小声の会話×2
歩き始めた一行の中で、アレクは異様に機嫌が良かった。
一方で、リィカは不機嫌だ。
泰基に声をかけられた。
「(嫌なら嫌だと言えばいいだろうに)」
前置きも何もないが、泰基が何を言いたいのかは分かる。
リィカは思い返してみる。
同じ事をサルマにも言われたし、アレク自身にも言われた。それをさらに泰基にも言われてしまった。
「(……嫌じゃないの。ものすごく困るけど)」
アレクに言った言葉と同じ事を泰基に返せば、泰基は少し目を見開いた。
「(……なによ?)」
「(いいや。俺が凪沙にプロポーズしたときの凪沙の返事、覚えてるか?)」
「(……は?)」
唐突すぎでしょ、と思いながら、凪沙の記憶を思い返してみた。
プロポーズされたのは、大学三年の始まりの頃だ。
大学を卒業したら、結婚してほしいと言われた。
その時、果たしてなんと答えたのか。
『わたし、就職したいの。結婚が嫌なわけじゃないけど、すぐは困る』
確か、そう答えた。それなのに、結局卒業と同時に結婚してるけど。
って、いやいや。
嫌じゃないけど困る、という部分だけ取り上げれば、確かに似た言葉だけど、状況が全然違う。
「(同じにしないでよ)」
文句を言うが、泰基には笑われた。
「(嫌じゃないんだろ? 同じじゃないか。凪沙は、嫌なものは嫌だと言っていた。お前だってそうじゃないか)」
確かに、いつだったか泰基は嫌だと言った。王太子なんか、絶対にごめんだ。
しかし、嫌じゃないと好きとの間には、深い溝があると思う。
前を歩くアレクの姿を見る。
自分の気持ちが分からない。
嫌じゃないのは確かだ。もっと正確に言えば、何をされても結局アレクの側が一番安心できてしまう。安心できるから、嫌だとはどうしても言えない。
このままでは、いつか本人が言ったように、アレクの行動はどんどんエスカレートしていくだろう。
(どうしたら、いいのかな)
考えたところで答えが出るものでもないけれど。
泰基は、ぼんやりとアレクを見ているリィカに苦笑していた。
凪沙は、嫌じゃないものに関しては、最終的には受け入れてしまっていた。
だから、きっとリィカも嫌じゃないなら、このままアレクに捕まるしかないだろう。
その未来が、想像できてしまった。
一方、ご機嫌のアレクは、後ろでリィカと泰基が話をしているのに気付き、少しムッとなりかけたところで、頭をガツンと叩かれた。
「った……! 何をするんだ、バル!」
叩いてきた張本人は、真剣な顔をしていて、アレクも自ずと気が引き締まる。
「(……お前が何をどうしようと、基本的には味方でいるつもりだがな。やり過ぎて嫌われても知らねぇぞ)」
しかし、その内容はアレクには意味が分からなかった。眉をひそめると、バルに冷たい目で見られる。
「(リィカのことだ。最近、ちょっとばかし行き過ぎだろ?)」
ああ、と口の中だけでつぶやく。理解した。
確かに、場所を選ばず、周りに誰がいようと関係なしに、リィカに迫っている自覚はある。
「(気にしないで、見ない振りをしていろ。何も問題ないさ)」
「(……本当に、どうなっても知らねぇぞ)」
バルの言葉に、割の本気の心配が混じっているのを感じる。それが分かっても、アレクは大丈夫だと言える自信はあった。あれだけ色々やっているのに、結局碌な抵抗をしないのだから。




