状況把握
晩餐は、控えめに言っても最悪だった。
暁斗は途中で気分が悪くなり、それに気付いた泰基が強引に退席させた。
香のキツい香水をまとい、肌を大きく露出させた女性が、両脇に侍ったのだ。
女性の苦手な暁斗は明らかに怯んだのに、それをどう思ったのか、女性たちはさらに距離を詰めた。
暁斗の側に行こうにも、泰基にも、そしてアレクたち三人にも、同じように女性が張り付いている。
結局、泰基は強行突破で暁斗を退席させ、さすがにアレクたちだけをこの場に残すことに躊躇いを感じて、泰基はこの場に残った。
暁斗に近寄るなと釘を刺すことだけは忘れなかった。
「暁斗、大丈夫か?」
晩餐が終わって、というか、泰基が強引に切り上げて、アレクたちと部屋に戻る。
暁斗はベッドに横になっていた。
「――ダメ。最悪。なんなの、あれ」
答える暁斗は、泣き声だった。
泰基の腕を掴み、それに縋る。
「父さん、オレ、リィカに会いたいよ」
その声に、力はなかった。
※ ※ ※
アルカトルの大使邸。
チャドが暗い顔をしながら、報告をしていた。
それを受けるマルティンの表情は、険しい。
「……リィカ嬢は、兵士に捕らえられていたか。しかも、罪状が勇者様と王子殿下を誑かしたこと、とはな」
「如何なさいますか」
マルティンは一瞬考え、すぐに結論を出す。
「リィカ嬢が城の地下牢にいるのならば、まだいい。だが、もし別の場所に連れて行かれたら、厄介だ。――ルイス公爵に連絡を取る」
「かしこまりました。それと、アレクシス殿下方には……」
「……伝えぬ訳にはいくまい。だが、明日にする。一晩で、可能な限り情報を集める」
普段は温厚なマルティンだが、今この時ばかりは激昂していた。
※ ※ ※
食事が配られているが、やはりリィカの所には来ない。
外が見えないので時間も分からないが、牢屋に入れられた時間から考えれば、今は夕飯だろうか。
あの、王太子たちの襲来。
とんでもなく怖かったし、今でも体が震えてしまうが、それでも頭は冷えた。
状況の把握には十分だった。
むしろ、わざわざ教えてくれた王太子たちに感謝したい気分だ。
目を瞑る。
思い出すのは、アルカライズ学園での歴史の授業だ。
かつて、牢番が、捕らえられている犯罪者に暴行を加える事件が多発した。
犯罪者なのだから問題ない、と誰もが見て見ぬ振りをした。暗黙の了解となっていた。
ところが、ある時暴行を加えられた者が、後から無実であることが分かり、牢番の暴行が表面化。以降、いずれの国例外なく、地下牢にいる者たちに暴行を加えた者は、罪に問われることが決定された。
そこまで真面目な顔で講義していたダスティン先生が、表情を崩す。
『だから、お前らがもし悪いことして捕まっても、牢の中にいる限りは安全だぞ。ただ、たまに権力者あたりが、わざと場所を牢から移動させて、暴行を加える事もあるらしいから、そこは注意が必要だな』
はい、と平民クラスのリーダー格の生徒が手を上げる。
リィカが魔物を怖がっても、何度も誘ってくれた生徒だ。
『先生、リィカみたいに魔法が使えたら、牢屋壊して脱走、とかできちゃうんじゃないですか?』
『残念だが、魔法使える奴には、魔封じの枷、ってのが付けられるんだ。それを付けられると、リィカでも魔法使えなくなるから注意しろよ。ついでに言うと、脱走は重犯罪だ』
リィカはむくれて、教室中で笑いが起こった。
リィカは、口元でクスッと笑う。
あの頃は本当に何気ない日常を送っていたのだ。
先生の、冗談みたいな言葉が役に立つときが来るなんて、思ってもいなかった。
ここは地下牢だ。それは間違いない。
だから、ここにいる限りは例え王太子といえども直接手は出せない。
そのうち、どこか別の場所に移されるだろう。気をつけるとしたら、その後からだ。
手を動かすと、ガシャッと手錠の鳴る音が聞こえた。
魔封じの枷とやらが、どんなものかまでは分からない。
リィカは集中して、ほんの少しだけ魔力を手錠に飛ばしてみる。
手応えはあった。
これはただの手錠だ。壊そうと思えばいつでも壊せる。
考えてみれば、自分は一度も魔法を使っていない。
兵士に囲まれたときも動揺していて、そこに意識が思い至らなかったが、おかげで平民が魔法を使えるなどと、思いもしなかったんだろう。
――魔法は、切り札だ。
魔法を封じられてしまえば、自分に打てる手は何もない。それだけは、絶対に避けなければならなかった。
失敗すれば、あの男たちの好きにされるだけだ。
こっそりと《水》を唱えて、口の中に直接水を出現させる。
今までは指先に水を出すしかできなかったのに、こんな芸当ができるようになったのは、魔道具作りのおかげだった。
(暁斗、大丈夫かな)
王太子は、勇者に女をあてがうと言っていたが、そんな事をしたら逆効果どころじゃない。
泰基から暁斗の過去話を聞いてから、何度心の中で謝っただろうか。
そんなつもりはなかった。凪沙は暁斗を助けるために、行動しただけだ。
それなのに、結果として、今も暁斗は苦しんでしまっている。
思い出すのは、暁斗が「頭を撫でて」と言ってきた時のこと。
サルマと一緒にお風呂に入ったときに、聞かれた。
「あれは、一体何だったの?」と。
聞かれてもリィカにだって分からない。やってほしいと請われて、受けてあげただけ。あの行為に違和感すらなかったのは、きっと凪沙の記憶があるからだ。
あの時の暁斗は、嬉しそうな顔をしていた。
そこで初めて、女性が苦手なはずの暁斗が、自分に対してそうした様子を全く見せていない事に気付いた。
(ごめんね)
暁斗が、みんなが足止めを食らっているのなら、それは自分のせいだ。
あの王太子が、自分の欲望のためだけにみんなを足止めしている。
王太子は、明日の夜目的を果たした後は自分をどうするんだろう。みんなが自分の状況を知っているとは考えにくい。であれば、口止めでもされた上で、勇者の出発に合わせて解放されるのだろうか。
みんなに余計な心配をかけたくないし、王太子たちの思う通りになってやるつもりもない。
怖くて震えそうになる体を、唇を噛みしめて堪える。
(絶対に、切り抜けてやる)
リィカは改めて決意を固めた。




