謝罪
「な……?」
さすがの展開に、泰基は言葉が出ない。
「タイキ殿、アキト殿、この度は誠に申し訳ない。誘拐犯と言われても、何も反論できぬ。どれだけ謝罪したところで許されるはずもないことは承知しておる。……ですが、まずはなぜこのような事態になったのか、説明をさせて頂きたい」
跪いたままの国王の言葉に、泰基の言うことは一つだけだ。
「悪いが、あなたたちの事情に興味はない。俺たちからの要求はたった一つだ。――元の世界へ、俺たちがいたところに帰せ」
「――申し訳ない。勇者様をお帰しする方法は、ございませぬ」
場がざわついている中、国王は泰基から視線を逸らさずに告げる。暁斗が息を呑んだ。
「何か方法はないのか探しておったが……、結局見つけることはできなかった」
予想した中で最悪の返答。いや、魔王を倒せれば帰れるとか、真偽の判別ができないことを言われなかっただけ、まだ良かったか。
冷静にそう考えた泰基の耳に、ガタンと激しい音が聞こえた。
「ふざけんな! 勝手に呼んどいて帰れないとかないだろ! 今すぐ帰せ!」
暁斗が椅子から立ち上がって叫んでいた。黙ってろと言ったのにそれを破られたが、暁斗の発言は泰基を心配しているからこそだ。怒るのは無理だった。
「暁斗、落ち着け」
「いやだ! だって父さんが……!」
「分かってるから、今は落ち着きなさい」
泰基が重ねて言うと、暁斗は悔しそうな顔をしつつも渋々椅子に座り直した。泰基は国王に向き直る。
「帰れないことは理解した。探していたというのも一応信じておく。となると、俺たちは今後どうなるんだ?」
「それは無論、この城で保護致す。そして引き続き、帰還の方法を探していく」
「国王陛下、何を仰っておいでですか。そんな場合ではないでしょう」
泰基が何かを言う前に、レイズクルスが言葉を挟んできた。
「せっかくこの私が勇者を召喚したのです。どうするも何も、魔王を倒すのが勇者の役目でしょう」
「何度も言わせるな、レイズクルス。――黙れ」
「……しかしですね!」
「くどい」
国王とのやり取りに、泰基はため息をついた。やはり指示がないまま召喚したのはレイズクルスだ。そしてそれを自らの功績だと考えていて、それを知りつつ謝罪してくれているのが国王だ。
(やれやれ、この国王も大変だな)
この状況に、国王へ同情したくなった。ついでに言うと、レイズクルスには嫌悪しかない。
ここまでの話で、今すぐ日本に帰れないのは確定だ。であれば、勇者だの魔王だのといったこの世界の状況を全く把握していないのも良くない。何も知らないまま、巻き込まれてはたまらない。
「勝手に召喚とやらをされた挙げ句に、変なことを押しつけられるのも迷惑ですが、すぐ帰れないのなら、事情だけでも聞かせて下さい」
少なくとも国王に対して、いつまでも敵対するような態度は必要ないと判断して、泰基は言葉遣いを変える。それに気付いたか、国王は頭を深く下げてから説明を始めたのだった。
そして、聞き終えた感想は。
「何というか、ゲームの前振りだな」
「そうだね。RPGのオープニングで、そんな話が流れそう……」
大真面目な国王には申し訳ないと思うが、この程度にしか思えない。
「げーむ……? あーるぴーじー……とは?」
国王は不思議そうな顔をしているが、説明できるものでもないのでスルーする。
「その聖剣グラムというのを使うのに、なぜわざわざ異世界から勇者を召喚する必要があるんですか? この世界の問題なんだから、この世界の人が使えばいいでしょう」
「……言い訳になってしまうが、そうしようと思っておったのです。我が国の剣の使い手に試させようとしていたところで、勇者様を召喚したと報告があり……」
「ああ、なるほど。それがあの怒鳴り声に繋がるんですね。試すまでは勇者召喚は待ちたかったということですか」
