始まり
それはいつもと変わりない日だった。いつものように外へ出て、畑仕事の手伝いをしようと外へ出たとき。
リィカの目に映ったのは、大量の魔物だった。
それが何を意味するのか考えるより先に、リィカは恐慌状態に陥った。そんなリィカが、体の奥から噴き上がる何かに気付くはずもなく……。
(危ない! ダメだよ!)
頭に響いた声に、ハッと我に返った。そこからは無我夢中だった。何かすら分からない噴き上がってくるものを、とにかく魔物へとぶつける。そして気付けば魔物はいなくなっていた。
※ ※ ※
「その噴き上がってくるものは、魔力と呼ばれるものですよ。あなたは魔力暴走を起こしたんです」
それからどのくらいたったのか、呆然としていたリィカには分からなかったが、気付けば目の前に兵士がいた。何が起こったのかを聞かれるままに答えていったリィカに、兵士がそう言った。
最近、各地で起こっているらしい魔物の大量発生。
週一回、巡回で回ってくる兵士たちから注意を受けていたが、小さな村で暮らすリィカにとっては別世界の話だったのだ。つい先ほどまでは。
魔物の発生に備えて、軍の駐屯地があちこちにできた。それでも軍が駆けつけるまでには時間がかかる。報告を受けて最速で駆け付けても、被害がゼロなどあり得ないのに、軍が到着してみれば、村には魔物の大量の死体があるだけ。
事情聴取が行われた結果、リィカの前には兵士が立っていたのだ。
「リィカ・クレールムさん、あなたには国立の学園、アルカライズ学園に入学して頂きます。よろしいですね」
疑問形でもなく、確定事項として言った兵士の言葉に、リィカは首を横に傾げただけ。話が頭に入ってこない。呆然としたままのリィカに兵士は苦笑して、隣にいた母親に説明を始めていた。
※ ※ ※
魔力暴走とは、豊富な魔力を持つ人が大きな感情の起伏があったときに起こすもの。
リィカは多くの魔力を持ち、それが大量の魔物を見たときに大きな感情の起伏……つまりは恐怖によって、それを暴走させた。
魔力暴走は、ひどいときには街一つを滅ぼしてしまうこともあるほど。だからこそ、それを起こさないように学園へ通い、魔力の制御をできるようになりなさい、というのが兵士の説明だった。
「へぇー……」
「へぇーじゃないの。ちゃんと話くらい聞いていなさい」
兵士の話を聞いていなかったと言ったら、母が説明してくれたが、ついでに怒られた。だが、リィカは「そんなこと言われても」と思う。あれだけ頭が混乱していたのに、さらに外からの新しい情報など、受け入れる余地はなかった。
あの時、「危ない!」という声が頭に響いた瞬間、リィカの頭の中に突然違う記憶が入り込んできた。何のことだと言われても、そうとしか説明できない。
その記憶は、日本という国に住んでいた記憶。鈴木渚沙という名前の女性の記憶。頭に響いた声は、おそらくこの女性の声だとリィカは思う。
この記憶が何なのかはさっぱり分からない。日本とやらの記憶に照らし合わせるなら、前世とか生まれ変わりとか、そういったものなのか。
判断のしようもないけれど、とにかくその記憶にリィカは大混乱に陥っていた。兵士に説明できただけでも褒めてほしいくらいだと思う。
だが時間がたてば混乱も落ち着いてくる。日本の記憶も「変な記憶だな」程度の認識になる。そして、これまで育った小さな村では知りようもなかった様々な知識に、だんだんワクワクしてきた。
「魔法、かぁ」
これまでそんなものとは無縁だった。魔法というものがあることは知っているが、それを自分が使えるなど考えたこともなかった。
小説や漫画、アニメやゲームまで、ファンタジーが好きだった渚沙。そんな渚沙は、魔法が大好きだった。だが、リィカ自身がこれまで見る機会があった魔法は、ごく僅かな小さなものばかり。小さな村だから、それだけでも有り難いことなのだが。
色々なファンタジー関係の記憶が楽しくて、リィカは渚沙の記憶を辿っていく。同時に、その人生も垣間見えてくる。
(渚沙は旦那さんもいて子どももいたんだね。一緒になって楽しんでたみたいだけど)
渚沙の魔法関連の記憶を思い出すと、その隣にいつも一人の男性がいる。その人が渚沙の結婚相手だ。そして、もう一人いるのは赤ん坊。それが渚沙の子どもだ。
(――あれ?)
だが、そこで記憶が途切れた。赤ん坊の姿だけで、成長した姿が分からない。なぜ、と思ってすぐ分かった。
渚沙の最期の記憶。それは、自宅に押し入ってきた強盗から赤ん坊の子供を守ろうとして、刺された記憶だったからだ。