話の続きを
国王は別室でもう少し話をしたいと言って、それを泰基は受け入れる。レイズクルスやら何やらを気にしながらの話は疲れるから、その方がありがたい。座らせてほしいとだけ要望を伝えると、「無論」と返答が返ってきたので、何とかなるだろう。
そして、少し準備があるからと国王は出て行き、別の男が泰基の前に立っていた。
「アレクシス・フォン・アルカトルと申します。先ほどは失礼なことを申し上げてしまい、申し訳ありませんでした」
そう言って頭を下げたのは、最初に「誘拐犯」の単語に反応した男だ。改めてマジマジと見て、その髪が黒いことに驚く。国王やユーリッヒを始め、それ以外も髪の色は金髪系統が多かったから、逆に新鮮だ。
「アルカトル、というと……」
「はい。私はこの国の第二王子となります」
国王も「アルカトル」と名乗っていたのでもしかしてと思ったが、やはりそうだった。
国王はこの男に別室へ案内するように言っていたが、果たして信頼できるのかと考えていると、口を開いたのは「心配なので」と泰基の側にいるユーリッヒだった。
「アレクもそんな言葉遣いができるんですね。自分のことを私とか言うの、初めて聞きましたよ」
からかうような口調に、泰基が驚く。
「待てユーリ! いきなり変なことを言うな! せっかく俺が頑張って、丁寧に話そうとしているのに、全部無駄になるじゃないか!」
「安心して下さい。今ので全部無駄になりましたから」
「何を安心しろっていうんだ! 俺の印象最悪だろうから、丁寧な対応をしようとしたんだぞ!」
「アレクがそんな対応を続けるのは無理ですよ。さっさと本性を表した方がいいですって」
目の前のやり取りを、泰基は意外な気持ちで見る。アレクシスと名乗る王子と、身分をはっきりとは聞いていないが、おそらく貴族だろうユーリッヒ。それが、まるでどこにでもいるような子ども同士のやり取りをするとは思わなかった。
「ほらアレク、さっさと応接間に案内して下さい。タイキ様にはできるだけ早く休んで頂きたいですから」
「……ああ」
アレクシスは不満そうに頷くが、泰基たちへ顔を向けたときは、一応その表情は隠されていた。
「タイキ様、アキト様、別室にご案内させて頂きますが、タイキ様は歩けますか? 無理そうでしたら、抱えさせて頂きますが……」
「いや、そのくらいは大丈夫だ」
先ほどのやり取りを聞いた後だと、不自然に感じる。なるほど確かに丁寧な対応に慣れてなさそうだ。だが、少なくとも悪い奴ではないようだと、泰基は思ったのだった。
※ ※ ※
「父さん、ごめん。一生懸命交渉してくれてたのに」
アレクシスの後を歩きながら、暁斗が泰基に話しかけた。泰基が苦笑する。
「気にするな、とは言えないか。危険な目に合うことを考えると、正直今でも反対したいからな」
「うん、でも父さんが治るんなら協力したいんだ」
「分かってるよ」
もう治らないと言われていたガンを「治る」と言われたのだ。そのとき暁斗は、きっと泰基以上に喜んだだろう。それを成してくれる相手に「何かしたい」と思っても、どこもおかしくない。
ちなみに、今一緒にいるのは前を歩くアレクシス。そしてユーリッヒと、もう一人。そのもう一人は、応接間で紹介すると言われた。
後ろについて歩くこと、少し。その先に、一人の人物がいることに気付いた。同時に声をあげたのはアレクシスだった。
「兄上、どうされたんですか?」
「ここで待ってたんだよ。謁見の間はゴタゴタしていたから、勇者様に挨拶するならこっちの方がいいと判断したんだ」
第二王子の兄、つまりは第一王子だ。金髪に碧い目の、どこかに出てきそうな王子様だと泰基は思う。王太子、つまりは次の国王なのだろうか。
「勇者様、中へどうぞ。お体が楽になるかと思い、クッションもご用意させて頂きました」
その王子に丁寧に言われて、進められるまま泰基と暁斗は中に入る。
なるほど応接間かと思うが、泰基の知っている「応接間」とはまるで違う。広いし豪華だ。そして、席の一画にクッションが大量に置かれていた。それが、日本でいうところの「上座」にあたる場所で、単なる偶然なのか常識が同じなのか、判断しかねるところだ。
