謝罪
泰基は、アレクに付いて走っていた。
どれだけ走ったのか、前に人がたくさんいるのが見える。
「あの奥だ」
言ったアレクは、容赦なく人混みをかき分けていく。
その後ろに続いた泰基は、暁斗とリィカの姿を見つけた。
アレクが「あっ!」と叫ぶのを、引き留める。リィカが暁斗の頭を撫でている姿を見れば、邪魔はして欲しくない。
「恋愛感情があるわけじゃないから、少しくらい許してくれ」
非常に不満そうな顔だったが、それでも何か思うところはあったのか、アレクはそのまま静かにしてくれた。
暁斗の声が聞こえた。
「リィカが母さんみたいだな、って思うんだ。母さんが、リィカみたいな人だったらいいなって思う。いつも優しくて、暖かくて、側にいるとほっとする」
息を呑んだ。リィカも驚いたのか、その手が止まる。が、暁斗に文句を言われてすぐに動かし始めた。
自分の思い込みかも知れない。でも、泰基には、リィカの目が動揺しているように見えた。
暁斗を見る。リィカにしがみついているから、顔は見えない。
(全く。馬鹿なくせに、勘ばかりいいな)
お前がそう思った相手は、間違いなくお前の母さんだよ、と言ってやりたかった。
※ ※ ※
母さんみたいだと言われて、リィカは動揺した。
もしも、暁斗に本当のことを話したら、どう思うんだろうか。
(……そろそろ、限界かも)
暁斗の望むままに頭をなで続けてきたが、元々痛みを押して無理に動かしていたのだ。
かなり辛くなってきた。
「暁斗、そろそろいいかな?」
嫌だと言われたら、根性で続けるしかない。
そう覚悟を決めたが、幸いその必要はなかった。
「……うん。ありがと、リィカ」
いつかのように、暁斗は照れたように笑った。
「よし、じゃあもういいな。離れろ、アキト」
掛けられた声の方を見れば、いつの間にいたのか、アレクと泰基がそこにいた。
泰基は苦笑し、アレクはツカツカと寄ってきて、アキトの襟首を掴んで引っ張る。
「なにすんの、アレク!」
「うるさい。離れろと言っただろう」
「別にそんな怒んなくたって……」
言いかけて暁斗が言葉を止める。アレクをマジマジと見た。
「……もしかして、アレクってリィカのこと、好きなの?」
「…………お前は、何でそういう事を言うんだよ!?」
一瞬で真っ赤になったアレクは、暁斗の肩を掴んで、ガクガク揺さぶる。
「あ、ごめん、つい。……告白、これから? 言っちゃマズかった?」
「それはもう済んだ! が、そういう問題じゃない!!」
「えっ!? 告白したの? うそ、いつ? 全然気付かなかった! それで、どうなったの?」
「――だから! そういうことを言うなと言っているんだ!」
会話の内容に赤くなるよりも、暁斗がアレクの気持ちに気付いたことに、リィカは感動を覚えつつ、二人のやり取りを見つめる。
「リィカ、大丈夫か?」
泰基が寄ってきた。頷く。その目の心配具合がかなり強い気がして、みんなはどこまで事情を知っているんだろうか、と思う。
「あ、タイキさん! リィカに近づくな!」
「……面倒くさいぞ、アレク」
つい先ほどまで暁斗と言い合いをしていたと思っていたら、今度はこっちに寄ってきた。
確かに面倒かも、と泰基の言葉に内心で同意してしまう。
「……リィカ、その、悪かった」
座り込んでいるリィカに、アレクが片膝をついて、頭を下げた。
が、リィカは意味が分からない。
「……なにが?」
「最初に、ベネット公爵に声を掛けられた時。俺はリィカを無視した。いないものとして扱った。――すまなかった」
えーと、と考える。
あの時は動揺していた。話は聞こえていたが、あまり深くは考えていなかった。
考える前に兵士に攻撃されて、それどころじゃなかった、とも言える。
王子であるはずのアレクでさえ、あそこまで馬鹿にされていたのだ。自分なんかが一緒に行っていたら、どうなっていたか分からない。
一緒に行かなくても最悪な状況には陥ったわけだが、それは結果論だ。
沈痛な面持ちのアレクには悪いが、別に気にすることではなかった。
「別にお城に行きたくなかったし、気にしてないよ? 一緒に行こうと言われたら、絶対に拒否したと思う」
それに笑ったのが泰基だ。
「ほら、言っただろ、アレク。リィカならそう言うって」
「――でも、一人で残したせいで、リィカが危険な目にあったのは確かだろう」
「それはまた別の問題だ。俺たちの誰のせいでもない。アレクが責任を感じる必要はないさ」
「………………そうだな」
アレクがつぶやいて、視線を後方に向ける。
どうしたんだろう、と思えば、そこに荷物を抱えたバルとユーリが来ていて、リィカは笑う。
二人も、ホッとしたように笑う。
「もうここにいる必要もないな。リィカ、立てる……」
正面からアレクが顔を合わせて、手を差し伸べてきた。が、途中で言葉を切って、みるみるうちに表情が強張る。
「……どうしたの、アレク?」
「リィカ、きちんと食事していたか!?」
「……………えっ」
隠し通そうと決めていたことを、まさか言い当てられて、ギクッとしてしまう。
しかしその反応は、肯定しているようなものだと気付いたときには遅い。
「正直に答えろ。最後に食事をしたのは、いつだ?」
アレクの声が低い。その声には、反駁を許さない強さがある。
「………………なんで……」
「俺は、答えろと言ったはずだ」
ごまかされてくれるつもりは、まるでないらしい。
諦めて、リィカは答えを口にした。
「モルタナに入る前。保存食を食べたのが最後だよ」
その答えに、アレクが辛そうな顔をした。
仲間たちが、「え?」とつぶやくのが分かる。
「地下牢にいたんだろう。食事くらい出たはずだ」
「……その、色々あって、わたしには出なくって」
地下牢にいたことも知っているのか、と思いつつ、答える。
詳細はあまり答えたくなくて、言葉を濁す。
「……色々ね」
が、つぶやくアレクは、それを許してくれるかどうか。
「とりあえず、今はそれでいい。ここから出よう。行くぞ、リィカ」
言うや否や、アレクはリィカの背中と膝裏に手を当てて、そのまま横抱きに抱き上げる。
「――えっ!? 待って! 自分で歩くから!」
「二日も食事してない奴が文句を言うな。大人しくしていろ。――手首のあざは、何だ?」
色々目ざといアレクにリィカは視線を逸らすが、残念ながら、これは他に証人がいた。
「オレが来たとき、後ろ手に手錠で拘束されてた。リィカが自分で壊しちゃったけど。いつでも破壊できるから、そのままにしてた、って」
暁斗がわざわざ壊した手錠を見せて解説する。
そんな事しなくていい、と叫びたかったが、叫んだらさらに状況が悪くなりそうなので、黙っておく。
「どのくらいの期間、そのままにしていたのか気になるな。後で、ゆっくり話を聞かせてもらうぞ」
リィカは遠い目をした。
どの程度、隠し事をできるのか。
王太子の目的なんか言ったら絶対に怒るよね、言いたくないな、と思いつつも、全部を白状させられそうな気しかしなかった。