「……申し訳ございませぬ」
何度目かの国王の謝罪に、泰基は息を吐いた。この人からはもういい。だから、あと一人だ。
「謝ってもらうのは、もう一人いますよね? あんたの指示を待たずに、召喚なんてことをやらかした本人からの謝罪もほしいんですが」
泰基が言うと、国王は無言のまま口の端が上がった。代わりに、横から声が割り込んできた。
「貴様、謝罪を要求するなど、無礼だぞ!!」
「レイズクルス、此度の勇者様の召喚、指示したのは貴様だな? 今この場で謝罪しろ」
「なぜ、この私が謝罪など!」
「そなたが儂の指示なく勝手に行動した結果、勇者様の怒りを買ったからだ」
国王は厳しい表情を作りつつも、その口元は笑っていた。泰基としては当たってほしくないと思っていた予想だが、やはり仲は悪いらしい。
ギリィとすごい音がした。レイズクルスの歯ぎしりの音だ。怒りか悔しさか、その表情が怖いことになっている。
「勇者様、この度は誠に申し訳ありませんでした」
一歩前に出て、一応頭を下げた。しかし「不本意だ」と言っているのが丸分かりで、本当に言葉だけで誠意が全くこもっていない謝罪だ。まるでふて腐れた子どもだ。
(まあいいか)
きっとこれ以上何か言ったところで、レイズクルスの態度が改善されることはないだろう。そろそろ泰基自身も怒ることに疲れてきた。
「とりあえず、事情は分かりました。ですが、その魔王とやらと戦う義務も義理もありません。そちらの世界のことなんですから、自分たちでどうにかして下さい」
泰基の言葉に、国王は表情を変えない。さらに付け加える。
「俺は病気を抱えています。早くあちらへ帰って治療を受けないと、いつまで生きていられるか分かりません。この城で大人しくしていますので、早く帰る方法を見つけて下さい」
国王は、泰基の“病気”の一言に、わずかに目を見開いた。隣にいる暁斗をチラリと見て、しっかり頷く。
「承知した。総力を挙げて、帰還の手段をお探しすることをお約束する」
そう国王が口にした途端に、周囲から声が上がった。
「陛下! 何を仰るのですか!」
「そうです! 魔王はどうするのですか!」
「――黙れ!」
国王が一喝すると、静かになる。
「勇者には頼らぬ。最初から儂はそう決めていた」
国王の声が、静かに響いたのだった。
「――国王陛下、よろしいでしょうか」
静まりかえった謁見の間、そんな中で声が上がった。
「何だ、ユーリッヒ。お前も何かあるのか」
「もしよろしければ、そのご病気を診せて頂けないかと思いました。多少なりとも治療が可能かどうかを診たいのです」
どこかウンザリした様子の国王だったが、続けられた言葉に目を見張り、泰基へと視線を移す。
「ふむ。……タイキ殿、いかがだろうか。あの者の魔法の腕は儂が保証する。どういったご病気なのか、まずは見るだけでも」
そう言われて、泰基も暁斗も気付いた。
この世界には魔法が存在するのだ。日本の医学では無理であっても、魔法であれば治る可能性があるのだろうか。
「見て下さい、お願いします」
泰基より早く言ったのは、暁斗だった。
その声に応じるように、ユーリッヒと呼ばれた男が横の列から出てくる。泰基へも伺うように視線を送ってくるので、泰基は黙って一回頷くと、頭を下げて一礼した。
「かしこまりました。私は、神官長テオフィルス・フォン・シュタインが一子、ユーリッヒと申します。今からタイキ様へかける魔法は 《診断》といいまして、体の中のどこが悪いのかを診るための魔法となります」
「あ、ああ……」
年齢は暁斗と同じくらいだろうか。純粋に泰基を心配している雰囲気で、国王と同じく誠意が感じられる。少なくとも、あのレイズクルスとは比べものにならない。
