遭遇を狙って
同じく、その日の放課後。アレクの姿は馬車の中にあった。兄のアークバルト、婚約者のレーナニアも一緒だ。
その話を切り出したのは、アークバルトだった。
「それで、リィカ・クレールムの話は聞けたのか?」
その表情には好奇心がある。その横では、レーナニアも似たような顔をしていた。
ユーリが魔法の実技試験で一位を逃したことを、この二人もかなり驚いていた。そして、代わりに一位を取ったリィカへの興味も同時に湧いていたのは、アレクもすぐ分かった。
元々「リィカ・クレールム」の名前は知られていた。クレールム村で起きた魔物の大量発生。そのときに魔力暴走を起こしながらも、それをコントロールして魔物を全て倒したという少女の名前。
普通、暴走した魔力のコントロールなど不可能だ。暴走するままに、周囲を破壊し尽くす。魔力がなくなるまで止まることはなく、それにより街一つが壊滅したという話もあるほどだ。
その魔力を魔物にぶつけた。本人はこのままでは駄目だと思って、魔物にぶつけただけだと言っていたそうだが、それがつまりコントロールしたということだ。
その報告だけでも、魔法の才能はかなりあるのではないかと注目されていたが、さらに測定した魔力量がとんでもなかった。明確な数値として出るわけではないが、この国の魔法師団長よりも上だとの報告だったのだ。
魔法師団長の魔力量は、歴代でも上位を争うくらいに多い。だというのに、それを超えているという報告には、アレクの父親である国王も唖然としていた。
そんな少女が一位を取った。才能があるだろうと思われても、学園入学後のたった数ヶ月でそんな結果を叩きだせば驚愕もするし、さらに注目されることになる。アークバルトやレーナニアの好奇心も分かるというものだ。
とはいっても、二人も分かっているだろうが、聞いた話を勝手に話すわけにはいかない。適当にごまかしても、突っ込んで聞いてはこないだろうが。
「ええ、色々衝撃的な話が聞けました。ユーリだけは会いに行っていいと言われまして、今頃その女の子に会ってるんじゃないんでしょうか」
「へぇ、会っていいと言われたのか」
アークバルトが感心して、それはレーナニアも同様だ。
ただ本当に顔を見ただけで終わる可能性は高いだろうと、アレクは思う。おそらく自分のときと同様に、さっさと逃げ出すだろう。
(そういえば、兄上とも遭遇しているという話だったよな)
そのときの少女がリィカだなどと、兄は知らないのだろう。知っていれば、何か言うはずだ。アレクは少し躊躇ったが、口を開いた。本当は聞いては駄目なことなのだが、気になってしまう。
「あの、兄上もリィカ・クレールムと会ったことがあるらしい、とダスティン先生から伺ったんですが」
「「は?」」
アークバルトとレーナニアの声がハモった。何のことか分からないらしい兄に、やはりと思いながら、説明する。
「入学式の前、その子が貴族校舎に迷い込んでしまったところを、兄上が見つけて声をかけたらしいんですが」
「ん? ――ああ」
眉をひそめたアークバルトは、何かを思い出したように顔を上げた。
「もしかして、あのときの子か。平民が一人でいたから気になって声をかけたんだ。そうしたら『ごめんなさい』と叫んで逃げていった子がいたが」
「その子だと思います」
一応、謝罪の言葉は残していったのか、とアレクは思う。何も言わずに去っていった自分のときよりはマシかもしれない。
「どうも貴族が苦手なようです。俺も遭遇したことがあるんですけど、そのときも何も言わずに逃げていきましたし」
「――えっ! アレクシス殿下も会ってるんですか!?」
驚いたようなその反応は、レーナニアだ。少し過剰ではないかと思うくらいの驚き様だが、早々平民との遭遇などない学園で、王子が二人とも遭遇していれば驚くのも当然かと考え直す。
「はい。とはいっても、初めて出会ったときは少し話をしましたが、二度目は顔を見ただけで逃げられたので、あれを会ったと言えるのかは分かりませんけど」
苦笑して告げるが、レーナニアは目を見開いたまま無言。言ったのはアークバルトだ。
「アレクは二回も会ったのか。ちなみに、明るい栗色の髪と目の、可愛らしい女の子だったが、間違いないか?」
