謁見の間
それから間もなく、先ほどの男が呼びに来た。そのまま先導されて歩くと、大きな扉が見えた。
(――ここか)
泰基は息を呑む。本当に異世界っぽい。ここが国王のいる場所。もしかして、謁見の間とか呼ばれる場所なのか。
暁斗に口を出すなと言ったものの、泰基も自信があるわけではない。暁斗よりはマシだろうと思うが、国一つを治めるような相手に対して、果たしてどこまで交渉できるのか。
この扉の先にいるであろう国王を睨むように顔を上げたとき、まさにその先から怒鳴り声が聞こえた。
「誰が勇者を召喚しろと言った!?」
(何だって?)
この声の主は誰なのか。もしかして勇者は必要ないのか。色々疑問が渦巻いて、先導してきた男を見ると、男の顔も疑問に染まっていた。
「だからといって、儂からの指示も許可もなく、やっていい理由がどこにある!」
再び声が聞こえた。その内容に、男の顔色が悪くなったように見える。だが、泰基は勘弁してほしかった。
十中八九、声の主は国王だろうと推測される。「国王」というからには国のトップだろうから、つまり上司の指示もなく部下が暴走したのか。あるいは名ばかりの国王で実権は部下が握っていて、その部下がやったことに国王がケチをつけているのか。
(どちらにしても、文句は言わせてもらうけどな)
泰基はそう思いつつ、顔を上げる。その視線の先で、大きな扉が開いた。
※ ※ ※
そこはまさしくイメージ通りの謁見の間だった。扉からまっすぐに赤い絨毯がひかれ、奥まで続いている。奥は一段高くなっており、そこにある椅子に男性が一人座っている。おそらくこれが国王だろう。
国王の後ろに一人立っていて、それ以外の人は両脇にずらりと並んでいる。皆が皆、ファンタジーっぽい衣装だ。
「勇者様、ご叩頭をお願いいたします」
先導してきた男が、横にずれてそんなことを言ってくる。けれど、泰基も暁斗も動かない。
「ゆ、勇者様、頭をお下げ下さい……!」
焦ったように言葉を重ねてきたが、泰基に動く気はなかった。代わりに、この場で唯一座っている男、すなわち国王を遠慮なく見据えた。
「断る。なぜ誘拐犯に対して、そんなことをしなければいけないんだ」
そう言ってやる。言ってしまってから、最初からこんな喧嘩を売るような真似をして問題ないかが不安になったが、今さらだ。大体、友好的に話などできる気分ではない。勇者だとか魔王だとか言っていた以上、いきなり殺されるような状況にはならないはず。
反応があったのは国王ではなく、その後ろに立つ男だった。
「……誘拐?」
何のことだと、思いがけない言葉を言われたという感じだろうか。見ると、暁斗とそう年齢が変わらないくらいだろうか。
立っているとはいえ、他の面子と違って高い位置にいる以上は、高い身分なのかもしれないが、今重要なのは国王らしい人物一人。そう思い、視線を国王へと戻すが、それが何か刺激を与えたらしい。
「――どういうことだ。答えろ」
男が低い声を出したが、泰基は答えない。代わりに椅子に座っている人物が口を開いた。
「アレクシス、やめなさい」
「――しかし!」
「お前は勇者様がどこから召喚されるのか、召喚される前は何をしていたか、考えたことはあるか?」
「は?」
アレクシスと呼ばれた男が押し黙った。だが泰基は感心した。国王は、なぜ自分が「誘拐犯」と言ったのか、その理由を分かっているのだ。
だったら召喚なんかするなと言いたかったが、「誰が勇者を召喚しろと言った!?」という怒鳴り声を思い出せば理解できる。自分たちが召喚されたのは、少なくともこの国王の意思ではないのだ。
(さて、どう出る?)
自らの指示ではないとはいえ、召喚されてしまった勇者をどうするつもりなのか。言い訳したり、部下を庇ったりするのか、それとも。
そう思って国王を見ると、その国王が椅子から立ち上がって、泰基と暁斗へ向かって歩いて来た。何をするつもりなのかと警戒していると、二人の前で立ち止まる。口を開けたが、それは泰基たちへ向けたものではなかった。
「近衛兵。勇者様方に座って頂くから、椅子を二つ持ってこい」
唐突にも思える指示だったが、すぐに二人が部屋から出ていくのが見えた。それを何となく目で追っていると、横手から声がした。
「国王陛下、椅子とはどういうことですかな? 叩頭すらせず、誘拐犯呼ばわりまでする無礼。いくら勇者様といえど……」
「レイズクルス、黙れ」
国王が睨み付ける。だが、レイズクルスと呼ばれた男は、まるで嘲るように言った。
「いいえ陛下、椅子など必要ありません。もう少しお立場をわきまえたほうがよろしいかと」
「儂は黙れと言ったぞ」
国王の口調が強くなり、さすがに男も怯んだのが泰基にも分かった。
(相手が国王だというのに、ちっとも敬っている様子がないな)
レイズクルスという男を見ると、そう思う。どこでも一枚岩な組織などないということなのだろうか。
こんな多くの人が集まっている場所で、国王を嘲る真似ができるのだから、結構な権力者だろう。今も一応引き下がったものの、不満そうな表情を隠そうともしていない。もしかして、召喚という暴走をやらかしたのは、このレイズクルスという男か。
「勇者様、儂の部下が申し訳ない」
国王が口を開き、泰基も視線を戻した。
「儂は、アベナベルド・フォン・アルカトルと申す。このアルカトル王国の国王の座にある。勇者様方のお名前をお聞かせ頂けるだろうか」
丁寧な口調と態度。そう出られると、泰基としても突っぱねるのは難しい。
「俺は鈴木泰基。鈴木が姓、いや家名と言った方が分かりやすいか? 泰基が名前だ。そして、こちらが息子の暁斗」
「アキト……?」
国王が驚いたような反応を見せるので、泰基は眉をひそめた。
「息子が何か?」
「ああいや、たいしたことではないのだが」
国王は苦笑する。
「我が国の風習なのですが、王族の名前の最初は必ず『ア』がつくのです。つい反応してしまい、申し訳ない」
「……そうですか」
確かにたいした話ではなかった。何となく毒気を抜かれてしまい、どう話を持っていこうか悩む。そのとき、先ほど出て行った二人が椅子を持って入ってくるのが見えた。
「国王陛下、椅子をお持ちいたしました」
「ここへ持ってこい。――勇者様、どうぞお座り下さい」
立っているすぐ後ろに椅子が置かれた。国王に言われて、遠慮なく座らせてもらう。体がキツイので、正直助かる。暁斗も習うように座ったところで……場がざわめいた。
「「……っ!?」」
泰基も暁斗も息を呑む。
国王が片膝をついて、頭を下げていたからだ。