「では。『光よ。彼の者の内を調べる光となり、その情報を示せ』――《診断》」
「うわぁ……!」
泰基の体が光に包まれると。暁斗は初めて見る魔法に感嘆の声をあげた。泰基自身はそんな余裕もなく、息を止めて終わるのを待つ。
やがて光が消えると、ユーリッヒが「ふう」と息を吐いた。
「黒石病ですね。しかも全身に見られます。こんな状態では、ただ起きているだけでもお辛いのではありませんか?」
「こくせきびょう……?」
「はい。《診断》で見たときに、体の中に黒い石があるように見えるので、そのように呼ばれています」
なるほどと泰基は納得した。ところ変われば病名も変わるらしい。
「そんなことより、治療はできるんですか?」
何かにすがるように、そう問いかけたのは暁斗だった。
「はい。状態が悪いので、正確なところは父に見てもらってからになりますが、治療自体は可能です。今より改善はしますが、完治となりますと、可能性としては半分程度ではないかと思われます」
「「半分……」」
泰基と暁斗の声がハモる。
泰基の体は限界だ。病院での治療も、余命を幾ばくか引き延ばすためのものに他ならない。すでに「治す」ことは不可能なのだ。だというのに改善は確実で、完治の可能性もあると言われれば、そこにすがりつきたくなる。
呆然とした泰基は、目の端で暁斗が拳を握り、何かを決めたような顔をしたのが見えて、ハッとする。
「――暁斗!」
「えっと、国王様とユーリッヒさん。父さんを治してくれるなら、オレ魔王の討伐を引き受けます」
呼んだ名前は間に合わず、暁斗は予想した通りのことを宣言した。そして泰基を見て笑う。
「オレもう決めたから」
「……お前なぁ」
こうなったら、暁斗は梃子でも動かない。それが分かるだけに、泰基は言えることがなくなる。だが、その宣言に動揺する者もいた。
「お待ち下さい、アキト様。私はそういうつもりで治療を申し出たわけではありません」
慌ててそう言ったのは、ユーリッヒだった。
「それに、絶対に完治させると約束もできません。申し訳ありませんが、無責任なことは言えないのです」
困った様子のユーリッヒを見て、泰基は薄く笑った。やはり誠実なのだろう。「魔王を討伐する」と言っているのだから、喜んで受け入れればいいのに、そうしない。
ちなみに、レイズクルスという男が「最初からそう言えば良いのだ」と言っているのが聞こえたが、それは無視だ。
「そりゃあ、完治できればしてほしいけど、でも良くなるのは確実なんだよね?」
「……はい、それはお約束しますが」
「だったら、いい。オレにとって嬉しい何かをしてもらえるんだったら、それを返したい。それだけだから」
暁斗は何の迷いもなく言い切る。国王が困ったように泰基を見たが、見られたところでもう諦めている。
「本音ではやらせたくありませんが、言いだしたら聞かないので」
一つため息をつく。泰基の言葉に、暁斗が不満そうにした。
「暁斗が必要であれば、力をお貸しします。本当にいらなければそう仰って下さい。邪魔をさせるつもりはありません」
「――あ、国王様。これだけ言っとくと、その聖剣っていうの、この世界の人たちじゃ使えないよ。オレがこの世界に来てからずっと、その聖剣ぽいのが話しかけてきてるから、多分オレしか使えないと思う」
暁斗がここぞとばかりに主張した。その内容に泰基は驚く。
「暁斗、初耳だぞ……」
「うん、初めて言った。話しかけられても、帰れるなら帰りたかったし」
「……そうか」
そんな声が聞こえていたなど、怖かったのではないだろうか。それを、聞こえない振りを貫いていたのだ。おそらくは泰基のために。
(参ったな、本当に)
子どもに守られるというのは、親として情けないと思う一方で、頼もしいとも思うのだ。




