルスが謝罪をした姿を見て「いい気味だ」と思ったが、逆に言うとそれだけだ。
「……それにしても、お前も予想していたか」
「ええ。父上が魔王についての情報を私には隠しませんでしたから。少し調べれば分かります」
魔王がおよそ二百年に一度の頻度で誕生することは、誰もが知っていることだ。しかし、前回いつ誕生したのか語られることはない。魔王誕生を知らずに生を終える者も多いし、余計な混乱を招かないための処置でもある。
だから、それらの事実を知ろうと思うには、自分自身で調べなければならない。
「それに、昨日兵士が学園に来なかったのは、最初からアレク達に対処させるつもりだったからでしょう。いくら街中が大変だといっても、跡取りの王子が二人いる学園に誰も来ないのは、普通に考えておかしいです」
それも気付いていたか、と国王の口の端が上がった。ずいぶん視野が広くなり、判断力も上がっているなと思う。
「そうだ。あいつらを旅に出すことは決めていたからな。その手始めにちょうどいいと思った。――ラインハルトとテオフィルスには、すまないと思っておるが」
騎士団長と神官長へと視線を向ける。二人とも困ったように笑った。
「こうなるだろうと、俺も思ってましたから。バルがやると決めたなら、それでいい」
「私も同じです、陛下。ユーリが自分でやると言ったのですから、それを応援するだけです」
「――感謝する」
すでに二人とも、息子を送り出す決意をしてくれていたらしい。であれば、謝罪はかえって失礼だ。
「陛下、一つ伺ってもよろしいですか?」
「なんだ?」
「陛下は、勇者を召喚するつもりはなかったのですか?」
ヴィート公爵の質問に、国王は頷いた。
「ああ。国王に口頭でのみ伝えられている話があってな」
そう前置きして、話し始めた。
前回召喚された勇者の名前を、シゲキ・カトウという。
深く考えることもなく、魔王が誕生したから勇者を召喚した。そして事情を説明したのだが、開口一番言われたのが「こんなの誘拐じゃないか!」という言葉だった。
勇者が、召喚される前はどんな生活を送っていたのかなど、誰も想像したことがなかったのだ。平和な世界で普通の生活を送っているなど、考えたこともなかった。その挙げ句に、帰す方法すらないという事実。
それでも、勇者は魔王討伐を引き受けてくれた。だが、当時の国王が抱いた悔恨の念はひどかった。だから次の魔王誕生時には、本当に勇者は必要なのか、聖剣は勇者ではないと使えないのかを確認してほしいと伝えられてきたのだ。
「結局はレイズクルスの先走りのせいで、同じことの繰り返しになったがな。勇者様が現れていなければ、聖剣は我々に力を貸してくれたのか。確認して、後世に残したかったのだがな」
「父上……」
アークバルトが気遣うように声をかける。そんな息子に、国王は笑いかけた。
「アークが気にすることではない。勇者様の怒りは儂が受け止めるし、いくらでも礼を尽くす。幸い理性的な方らしいしな。こちらが礼を持って対応したものを、理不尽に返されることはなさそうだ」
配慮すればその分だけ調子に乗って、やりたい放題やるようなレイズクルスとは違う。父親も息子も礼には礼を返してくれる、そんな健全な考え方の持ち主だ。それだけでも十分にありがたい。
「ただ、儂は何においても勇者様最優先で動く。その分抜けも出るだろうから、お前に任せて良いか?」
そう言うと、アークバルトの表情が明るくなった。そういえば「任せる」と言ったのは初めてかもしれない。
「はい、お任せください」
国王をまっすぐ見る目には、強さが見える。その強さは、アークバルトが努力を重ねて培われたものであることを、国王も知っている。
昔のアークバルトは病弱だった。そのせいで、次期国王として不安視される声も多数上がっていた。その筆頭が“戦争急進派”と呼ばれていた派閥だった。彼らによって、アークバルトは毒殺されそうになり、暗殺者に命を狙われたこともある。
だが実際のところは、彼らは戦争を起こそうとしていたわけではない。戦力増強を叫んでいたから、そう思われていただけ。……単に、魔王の誕生が近いことを、彼らも知っていただけだ。
このアルカトル王国は、北にある魔国から一番遠い。故に、魔王を倒すための聖剣を保持し、聖剣を使える勇者を召喚する役目を持っている。
魔王が誕生すれば、魔物が活発になるせいで物流が滞る。そのため物価は上がり、治安は悪くなる。起こる問題は多数だ。やらなければならないことが多くなる。
そんなときの国王が病弱では、国が立ち行かない。だからこそ、戦争急進派はアレクを王太子にしようとしていたのだ。
実際のところ、国王自身も考えたことがある。考えて悩んで、それでもアークバルトを王太子にした。第一王子が王太子になる。それが国としての決まりだ。それを覆そうとすれば、それはそれで国が荒れる原因にもなりかねない。
アークバルトは頑張ってくれた。婚約者であるレーナニアにも支えられて、今では病気になることはほとんどなくなった。
その一方で、どんどん強くなっていくアレクに、国王は覚悟せざるを得なかった。いつかきっと、魔王を倒す旅に出ろと言わなければならない。
――そして今、その時を迎えた。
問題ない。送り出す覚悟は、すでにできている。
※ ※ ※
昼食後、いよいよ聖剣のある場所へと、案内されることになった。待っていたのは、国王と王太子のアークバルトだ。他の三人はそれぞれ仕事があるので、戻っている。
「父上、こっちは行き止まりですよね?」
国王の後に付いていきながら、疑問を持ったアレクが問いかけた。だが、国王は無言のまま、言ったのは兄のアークバルトだ。
「アレクは知ってるのか? 私はこんな場所まで来たのは初めてだ」
「はは……。小さい頃、城の中を探検しまくっていましたから」
おそらく病弱だったアークバルトよりも、アレクの方が城内のことは詳しい。秘密の通路まで含めて知っていることは多いが、それでも聖剣の在処は知らない。
そして、アレクの言うとおりに、そこは行き止まりだった。ただ壁があるだけのように見える場所に、国王が手で触れる。
「この先が代々の国王にだけ伝えられている、聖剣のある聖域だ。どういう仕組みか儂も知らぬが、国王だけにしか開けることはできない」
そう言った途端、音を立てつつ、壁が上へと動いた。一同が驚く中、暁斗が頭を押さえた。
「……っく!」
「暁斗っ?」
「……平気。聖剣の声が突然大きくなって、ビックリした」
笑って、壁が開いた先を見る。そこには下りの階段があった。
暁斗が先頭を切って降りていく。そして、それはそんなに長くはなかった。降りきった先に、一本の剣が台座に刺さっているのが見えた。
「あれが聖剣グラム……」
そうつぶやいたアレクの声には、畏怖のようなものがある。一定の距離で立ち止まった一同とは違い、ためらいなく近寄ったのは暁斗だった。
「来たよ」
剣に向かって、声をかける。
「オレの名前は暁斗だよ。――うん、知ってる。これからよろしくね」
剣の柄に手をかけて、引き抜いたのだった。