「改めまして、私はアークバルト・フォン・アルカトルと申します。この国の第一王子であり、次期王位継承者でもあります。どうぞお見知りおき下さいませ」
泰基と暁斗が席に座ってから、アークバルトが挨拶する。概ね、泰基の予想は当たっていたようだ。
「よろしくお願いします」
泰基が頭を下げると、暁斗もそれに習う。
そして今度は、「応接間で紹介する」と言われた残った一人が、泰基たちの前に立った。
「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。私はバルムート・フォン・ミラー。この国の騎士団長、ラインハルトの息子です。よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
同じように返して挨拶が済むと、バルムートは後ろに下がり、アークバルトが前に座る。その横にアレクシスが腰掛けて、その後ろにバルムートとユーリッヒの二人が立った。
「間もなく国王が参りますが、それまでは私がお相手させて頂きます」
口を開いたのはアークバルトだ。だが、それに対して泰基がどう返していいのか考えていると、アレクシスが言った。
「兄上、それはいいんですが、顔色悪くないですか?」
「……アレク、今はそんなのはどうでもいい」
「良くないですよ」
アークバルトが泰基や暁斗を意識させるようにチラリと視線を向けるが、アレクシスが気付いた様子はない。泰基も別に口を出す気はなく、そのままゆったりと座る。それが分かったのか、アークバルトは目礼してアレクシスへと言葉を返した。
「昨夜、初めて徹夜をしたからな。そのせいじゃないのか?」
「徹夜っ!?」
「ああ。魔王の誕生と魔物の大量発生で、色々問題が多かったんだ。魔物を倒して終わりというわけにはいかない。父上を手伝って仕事をしていたんだよ」
「だからって徹夜なんかして、体調を崩したらどうするんですか!? 俺に言ってもらえれば手伝いましたよ!」
「今の私は、そんなに病弱じゃないさ。それに、アレクは魔物を倒して疲れていただろうし……まぁ書類仕事にアレクがどれだけ役に立つか分からないしな」
「い、いやそれは……」
アレクシスが挙動不審になった。泰基がふと見ると、立っているバルムートとユーリッヒの二人が吹き出しそうになっている。
(頭脳派の兄と、武闘派の弟というところか?)
それがこの兄弟の関係か。兄の方が体が弱くて、弟が少し過保護になっているというところか。
こういう素のやり取りを見せてもらえると、その人の性格や考え方、それぞれの関係性などが分かる。信頼していいか否かも判断しやすい。少なくとも、このやり取りで思うのは「微笑ましいな」という好感に近い感情だった。
そのとき、ドアがコンコンとノックされた。国王と、その後ろに三人の人物がいた。国王は入ってくるなり、アークバルトをギロッと睨んだ。
「なぜお前がここにいる? 休めと言ったはずだ」
「一段落したら休ませてもらいます」
「……全く」
平然と返したアークバルトに、国王は諦めたのかその一言で話を終わらせた。アークバルトが席を空けて、その席に国王が座った。
「タイキ殿、アキト殿、お待たせした。まずはこの三人を紹介させて頂く。まずは、儂の側近であるヴィート公爵。そしてこの国の騎士団長……つまり軍のトップで、バルムートの父親であるミラー侯爵。そして、シュタイン伯爵はユーリッヒの父親で、神官長の地位にある」
国王の紹介に合わせて、三人がそれぞれ一礼する。簡単だが紹介が終わり、改めて国王は確認に入る。
「ところで、本当に魔王討伐にはご協力頂けるのだろうか」
「はい。父さんの治療をしてもらえるなら」
迷わず返事をしたのは暁斗だった。
「治療は間違いなく約束する。神官長、あとで見てもらえるか?」
「はい、かしこまりました」
国王が請け負い、神官長が頷く。それを見て、泰基が口を開いた。
「その治療ですが、どのくらいかかりますか? 息子がやると言ったのだから、止めるつもりはありません。ですが、できればその討伐に俺も同行したい」
「父さんっ!?」
暁斗は慌てるが、泰基としては可能な限り譲りたくない条件だ。暁斗にだけ危険なことをさせるつもりはない。
