強行突破
アレクたちは魔物の動きに注意しながら動いていた。魔物を倒してまわり、隠れられそうな場所を中心に捜索する。しかし、レーナニアらしい姿はまったく見当たらない。
「もう結構広い範囲、見て回ったよな」
「そうですね。あとまだ見てないところは……」
体力的には問題なくても、見つからないことへの精神的な負担がかかってくる。最悪のことは考えたくなくても、それがどうしても頭によぎる。
――ドォン!
そのとき、離れた場所から大きな爆発音が響いた。
「今のは?」
「おそらく《爆発の轟火》。火の上級魔法ですね。あの魔法は爆発音がすさまじいですから」
アレクのつぶやきに即答したのは、ユーリだった。ユーリ自身が使える魔法ではないのだが、音を聞いただけで判断する辺り、さすがだとアレクは思う。
「今日は一年生しか学校にいねぇよな。ユーリの他に、一年生で上級魔法を使える奴なんて……ああ、一人いるか?」
バルのつぶやきに、ユーリが答えた。
「ええ、リィカ・クレールム。おそらく彼女でしょう」
貴族クラスでも、一年生ではユーリ以外で上級魔法を使える人はいない。となると可能性は、期末期の試験でもユーリを抜いて一位になったリィカ一人だ。今音が聞こえたのは、広場のある方角。高確率でそこにいるのだろう。
「なんでそんな場所にいるんだ」
アレクが苦々しくつぶやく。こんな状況で余計なことをするなと思ってしまう。
「アレク、どうしますか?」
「…………」
ユーリに聞かれて悩む。今アレクたちが探しているのはレーナニアだ。非情な言い方だが、リィカではないのだ。仮に危険な状況に陥っていたとしても、アレクたちが優先するのはレーナニアを探すことだ。
それでも悩むのは、ここまでレーナニアが全く見つからないからだ。戦えないレーナニアが生き延びるとしたら、どこかに隠れているしかない。だから、そういう場所を優先して探したが、どこにもいない。
広場に隠れる場所はないから、後回しにしてまだ見ていない場所だ。
「――行ってみよう」
もしかしたら、レーナニアが一緒にいるかもしれない。その可能性がある以上、行かないという選択肢はなかった。
※ ※ ※
「なんだ、この大量の群れは……」
広場へと向かったアレクたちは、その手前で足を止めざるを得なかった。ここに至るまでも多かった魔物だが、広場にいる魔物の数はその比ではなかった。何かを取り囲むかのように魔物が集まり、アレクたちが近づいてもほとんど反応しない。
「アレク。おそらくこの向こう側に、レーナニア様がいらっしゃいます」
唐突なユーリの発言に、アレクは目を剥いた。
「なぜそう断言できるんだ!?」
「魔王とやらが言っていたでしょう。魔力が強い場所に集まると。レーナニア様は魔力病で、魔力を体の外に出すための魔道具を身につけています。だから、あの方の周囲は魔力が多いと推測されます」
「……なるほど」
魔力病とは、その人の持つ魔力量と体に溜めておける魔力量のバランスが悪い人がなる病気のことを言う。
通常、持っている魔力量と溜めておける魔力の容量は、バランス良く成り立っている。だが、たまにそれが悪い人がいる。溜めておける魔力の容量以上に魔力を持ってしまうと、その魔力が体を蝕む。体調を崩し、放置すれば命の危険さえある。それが魔力病だ。
一度、レーナニアはそれで倒れたことがある。
治らない病気ではあるのだが、対処は可能だ。体に魔力が溜まらないようにすればいい。そのための「魔道具」と呼ばれる道具が存在していて、それによりレーナニアの魔力は常に外へ放出されているのだ。
魔道具のおかげで、普通に生活を送ることができているのだが、今のこの状況では逆効果になってしまったということだ。
「――となると、この群れ強行突破かよ?」
バルの言葉にアレクは一瞬考えて、首を横に振った。
「その前に、この奥の状況と、本当に義姉上がいるかを確認したいな」
「あのですね、どうやって確認するんですか」
どこか高いところへ上るしかないが、そんな都合の良い場所はない。ユーリがツッコむが、バルが何かを思い出したかのように言った。
「あれ、やってみっか? 何もなくても二人いればできる、上空からの確認方法」
何のことだとアレクが一瞬考えて、すぐに思い当たる。ニヤッと笑った。
「よし、やってみよう」
「何をやるんですか?」
ユーリの疑問を余所に、アレクが後ろに下がる。バルが手を組んで頷いたのを確認して、アレクが走る。ジャンプしてバルの組んだ手の上に片足をのせる。そして、バルがその手を上げたタイミングに合わせて、アレクが思い切りジャンプした。
次の瞬間には、アレクの姿は上空にあった。
「――いた」
レーナニアの姿が見えて安堵する。怪我の有無までは分からないが、立っているようなので、無事でいるのだろう。
その近くにいるのが、おそらくリィカだろう。推測が当たっていたようだ。だが、魔物が多すぎる。二人は完全に囲まれていて、無事でいることが不思議に感じてしまうほどだ。
下に落ちる前に、方角だけ確認する。そして、地面に無事に着地した後にバルとユーリに見たものを伝えると、二人とも覚悟を決めたように頷いた。
「んじゃぁ、強行突破だな」
「ええ。後のことはいいとして、今は彼女たちと合流しましょう」
アレクも頷いて、剣を構えた。
「【隼一閃】!」
剣技を放ち、それを追いかけるように走る。そして、魔物の群れの中に飛び込んだ。
※ ※ ※
強行突破は困難を極めた。それでも剣技や魔法を駆使して前進する。方向がずれていないか不安になりもしたが、レーナニアとリィカの姿を無事捉える。
「《水流瀑布》!」
「――!」
リィカが魔法を使った。これまでアレクがリィカと遭遇したのは三回。今が四回目。魔法を使う姿を見たのは初めてだが……なぜか、その姿に惹き付けられて、目を離せなくなる。
「危ないっ!」
声が響いて、アレクは我に返る。レーナニアの声だ。同時に、ドスドスと凄まじい勢いで突進していく魔物が見えた。
「先行する! フォロー頼む!」
アレクは叫んで走る速さを上げた。Cランクの魔物、犀。額の一本の角で体当たりされて貫かれたら、それで終わりだ。
リィカも犀に気付いているようだが、動く様子がない。疲労で動けないのだと、アレクもすぐ分かった。間に合ってくれと思いながら、必死に手を伸ばした。
「【隼一閃】!」
間一髪、その角が体を貫こうとする直前に、剣技が間に合った。同時に、動かないままのリィカの腰に手を回して引き寄せる。
「――っ!」
その瞬間にアレクが感じたのは、何とも言えない心地よさだった。抱き寄せた体の柔らかさに、意識が持っていかれそうになる。
(って違うだろうっ!?)
自らの思考に自分でツッコミを入れて、アレクは再び剣技を発動させる。この状況で、思考を逸らしている場合ではない。
「【百舌衝鳴閃】!」
近くにいる魔物をさらに倒す。だがそれでも、魔物の数に限りが見えない。顔をしかめたアレクだが、追いついてきたバルとユーリの姿が見えた。
「「アレク!」」
「ユーリ! 結界を!」
「『光よ。我らと彼の者らを隔てる障壁を築け』――《結界》!」
アレクの叫びとほとんど間を置くことなく、ユーリが詠唱を始める。そして、四方を囲む《結界》が張られた。
「たす、かった……?」
アレクの耳に小さなつぶやきが聞こえて、同時に左手の重さが増す。咄嗟に力を入れて、リィカが崩れ落ちるのを支えたのだった。




