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ダイエット大団円

作者: 橋本たなか


「なにそれ!なんでそんなこと言うの!たっくんは私の事を本当には愛してないんだよ!」

「違うよ。そういうつもりで言ったんじゃないよ」

「だったらなに?たっくんは私の今の見た目にしか興味が無いんでしょ?だからそんなことが言えるんでしょ?そういう事でしょ!」

あぁ、どうしてこんなことになったのか。

元はと言えば、僕が変なことを口走ったからなんだけど、だからってそんなに怒ることないじゃないか。


僕の彼女、みいちゃんはとても美人だ。


切れ長だけど大きな瞳。スラリと整った鼻。棘のない薔薇のような唇。僕の掌くらいしかない小さな顔。手足は長く、くびれで桃尻。美人画から飛び出してきたような容姿。それがみいちゃん。


僕がみいちゃんを初めて見た時、彼女はもう美しかった。

僕がバイトをしていたファミレスの面接にやってきた2歳年下の大学生に、僕は一目で恋に落ちた。それは、周りの野郎共みんなそうだったと思う。

美しい容姿に合う、透き通った声を発して接客する姿は、ドラマか映画か絵画のワンシーンと似ていた。

彼女がそこにいるだけで、世界は華やぐ。そんな存在。

彼女目当てでやってくる客もバイト候補も増え、片田舎のファミレスでは有り得ないほどの売上だった。

全てはみいちゃんを彼女にしたいがため。

しかし、どれだけのイケメンにナンパされようと、芸能関係者がやってこようと、彼女は全く靡かなった。凛とした姿勢で断り続け、ただ黙々と仕事をこなした。

その姿に、どれ程の男の心が折れたのだろう。

僕もその一人だった。

しかし僕は彼女の指導係で、唯一彼女に自然と話しかけることが許されていた。そして彼女も、唯一僕には微笑んで答えてくれた。

勘違いしそうになることも沢山あった。その度に首を振って妄想をかき消した。

僕は、彼女の見た目以上に、彼女の心が好きだった。

「見た目だけだろ」と思ってはいけない。全てを懸命にこなし、一時もサボろうとかズルしようとすることはなく、遅刻もしない、仕事が終わったら速やかに退散する。飲み会にも行かず、欠勤することも1回もなかった。

真面目な良い子。

それにプラスして見た目が良かっただけなのだ。

想いは日に日に募っていった。

ある雨の日。

僕がバイトを辞めて就活に専念する前日。

彼女と閉店の作業をしていた時。

「今だ」

と思った。

「あの……好きです」

告白をした。

テーブルの拭き掃除をしていた彼女は、動きを止めて僕を見た。

「私も好きです」

「え」

「付き合ってください」

告白をされた。


僕らはそうやって付き合いはじめた。

お店の従業員、周りはみんなビックリしていた。

あれから5年、僕は公務員になり彼女はOL。

同居も始めた。

時は、着実に来はじめていた。

だから言ってしまったのだ。

「君をこれからも、変わらず愛し続ける」

と。

すると、みいちゃんは怒り狂ってしまった。

付き合い始めたころから、みいちゃんの怒りスイッチは変なところにあった。

まず、見た目の話をすると、さっきみたいに「見た目にしか興味がないのだ」とキレる。

なだめても「嘘をつくな」と僕を殴る。

それでも、僕はみいちゃんが好きで、好きでたまらない。

怒るみいちゃんをなだめることしかできないのは、とても不甲斐ない。

でも、僕は今日、覚悟を決めていた。


「みいちゃん、僕を叩くのを止めて。話をしたい」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!たっくんなんて大嫌いだ。別れてやる!私はこんなに可愛いんだから、彼氏なんてすぐにできるよ。たっくんなんて忘れちゃうんだから!」

