脱出
リィカは《結界》のギリギリの場所に立って、深呼吸をする。道を作るために唱える魔法は二つだ。
「《竜巻》!」
一つ目は、風の中級魔法だ。竜巻が一直線に魔物を巻き上げていき、その後に道が、空白ができた。だがこれだけではすぐ魔物に埋め尽くされるだけ。だから、すぐに二つ目を唱えた。
「《流星群》!」
土の上級魔法。空から無数の岩が降り注ぐ魔法だ。
空を飛ぶ魔物を倒し、道を埋めようとしていた魔物も倒れる。《竜巻》によってできた道の両脇に、岩が積み上がった。
「今です!」
リィカが叫び、ユーリが《結界》を解除。一斉に走り出し、そして魔物の囲いから無事に抜け出した。
リィカはアレクとともに向きを変えて、魔物の群れと向かい合う。レーナニアはバルとユーリと走り抜けながら叫んだ。
「リィカさん、お気をつけて!」
背後から聞こえた声に、リィカは見えないと思いつつも軽く頭を下げる。《流星群》で作られた岩が消えて、作った道は消えてなくなる。同時に、狙っていた魔力が遠ざかっていくのを感じたのか、魔物たちがレーナニアを追いかけようと動き始めた。
「《氷の剣林》!」
その行く手を遮るように、リィカが魔法を唱えた。水の上級魔法だ。今度は壊されないように、さらに魔力を込めて強度が上がるように発動させた。
目の前を壁が遮ったことで、魔物の意識がリィカたちに移る。何体かは通り抜けてしまったが、バルとユーリがいるのだ。きっと何とかしてくれるだろう。
「リィカ、助かった。だが、上級魔法を使い過ぎるなよ!」
「はい!」
道を作ることと、そして今。上級魔法を二回も使ってしまったため、本当に気をつけないと魔力が空になる。範囲の広い中級魔法で何とか戦っていくしかない、とリィカは覚悟を決める。それでもアレクが一緒にいる以上、先ほどまでよりはずっと楽なはずだ。
(……って思ったんだけど)
戦い始めてすぐ、リィカは思い違いをしていたことに気付いた。
二体の魔物が同時にアレクに襲いかかる。そのうちの一体に狙いを定めて、《火矢》を放つ。少しずれて倒せなかったが、すぐアレクが剣でトドメを刺す。
(アレクシス殿下、強すぎる……)
リィカが魔法を放った瞬間、アレクは一体を倒していた。そして、リィカの魔法でほんの少し攻撃のタイミングが遅れた二体目を倒す。その動きも早ければ、魔物を倒すのも一撃で済んでいる。
平民クラスの皆と一緒に戦ったときは、こうはいかなかった。クラスのリーダー格の男の子は強かったが、ここまでスムーズに動けていなかったし、魔物を一撃で倒せることも稀だった。
それでもすごいと思って見ていたのに、アレクはまさに格が違った。
魔法使いが剣士と一緒に戦うとき、求められるのは剣士のフォローだ。前衛である剣士が戦いやすいように、場を整えること。複数を同時に相手取らなくていいように、魔法で牽制するのだ。倒せるに越したことはないが、牽制して足止めができれば、それで十分なことも多い。
ただ魔物の数が多いときには、範囲魔法を使った方が有効なことも多い。そのときには、剣士側が魔法使いのフォローに回ったりもする。
だから、リィカはそういう戦い方になるかと思ったのだ。しかしアレクがこれだけ強いのならば、魔力残量が不安なリィカが前に出るよりも、ずっと安定した戦いができる。
つまりは、変な覚悟は不要だった。数が多いから油断はできないが、落ち着いて対処すればピンチに陥ることもない。リィカは初級魔法でアレクのフォローに徹したのだった。
※ ※ ※
一方、校舎へと向かって走っているレーナニアたち。当然、後方の魔物にも気付いていた。
「後ろは向かないで、前だけ向いてて下さい!」
ユーリの指示が響き、続いて詠唱する声がした。
「《目眩まし》!」
後方で凄まじく光が光る。だがそれだけだ。それで倒せるわけじゃない。追ってきた魔物がどうなったのかレーナニアは気になるが、それでも走ることに集中する。自分がすることは早く校舎の中に入ることだと分かっていた。
「レーナ! 良く無事で……!」
それから間もなく、校舎の中へと駆け込んだレーナニアを待っていたのは、婚約者のアークバルトだった。他の視線を気にせずレーナニアを抱きしめたアークバルトに、レーナニアの手も自然にその背中に回る。
