召喚
それは、父親である泰基の病院受診から帰ってきたときだった。
突然足元が光り、ファンタジーの話に出てくる魔法陣のようなものが、浮かび上がったのだ。
「え?」
「――暁斗!?」
一音、言うだけしかできない代わりに、名前を呼んで手を掴んだのは泰基だった。そして、視界が白く染まった。
「勇者様の召喚に成功いたしました!」
「――ん? お二人いらっしゃる?」
視界が戻らない中、そんな声が聞こえる。
「国王陛下に連絡する。貴様らは勇者様をお連れして、謁見の間に参れ」
「はっ! かしこまりました」
徐々に視界が戻り、周囲が見えてくる。石畳の部屋、足元にあるのは先ほど見た魔法陣のようなもの。
そして、ゲームに出てくる魔法使いが着ているようなローブを纏った人が、五人か六人か。そのうち何人かが部屋を出て行く。
「これ、なに……?」
暁斗はつぶやいた。家にいたはずなのに、ここは家じゃない。一体何が何なのか、まるで分からない。すると、そのつぶやきに反応したローブの人物が、暁斗と泰基を見て頭を下げた。
「我が国へお越し下さり、ありがとうございます。――勇者様」
「「は?」」
仰天の言葉に、泰基と暁斗の声が揃った。
※ ※ ※
泰基は、末期のガンを患っている。すでに全身へとガンは転移し、抗がん剤治療を行っていて、今日もそのための受診だった。
すでに余命は幾ばくもない。泰基は暁斗へ「高校を卒業するまでは元気でいるさ」と言っているが、本当にそこまでもつのか、それすら怪しい。
病院から帰ってきた泰基は、ソファへ横になっていた。受診には時間がかかるから、すでに疲労でぐったりだ。
せめて運転免許でもとりたいと思うのだが、暁斗は今十六歳。免許はとれない。そして、とれる頃に泰基が生きているかどうか分からないのだ。
(父さんがいなくなったら、オレはどうしたらいいんだろう……)
横になっている父親を見ながら、何度したか分からない暁斗の自問。そんなとき足元が光り、見知らぬ場所に来ていたのだった。
「ゆうしゃ、って……?」
暁斗はそうつぶやいた。単語は知っている。だがそんな単語はゲームなどで使われるものであって、現実で聞く単語ではないはずだ。だが、目の前の男は、そんな困惑を分かっていないのか、笑顔のまま話を続けた。
「昨日魔王が誕生したため、勇者様を召喚させて頂きました。詳細につきましては、この後に国王陛下に会って頂くので、そこで聞いて頂ければと存じます」
「まおう……?」
やはり暁斗は呆然としたまま、ただ単語を繰り返す。やはり意味が分からない。
「国王陛下の元へご案内いたします。どうぞこちらへ」
「はぁ……」
全く理解できないまま、男が動いた。暁斗は泰基と顔を見合わせて、お互いの顔に困惑があるのを確認する。そして、他に方法もないので、男の後を追いかけたのだった。
石畳の部屋から出て廊下のようなところを歩いていると、いくつか外を見られる場所があった。どう見ても日本には見えない。魔法陣ぽいものやら勇者やら魔王やらの単語。そして、ここに来てから脳裏に聞こえる声。それらを考えると、ある一つの想像に行き着く。
(まさか……ホントに?)
暁斗がそう思ったところで、前を歩く男がある場所の扉を開けた。
「国王陛下がお越しになるまで、しばしこちらの部屋でお待ち下さいませ」
(……待つんだ)
暁斗は心の中でツッコむ。こういう場合、すでに国王が待機しているのではないだろうか。いや、テンプレならばあの場に国王やら王女やらがいて、詳細な説明がされているのではないだろうか。
だが、まだ呆然とした顔をしている泰基を見ると、ここで二人になれて話ができるタイミングがあったのは良かったかもしれない。
「ねぇ父さん、どう思う?」
「……ん、ああ、そうだな。どう思う?」
呼びかけると、同じ質問が返ってきた。どうやらまだ呆然としているらしい。
「……あ、そうだ」
一つ、この状況が予想通りなら試してみたいことがある。
「ステータス・オープン。――あ、ダメだ。何も出ない」
「意外と冷静だな……」
異世界転移物の話でよく見かける言葉を唱えてみるが、ステータスのようなものは何も出ない。泰基が呆れているのは分かったが、要するにこの状況は異世界へ召喚されたと考えた方が、色々と説明がつくのだ。
「他の言葉かなぁ。それとも何かの仕草とかかなぁ。父さん、どう思う?」
「分かるわけないだろう。大体、小説だの何だのの設定を、勝手に持ち込むな」
「そんなこと言ったって! だって絶対日本じゃないじゃん! そういう画面とか出れば、何か分かることがあるかもしれないし!」
「……まぁ、そうだな」
泰基がため息をついて、部屋にある椅子に座った。その顔がひどく疲労していて、暁斗は大きな問題があることに気付いた。
だが、泰基はそれに気付いているのかいないのか、腕を組んで考えているようだ。
「つまりここは異世界だという前提で考えるしかないか。問題はこの後だな。国王に会うとかなんとか……」
「オレ、礼儀作法とかそういうの全然自信ない」
「そんなものは気にするな。あっちは誘拐犯だ。礼を尽くす必要はない」
「――誘拐、かぁ。確かにそうだね」
小説を読んでいるときには全く気にしなかったが、確かに意思確認すらなく勝手に連れてこられたのだ。誘拐といっても過言ではない。
「父さん、オレたち帰れるかな」
「さぁな」
適当に聞こえる泰基の返答に、暁斗はカッとなった。
「さぁなじゃないよ! 帰れなかったら、病院とかどうするんだよ!」
「……ああ」
泰基の虚を突かれたような顔に、暁斗は忘れるなと思う。泰基が今でも何とかこうして生きていられるのは、定期的に病院へ通っているからだ。
「そうだったな。大体、薬だって家だ。……ああもう、国王とやらに会ったら、さっさと帰せと言うしかないな。暁斗、俺が話すから黙ってろよ」
「うん」
暁斗は素直に頷いた。国王との交渉などできる気はしない。わざわざ言われなくても、暁斗は口出しするつもりはないし、できるとも思わなかった。




