殲滅完了
リィカはアレクをフォローしつつ、魔物を倒し続けていた。だいぶ倒したはずだが、それでもまだ先が見えない。そんな中、ふとアレクの口元が綻んだのが見えて、リィカは首を傾げる。
「アレク!」
「リィカ!」
名前を呼ばれた。見ると、バルとユーリが戻ってきた。
「よお、無事だったな」
「当たり前だろう」
アレクがバルと軽く言葉を交わしつつも、さっそく二人で魔物を倒し始める。
(もしかして、二人が帰ってきたから?)
先ほどの笑みはそういうことだったろうか。名前を呼ばれる前に、アレクは嬉しそうに笑っていた。どうして察したのかと、それが不思議だ。
「リィカもご無事で何よりです」
「は、はいっ」
もう一人、ユーリに声をかけられて、リィカはビクッとしつつ返事をする。そんなリィカに、ユーリは困った様子だ。
「魔力は、あとどの程度残っていますか?」
「あ、えと、そろそろ一割を切りそうです」
「……まだ一割残っているんですね。ですが良かったです。これを使って下さい」
差し出された瓶を見て、リィカは疑問を浮かべる。中に液体が入っているようだ、としか分からない。
「マジックポーションですよ」
「――ええっ!?」
とんでもない貴重品に、リィカは悲鳴を上げた。
マジックポーションは、人里離れた奥の奥でたまに見つかる「小さな水たまり」だ。そのままにしておくと数日程度で消えてしまうらしいので、見つかるかどうかはまさに「運」だ。
その運に恵まれて冒険者が見つけて、それを売ることで市場に出回る。だが、数少ない貴重品なだけにとんでもない高値がつく代物だ、とダスティンが教えてくれた。
そんなものを受け取れない。首を横に振るリィカだが、ユーリが押しつけた。
「飲んで下さい。この状況でリィカの魔力回復が、どれだけ力になると思うんですか」
「――!」
厳しいユーリの表情と言葉に、リィカはハッとする。魔力がなくなればリィカは足手まといになるだけだ。そんなことをすれば、彼らの負担が増えるだけ。
リィカは頷いて、一気に飲み干した。数秒程度で魔力は回復する。半分くらいは回復したように感じる。
「期待してますよ、リィカ。学年一位の実力を見せて下さいね」
「う……。は、はい、その、がんばります」
持ち出されたその話題にリィカは口ごもったが、挑発的なユーリの笑みにリィカは肩の力を抜く。自然に笑みが浮かんだ。攻撃魔法はリィカの得意分野だ。そこは絶対に負けたくない。
「上級魔法を使います! ――《輝きの氷》!」
使ったのは《氷の剣林》と同じ水の上級魔法、氷の魔法だ。前方にいた多くの魔物が一瞬で氷に覆われて砕け散る。
それを見たユーリは、背筋にゾクッとした感覚がよぎったのだった。
※ ※ ※
ユーリは一度リィカに逃げられて以降、会う機会はなかった。
今回実際にリィカと会って話してみれば、よほど貴族が苦手なんだろうというのはすぐに分かった。すぐに話しかけなかったのは、実際に怪我がひどかったからというのもあるが、リィカの力が抜けるまで待った、というのもある。
アレクがリィカに対して「お前は有名だから」と言ったとき、ユーリは余計なことを言うなと思った。そうでなくてもビクついていたのに、あれの反応は顕著だった。
アレクの「有名」を示すところが、魔法の実技試験で一位を取ったことを言っているのは分かったが、リィカのあの調子だと、おそらく逃げ出してしまったことを気にしているのだろう。絶えず、こちらの反応を窺っているのが分かる。
もっともアレク自身も自らの失敗はすぐ気付いたようだし、まぁ逃げ出したことでも有名であることは、否定できない。
さてどう接したらいいのかと悩んだユーリだが、そう難しく考える必要はなかった。自分たちが普段人と接するときと当たり前の対応をしていただけで、リィカがかなり落ち着いたのが分かったからだ。
(あれだけでいいっていうのが、何とも不愉快ですけどね)
何がと言えば、他の貴族たちの態度が。
当たり前のことをやっているだけで安心されるというのは、一体他の貴族どもは何をしているのかと、文句の十や二十は言いたくなる。
完全に遠慮がなくなったわけではなさそうだが、普通に話をしてくれるようになった。それだけでもずいぶん前進だ。
――そして今、リィカの魔法を目の前で見た。
魔物の群れから抜ける道を作ったとき。今使った《輝きの氷》。いずれもダスティンから聞いた通りに、詠唱しないで魔法を使っている。
それだけではない。魔力量の多さ、魔法の強さ。それらを今まで他の誰にも感じたことがないくらい感じる。
(確かにこれは、彼女の方が“上”ですね)
素直にそう思えてしまったことが悔しい。
だから、ユーリは決めた。この事態が解決したら、リィカからじっくり話を聞き出してやるんだと。
※ ※ ※
レーナニアを校舎まで送り届ける間、リィカと二人で魔物の相手をする。そう決めたのはアレク自身だが、それでも不安がなかったわけではない。試験で一位を取れることと、実戦で役に立つこととは、天と地ほどの差がある。
レーナニアを守り切ったのだから、魔物相手に怯むことはないだろう。だが、魔法使いが一人で戦うことと剣士と組んで戦うことは、自ずと戦い方が変わる。
アレクはバルやユーリと組んで何度も一緒に戦ってきたから、お互いの能力は分かっているし、連携を取ることも容易い。だが初めて組むリィカとは、そんな連携は期待できない。
そんな諸々を考えて、厳しい戦いになるだろうと予想していた。最悪、一人で戦うことも覚悟していた。だが……。
同時に二体の魔物が、アレクに襲いかかる。舌打ちの一つもしたい気分だが、その時間すらもったいない。一体に狙いを定めて剣を振るい、倒す。すぐにもう一体をと思ったとき、飛んできた火の矢が魔物に命中した。
それで倒れはしなかったが、仰け反ってくれたおかげで、余裕が生まれる。慌てることなく、その一体も倒す。またすぐに魔物が襲ってくるが、そのたびにリィカの魔法がフォローに入り、おかげで苦戦することなく魔物を倒すことができている。
(剣士と組んで戦った経験があるのか)
そうでなければ、こんな戦い方はできないだろう。おかげで戦いやすい。まだまだ終わりは見えない分、この余裕は必要だ。
チラッとリィカを見ると、必死になって魔物の動きを追って、戦況を把握しようとしているようだ。ブカブカのブレザーがアンバランスだ……と思ったが、それはアレクが差し出した自分のブレザーだ。
(参ったな。妙に可愛く見える)
戦っている最中にこんなことを思ってしまう自分に呆れる。余裕があるというのも善し悪しだ。
レーナニアを校舎へ送り届けているバルとユーリは、今どうしているだろうか。早く戻ってきてほしいが、別に戻ってこなくてもいい気がする。こんなことを考えていると知ったら怒るだろうなと思ったところで、アレクは二人の気配を感じて口元を綻ばせたのだった。
「よし! 魔物を殲滅させるぞ!」
リィカがマジックポーションで魔力を回復してから、一気に魔物を倒すペースが上がった。およそ一時間後には、学園内にいた魔物をすべて倒すことに成功したのだった。