国王が少し考える様子を見せたが、すぐ口を開いた。
「ところで、お二方は剣や魔法を扱えるのだろうか」
「剣は、一応やっていたとは言えますが……」
泰基は少し考えつつ返答する。
「なんというか、様々なルールで守られた試合の中で使うものなので、実戦向きではない気がします。魔法は無理ですね。俺たちの世界では空想上のものでしかないので、当然使ったことなどありません」
「ふむ。であれば、まずはアキト殿にはそれらの訓練を受けて頂き、その間にタイキ殿は治療を受けてもらうことになるか。神官長、治療の時間がどのくらいになるかは分かるか?」
「黒石病は、治療に時間がかかる病気です。それが全身にとなると……実際に診察してみなければ分かりませんが、短くて一週間、場合によっては一ヶ月かそれ以上かかる可能性もございます」
(そんなもんで治るのか……)
これまで年単位で病院へ通って治療を受けてきた泰基からしたら、たとえ一ヶ月だとしても、十分短い治療時間だ。魔法というのは破格な性能らしい。ただ、旅に出るまでの期間として考えると、長いかもしれない。
「あまりにも時間がかかるようなら諦めます。俺の要望として覚えておいてほしい」
「承知した」
国王が頷いたのを確認して、泰基はもう一つ重要な問題を持ち出した。
「それと、討伐の旅に他に誰が一緒に来るんでしょうか。暁斗一人に旅をさせるつもりではないですよね?」
もしそうなら、今からでも討伐は断ってやると思っていると、座っていたアレクシスがなぜか立ち上がった。
「それは……」
「アレク、儂から言うから黙っておれ。タイキ殿、それも話しておきたかった。このアレクシス、そしてバルムートとユーリッヒ。現時点で決まっている旅の同行者はこの三名だ」
なるほど、それで立ったのかと理解する。
「実力は安心してほしい。アレクシスとバルムートは、我が国のトップレベルの剣の使い手。ユーリッヒは、神官として魔法の腕は確かだ」
そう言うのだからそうなのだろうと納得する。魔王討伐という一大事に、変なメンバーを入れたりはしないだろう。
「できれば、バランスを考えて魔法使いを一人入れたいところだが、そこはまだ決まっておらぬ」
「ねぇあのさ、その三人って旅に出ることを納得してるの?」
これまで黙っていた暁斗が、突然口を出した。視線がアレクシスたちに向いている。国王は黙り、目でアレクシスたちを促す。一方、聞かれたアレクシスたちは少し驚いているようだった。
「……そうですね、納得と言われると難しいですが」
少し考えて、最初にアレクシスが口を開いた。
「必要であると理解していますし、命令を拒否したいとも思いません。……ああ、そうか。納得とは少し違いますね。俺自身が行きたいと思っています」
考えながらの言葉に、国王がホッとした顔をしつつも、その目が寂しそうになっている。泰基はそれを見て、やはりこの国王も親なのだと、どこか安堵した。
続いて口を開いたのは、バルムートだった。
「おれは、昨日のうちからそう言われることを予想していました。すでに納得済みです」
「僕もですね。おそらく命じられるだろうと思っていましたので、今さらです」
ユーリッヒも答えを続けて口にして、それに驚いたのがアレクシスだった。
「予想してたのか!?」
「お前は全く考えてなかったんだな」
「少し考えれば分かりそうなものですけど」
アレクシスにからかうように言葉を返した後に、ユーリッヒが丁寧に頭を下げた。
「アキト様、ご希望の返事だったかどうかは分かりませんが、これが我々が正直に思っていることです。旅への同行をお許しいただけるでしょうか」
「い、いやその、むしろそれはオレが頼みたいところだし……えっと……」
求められたまさかの「許可」に、暁斗がタジタジになった。助けを求めるように泰基を見たが、見られた方はため息が出た。
「お前が言い出したのに、俺に助けを求めるんじゃない」
「だってぇ……」
「まったく。頭を下げて『よろしくお願いします』だ」
「……よろしくお願いします」
言われたとおりにする暁斗だが、泰基はこれからのことが心配になるのだった。