「違いないです。確かに、かなり可愛い部類に入る女の子ですよね」
アレクも頷く。同一人物であることに間違いはなさそうだ。
「少なくとも、あの顔で魔法をガンガン使うイメージは湧かないですね」
「そうだね。どちらかというと、後ろに下がっての後方支援というイメージだけど、実際はどうなんだ?」
「……どさくさに紛れて、聞いてこないで下さいよ」
魔法使いといっても色々なタイプがいるから、聞きたいのはそこなのだろうが、兄が関係する話以外はするつもりはない。すると、アークバルトは「駄目だったか」と笑った。
アレクは「まったく」と思いながら、そういえばレーナニアが何も話していないことに気付く。顔を見ると、何かに呆然としたままだ。
「レーナ、どうかした?」
アークバルトも気付いて、自らの婚約者に声をかけた。それに、レーナニアはハッとして見返して、すぐに笑顔を見せた。
「いえ、何でもありません、アーク様」
その何かをごまかすような笑みに、アークバルトもアレクも疑問を浮かべる。だが、そこでレーナニアの家であるヴィート公爵家に到着したことで、話は終了したのだった。
※ ※ ※
翌日、学園でアレクはさっそくユーリに聞いていた。
「で、会って話は出来たのか?」
「出来ませんよ。顔を見ただけで逃げてきましたよ」
かなり不機嫌に言い返された。「やはりな」としかアレクは思えない。
「おれもその子に会ってみてぇな」
「浮気でもする気ですか」
「しねぇって。なんでそうなるんだ。本当に機嫌悪ぃな」
バルが笑うと、ユーリはますます不機嫌になった。アレクも笑ってしまったが、そうしたらユーリに睨まれて、笑いを引っ込める。
「なんなら、平民用の練習場に行ってみるか? もしかしたら遭遇できるかもしれないぞ」
「面白そうだな。よし、行ってみっか」
「なんでそうお気楽なんですか。でも、なるほど。いい手かもしれないですね」
「……ユーリも行くのか」
会いにいくのは一回のみと言われても、偶然の遭遇まで制限はない。ダスティンに出された条件に抵触はしないだろうが、それは果たして良いんだろうかとも思う。
(普通に考えたら、そう簡単に遭遇しないだろうけどな)
そう思いつつ、その日の放課後から平民用の練習場へ足を伸ばした。実際、うるさい貴族たちがいないから、練習するのに快適なのだ。
アレクが思ったとおり、遭遇はなかった。自分たちも毎日のように練習場へ足を運べているわけではないし、練習場はいくつもあるから、どこかですれ違っている可能性は高い。
だから遭遇狙いというよりは、純粋に練習のために足を運び続けて、数ヶ月がたった頃。ユーリはいないその日、アレクとバルの二人で手合わせをしているとき。
そこに、一人の女の子が現れた。
※ ※ ※
(こんな場所で何やってるの!?)
リィカは悲鳴をあげていた。声に出さなかったことだけは良かった。
その練習場は、平民用の練習場の中でも大分奥まった場所にある。整備もあまりされていない、人気のない広場。
そんな場所に、有名人が二人もいた。
剣の実技試験で一位を取った二人。しかし、実は国レベルで見てもトップレベルらしいと最近知った。
クラスメイトたちが、この二人の手合わせを見てみたいと言っていることを知っている。しかし、手合わせしていることはほとんどないらしい、とも聞いた。
それがまさか、こんな場所で行われているなど、誰が想像するのか。
リィカは半ば現実逃避しながら、そんなことを考える。二人の打ち合いはすごいと思う。それ以上どう感想を言っていいか分からないが、とにかくすごい。
そう思いながら、手合わせを見てしまったことが失敗だった。ふと、剣の音が止まった。二人の視線がリィカを捉えている。
「…………っ!」
何も言葉が出てこない。顔がヒクッとなった。
結局、リィカは何も言えないまま、その場を逃げ去ったのだった。
(ごめんなさい~。でもこっち来ないでよ~)
またも遭遇してしまった有名人に、文句を言えたのは心の中だけだった。
※ ※ ※
「なるほど、あの子か」
「ああ」
バルの言ったことにアレクが頷く。
「ユーリを抜かして一位を取れるほどの、魔法の使い手には見えねぇな」
バルの、逃げられたことにはコメントしないそれに、アレクは笑って頷いたのだった。




