魔国~牢屋~
三章に出てきた、サルマ、オリー、フェイの三人組が登場。
この三人(主にサルマですが)、たまに今後も登場するので、覚えておいて頂けると有り難いです。
「ええ? モルタナに、勇者様のご一行が!?」
「らしいぜ? 何でも、街中に突然現れた魔物を、勇者様方が倒したって話だ。オレも又聞きの又聞きだけどな」
「だったら、もう少しモルタナにいれば良かった!!」
冒険者から聞いた話に、オリーが叫び声を上げた。
モルタナを出発したオリー、サルマ、フェイの一行は、しかし、すぐ次の街にいた。
魔物が強く、それ以上進めなかった。
同じ宿に泊まった冒険者から、勇者の噂を聞いたオリーが思わず叫んだ、というわけだった。
だが、諦めなかった。
「いや、でも、ここにいれば、もしかしたら勇者様が寄るかも! 絶対実物を拝むんだ!」
「ホント、懲りないねぇ」
「……オリー、面倒くさい」
拳を握りしめて宣言するオリーを、サルマもフェイも、もはや諦めていた。
※ ※ ※
コツコツコツ
静かで全く音のしない空間に、足音が響いて、男は目を開ける。
その男のいる場所は牢屋だった。
奥の壁に寄りかかった状態。しかし、伸ばされた足は足首の所で枷を付けられ、床に繋がれている。手は両手とも頭上高く上げられ、壁から出ている枷を付けられている。
全く身動きが許されず、見えるのは鉄格子と薄暗い空間のみ。
時々、指示された作業のために、右手だけは枷から外されることもあったが、最近ではそれもない。
男は精神が壊れかけていた。
コツ
足音が、男の牢屋の前で止まった。
男は口を開く。
「もう何も、教えられることは、ない。教えられる、すべては、教えた」
途切れ途切れの言葉に、牢の前にいる男は頷いた。
「ああ。おかげでいい魔道具を作ることができた。人間とは馬鹿なものだ。魔道具の有能性に気づきもせず、魔法の無詠唱を神への冒涜といって、処刑しようとするとはな」
クックックッ、と笑いをこぼす。
牢の前にいるのは、長い耳、白い肌、白い髪をした魔族。魔王の兄、カストルだ。
男は、ずっと魔族に捕らえられていた。
「……処刑、されていた、方が、マシ、だった」
「死にたくないと望んだのは、貴様だろう。まあ、死にたいと言った所で、捕らえたことに変わりはないが」
男は、魔道具を作っていた。
魔力は少なくとも、無詠唱はできる。
そして、無詠唱から生み出される魔道具の無限の可能性を、子供達によく話していた。
実の娘のサルマ、亡き親友の息子のオリー、捨てられていたフェイ。
どの子も、男にとって大切な子供達だった。
幸せだったのだ。国の魔法使いに、無詠唱を神への冒涜だと言われて捕まるまで。
そして、魔道具を有能と見た魔族に、さらに連れ去られるまで。
魔族に捕らえられた男は、最初は抵抗した。
しかし、身動きを許されず薄暗い牢屋に入れられて、数日で気力を失った。言われるままに、魔道具の作成を教えた。
捕らえられてどのくらいの時間が経過したのか、男には何も分からなかった。
「もう、いいなら、殺して、くれ」
「良かろう」
男の願いに、カストルは頷く。
カストルの後ろに、もう一人の姿があった。
「せめてもの礼だ。苦しまずに殺してやれ」
後ろのもう一人が黙って右手を男に向ける。
「《死》」
小さなつぶやきと共に、男は意識が遠ざかるのを感じた。
本能が察した。
このまま抵抗しなければ、苦しくない。
三人の子供達。もう、顔も名前も思い出せない。けれど、確かに大切な子供達。
国に捕らえられる前に、子供達だけは逃がした。
だから、きっとどこかで生きている。
(――どうか、幸せに)
男は、最期にそれだけを願った。
成果が出るまで、男が生かされた期間は十年にも達した。
ようやく、男は解放された。
※ ※ ※
サルマが、オリーが、フェイが、ふと外を見た。
「ん? どうした?」
冒険者が声をかける。
「いや、何か分かんないけど……」
「何となく……?」
「……?」
三人が首をかしげる。
十年前に処刑されたはずの父親の命が、たった今消えたことを、三人が知ることはなかった。