「それは困るな」

フッー、フッーと猫のような息遣いをする彼女を抱きしめる。

「僕はみいちゃんが世界で一番好きだよ。そりゃみいちゃんはすごく可愛いけど、みいちゃんの良さは他にもたくさんあるんだよ」

「無いよ。私には見た目しかない。それで良いもん。顔が可愛くてスタイルが良かったら人は寄ってくるもん。それだけで良いもん」

みいちゃんは、自分の見た目を言われるのが嫌なくせに、一番自分の見た目を気にしている。

「みいちゃんがどんな姿に変わっても、僕は好きだよ」

そう言った僕を、みいちゃんは細い力で突き放した。

「それが嘘だって言ってるの」

「どうしてそう思うの?話してくれないと分からないよ。簡単に突き放さないでほしいよ」

「私、たっくんがいたバイトを始める前、何度もお客さんとして店に来てたの」

「そうなんだ……友達と?」

「ううん、1人。ハンバーグのセットとドリンクバー、食後にチョコレートケーキが私のお気に入り」

僕は頭を巡らせた。

彼女のような美少女が店に来たら、店内はパニックになるだろう。そして、もしそんなことが起こったら、忘れるわけが無い。

けれど、みいちゃんを思わせる人を見た事はなかった。その代わりに、彼女のお気に入りだというセットを注文して食べていた人の事を、よく覚えていた。

体格が良くて、貪るようにハンバーグを食べ、おかわり自由のご飯を3杯おかわりし、チョコレートケーキを三口で平らげてしまう人。

近くの高校の制服を着ていた女の子。

バイト生は「カビゴン」とあだ名をつけて呼んでいた。それぐらい、太っていた高校生。

「カビゴン」

彼女は囁いた。

「それが私」

その大喰いだった少女と今のみいちゃんの姿が結び付かず、僕は遠いところを見たまま固まった。

「そう呼ばれていることは知ってた。それでも、食べる事を止められなかった。食べていたら悪口なんて聞こえなくなるから」

彼女は俯いたまま話し続ける。

僕も、カビゴンと呼んで笑っていた。沢山料理を頼んでは綺麗に平らげていく姿は戦士のようで、面白かった。

「でも私、変わったの」

明るい顔になったみいちゃんは、僕をキラキラした顔で見つめた。

「ハニー&ハッピーっていう女性のアイドルグループを知ってる?」

コクリと頷いた。

歌って踊り、バラエティーにファッション誌のモデルと、多種多様に活躍する6人組のアイドルグループ。

「私、彼女たちが大好きで、地下アイドルの頃から追いかけてたの。彼女たちのダンスや歌をどこかに披露するわけでもないのに、懸命に覚えて真似をしたりなんてしてた」

彼女は過去の自分を呆れたように、しかし、どこか楽しそうに答えた。

「私が高校生で1番太っていた時、彼女たちの武道館ライブのチケットが当選した。とても嬉しくて、私なりの精一杯のお洒落をして行ったの」

僕は彼女から目を離さず、一音も逃さないように、じっと話を聞いた。

それに答えるように、みいちゃんも僕から眼を放そうとはしなかった。綺麗な大きな瞳に僕の姿が映る。

「武道館に着いた時、私は驚いた。周りのハニハピファンに。とても可愛くて、とても愛らしい。まるでハニハピの生き写しかのような女性たちが沢山いたの。驚いたのと同時に私は自分の体型がとても恥ずかしく思った。前々からクラスの男子や女子や周りの知らない人たちがコソコソ私の体型について話しているのは知ってたけど、気にしたことはなかった。どうでもよかった。見た目を気にする奴らなんて知っちこっちゃなかった。でも、私自身が自分の醜さに気づいてしまった。とても素晴らしいライブのはずだったのに、私はずっと自分の顔を手で覆ってた。顔を上げて彼女たちの顔を直視出来なかった。手を振って飛び跳ねて、彼女たちの最高のステージの一瞬になりたかったのに、見ることさえおこがましかった。ライブを終えた後、家に帰るまで、私は自分の容姿を隠したくて消えたくて仕方なかった」

みいちゃんの瞳に光る涙が溜まっていく。

僕は彼女の太っていた時を思い出していたが、そんなに追い詰める程だったか。笑うと目が無くなるのが可愛かったなと思い出した。

「だから、絶対に痩せて彼女たちに相応しい女性になるって決めた。そして私のダイエット生活が始まった。野菜中心の食生活、毎日1時間のウォーキング、そして全力でハニハピの曲を踊る。最初はとても苦しかったけど、彼女たちの映像を見ると勇気が湧いてきた」

みいちゃんの頬に一筋の線が生まれた。

「1年後、ダイエットを成功させた私はあの忌まわしいお店に戻ったの。誰もあの時のカビゴンだなんて気づかなかったけど。どう?あの時皆で嘲笑っていたカビゴンだよ?また、笑うの?」

涙を流しながら、みいちゃんは笑った。

「笑わない」

しっかりと眼を見て、真っ直ぐに伝えた。

「君の努力を、笑うことはしない」

「嘘」

「僕は君が好きだから、君の過去を笑ったりなんてしないよ」

「見た目が好きなんでしょ?みんなそうだもん」

「君の見た目は、みんな好きだよ」

彼女は林檎のように赤くなった。

可愛いな。

「でも、どうして僕に過去を話してくれたの?」

「たっくんが、私の初恋だったから」

驚いた。

「私に料理を運んでくる人はたっくんだけで、いつもありがとうございますって言ってくれたのが嬉しくて……だから、私の過去を思い出してほしかった……の、かも」

なんて可愛い子なんだろう。

なんて愛らしい女の子なんだろう。

「カビゴンって呼んで傷つけたこと、謝る。ごめんなさい。でも、太っていたみいちゃんも可愛かったよ」

「それは、今の私が痩せて可愛いからそう思うんだよ。太ったら私のことなんて捨てるんでしょ」

泣きじゃくらず、静かに涙を流すみいちゃん。

君は一体、どれだけの思いをしたんだろう。

「どんな君が過去や未来にいたとしても、僕は君が好きだよ。あの時の君も含めて、僕は君を愛してるよ」

「信じていいの?」

細く、震える声で答えた。

大きく頷いた僕を見て、みいちゃんはようやく、声をあげて泣いた。

僕を殴った傷の分だけ、みいちゃんにも傷があるのだろう。きっとそれ以上かもしれない。

「みいちゃん、僕と結婚してほしい」

今日、僕はみいちゃんにプロポーズをする予定だった。

まさか過去の話を聞いたりするなんて思っていなかったけど。

「いいの?私、きっとまたヒステリックになるよ?もしかしたらリバウンドするかも。前以上の体形になるかも」

「健康だったらそれで良いよ。僕も禿げるかもしれないし、汚いオジサンになるかもしれない」

みいちゃんは「それは嫌だなあ」と言って笑った。

「でも、見てみたいな。たっくんのオジサン姿。そんでたっくんにも、私が変わっていくところ、見ていてほしいな」

僕も同じだ。

だから、プロポーズをしたんだ。

あらかじめ用意をしていた指輪をみいちゃんの指にはめた。

キラキラ光る左手の薬指を見つめ、みいちゃんは嬉しそうだった。


その夜、太ったみいちゃんと禿げてお腹の出ている僕が、アルバイト先だったファミレスで料理を食べている夢を見た。

今とあまり変わらない幸せが、そこにはあった。



太っていた女の子が推しの為にダイエットを成功させて美少女になったという所は、知り合いのダイエット経験者の話を元にしています。

推しの力はすごいですね。

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