呼び名
その部屋は現代日本人の目から見ると、五人で食事をするには広すぎる部屋だった。そこには豪華なテーブルと椅子があり、周囲にはたくさんの召使いのような人たち。
(こんなところで、見られながら食べるの?)
暁斗の顔が引き攣った。勧められた椅子に座り、目の前に料理が並べられていく。説明をしてくれるが、全く頭に入らない。
ついでに言うと、ナイフやフォークは置かれているものの、箸はない。これが日本なら頼めば持ってきてくれるだろうが、こんな異世界でそれは望めない。
「皆ご苦労。終わったら下がってくれ」
料理を配り終わった時点で、アレクシスがそう口にした。
「しかし、それではご用が……」
「用があれば呼ぶ。だから下がってくれ」
言いかけた召使いの一人にアレクシスが重ねて命じると、全員が一礼して部屋を出て行った。
五人だけになると、暁斗は大きく息を吐いて、椅子にもたれ掛かった。
「良かったー」
「申し訳ない。最初から待機させるべきではありませんでした」
「あ、ううん……えっと……ありがとうございます。ぶっちゃけ、助かりました」
アレクシスの謝罪に、暁斗はたどたどしいが感謝を伝える。それにアレクシスは少し笑い、食事を勧めた。
「どうぞ召し上がって下さい。フォークやナイフは使えますか?」
「……使えないわけじゃないけど」
暁斗がボソボソと答えるのに、泰基が苦笑した。
「あまり使い慣れていないので、下手な使い方をしても気にしないでもらえると助かります」
「俺も堅苦しいのは苦手ですし、そんなことは気にしなくていいですよ。では、食べましょうか」
その言葉で、皆が食事に手を伸ばした。
「――あ、美味しい」
思っていたよりは口に合うと思いながら、暁斗は食べる。気にするなと言ってくれたので、遠慮なくほとんどフォークだけで食べさせてもらった。
「ところで、お二方は平民の出身ですか?」
ある程度食事が進んだところで、アレクシスがそう口にした。暁斗は口に食べ物が入っているので、モゴモゴしながら頷いている。答えたのは泰基だ。
「ええ、そうです。あちらには貴族という身分はありませんから。皇族はいますが、後はみんな一般人……平民ですね」
「そうなんです!」
口の中の食べ物を飲み込んだ暁斗が、何かを宣言するかのように大きな声を出した。
「だから、様をつけられたり敬語を使われたりとか慣れてないから、呼び捨てでいいし普通にしゃべってほしいです! ついでに、オレも敬語なんかいらないって言ってくれると、助かるんですけど!」
「……暁斗」
泰基が額を抑えながら、やや低い声を出した。
「様付けはいらないというのはともかく、お前は敬語くらい使え。大体、今までだって敬語らしい敬語を使ってないだろう」
「そんなことない! がんばって使ってるし!」
「……どこがだ」
多少丁寧に話しているときもあったが、それだけだ。あれで「がんばって使ってる」と言われても、とてもじゃないが頷けない。アレクシスが平民なのかと思ったのも、暁斗の言葉遣いからの予想だろう。
「ブッ……!」
アレクシスが吹き出して、バルムートやユーリッヒが面白そうにしているのが分かっても、泰基は文句も言えない。彼らもきっと、泰基と同じことを思っているだろう。
「敬語はなくていいから、アレクと呼んでくれ。アキト、それにタイキさんも」
「え?」
笑った顔のままのアレクシスの言葉に、暁斗がキョトンとして泰基も驚く。
「もう少し親しくなったら、こっちから頼もうと思っていたから、ちょうど良かった」
「おれのことはバルでいいぞ」
「僕はユーリと呼んで下さい。ああ、この話し方は癖みたいなものなので、気にしないでくださいね」
言葉だけではなく、態度もどことなく崩れている。その様子に、暁斗が怖々と問いかけた。
「……でも、三人とも偉い人じゃないの?」
「最初に言い出したのはアキトじゃないか。何を今さら」
「……そ、そうだけど」
アレクシスの言葉に、暁斗がモゴモゴする。その横からバルムートが口を出した。
「本当に気にすんなって。おれたち三人は、ずっとこんな感じだしな」
「ええ。ですので、アキトたちもそうしてくれると、僕たちもやりやすいんですよ」
ユーリッヒも笑顔で頷く。それで暁斗も納得したのか、その顔がパッと明るくなった。
「うん! じゃあよろしく! アレク、バル、ユーリ!」
笑顔でそう言ったのだった。