「はい、はい……。ご心配をおかけいたしました……!」
普段だったら恥ずかしくてできないが、命の危機から戻ったばかりだ。レーナニアの手にも力が入り、涙声になっている。が、そこで「ゴホン」と咳払いが聞こえて、我に返った。お互いに慌てたように手を離し、そこで何かに気付いた様子で声をあげたのはアークバルトだった。
「アレクはどうしたんだっ!?」
自らの弟を心配する声に、淡々とバルが答えた。
「アレクはまだ魔物と戦っていますので、我々も戻ります。これで失礼いたします」
「何だと!?」
アークバルトが腰を浮かせる。だがそこで、足音がして視線がそちらに向かう。姿を見せたのは、二人の教師だった。
「ヴィート! 戻ったのか!?」
そう叫んだのは、アークバルトたちの担任教師であるハリスだ。レーナニアの姿を見て、安心した顔を見せる。
「良かった、無事だったんだな……」
「はい、何とか助けることができました。ですがアレクがまだ戦っていますので、外へ行かせてもらいます」
今度はユーリが告げる。その言葉にハリスがユーリ、そしてバルの顔を見て、諦めたように頷いた。
「……そうだな。止めても仕方ないしな。頼んだ」
そこでハリスが、後方にいる教師をチラッと見た。そこにいるのは平民クラスの教師であるダスティンだった。見られたダスティンが口を開こうとしたが、それをハリスが止めて、自分自身が口を開いた。
「悪いが一つ頼まれてほしい。一人、平民クラスの生徒が行方不明だ。リィカ・クレールムという、お前たちも名前を聞いたことはあるだろうが……」
「リィカさんでしたら大丈夫です」
皆が「ああ」という顔をした中、言ったのはレーナニアだ。
「わたくしを守って下さったのがリィカさんです。今はアレクシス殿下と一緒に魔物と戦っています」
「は?」
「何だと?」
教師二人は呆然としている。心配していたところに、思いがけないところから情報が上がってくれば、そうもなるだろう。
同じように驚いていたアークバルトだが、我に返るのは早かった。
「ユーリッヒ。戻るのなら、これを持っていけ」
「――もしかして、マジックポーションですか!?」
アークバルトの差し出したものに、ユーリが驚きの声をあげる。それもそのはず、それを飲むと魔力を回復できるというものだが、かなりの貴重品だ。王族といえども、そう簡単に手に入るものではない。
「ああ。遠慮なく使えよ」
「はい、ありがとうございます。助かります」
受け取ったユーリは一礼して、バルを見る。
「行きましょう。リィカの魔力が回復したら、それだけでずいぶん楽になりますよ」
「ああ、そうだな」
そう言って出て行く二人を、レーナニアは祈るような気持ちで見送った。アレクとバル、ユーリの三人の強さは知っている。リィカの強さも見ていた。詠唱すらせずに魔法を使う、すごい人だ。
「レーナ、大丈夫だ。アレクたちは強い」
「はい」
レーナニアの気持ちを察したかのようなアークバルトの言葉に、レーナニアも静かに頷いた。その通りだ、彼らは強いから大丈夫だ。
「そういえばアーク様、あのマジックポーションはどうされたんですか?」
「ああ、あれ? 別にたいしたことじゃないよ。この学園に、緊急時に備えて置いてあると思ったんだ。だから学園長に交渉して手に入れた。それだけ」
おそらく学園長も、アークバルトの交渉がなくても、必要と思えば出しただろう。だから本当にたいしたことじゃない。そう笑うアークバルトに、レーナニアは首を横に振った。
「それだけ、じゃないですよ。交渉して下さったから、この場ですぐに渡すことができたんです」
そうでなければ用意するまでの時間ロスがあっただろう。あるいは「だったら必要ない」とバルもユーリもさっさと行ってしまったかもしれない。
「だから、ありがとうございます。アーク様」
「うん」
二人で顔を見合わせて、同時に出入り口へと顔を向ける。帰ってきたら真っ先に四人を労いたい。その想いは二人とも同じだった。
動こうとしない二人を、ハリスとダスティンの二人の教師は苦笑して、一言声をかけてその場を離れたのだった。




