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君のオリオン座になりたい  作者: 河彗ツキ
7/12

6.兄弟

その夜、パンケーキを食べたあと僕は依弦を誘い、依弦は我が家に夕食を食べに来た。


母さんは大喜びで、「こんな可愛い娘欲しかったわ〜」と仲良く2人並んでキッチンに立った。

意外にも依弦は料理は得意なようで、進んで夕食の準備を手伝っていた。

兄さんも暫くのうちは家に居るみたいで、皆で料理を囲んでワイワイと夕食を共にした。

だがやはり僕達は放課後パンケーキを食べてきたせいで思った以上に食べられなくて、母さんに少しだけ2人とも注意されてしまった。


2人で顔を見合わせてクスリと笑う。




ふと、誰もいない家で一人、味気なく寂しそうにご飯を食べる依弦を想像して、目の前で楽しそうに兄さんや母さんと話す依弦を見つめた。

少しは楽しんで貰えているだろうか、自分の家で過ごすより楽で居てくれるといいのに、と願った。


依弦のお父さんは1度仕事に出ると暫くの間帰って来ないらしい。

あの傷ついた依弦を見ずに済む事、依弦が辛い思いをしなくていい事に心底ホッとした。




ーーー



その日、クリスマスも目前に控え、僕は財布と話をしていた。

バイトをしていないのであまりお金に余裕はなく、財布の中身は潤う事はそうそう無い。


「どうしようか・・・クリスマスプレゼント買おうにも何を買えば・・・いや、そもそも女の子へのプレゼントっていくらくらい必要なんだろう・・・」


財布の中を見つめて一人部屋でブツブツ呟く。

澄元に相談してみるか・・・?

いやアイツは女にきっと疎い。

女の子へのクリスマスプレゼントについて相談なんてしたら下手すると澄元は発狂しながら絶命しかねない。

親友の情けない死なんか見届けたくない。

友達なんて呼べるものは澄元以外居らず、他に頼れそうな人も居ない、服装も何を着ていけばいいかイマイチピンと来ないし頭を悩ませていた。


「くそ、最終手段だな・・・」



ーーー



「いや〜、蒼月と買い物なんて何年ぶりだろうな!?昔一緒にスーパーにおつかい行ったっきりじゃないか?」


僕は最終手段、兄さんを召喚した。

出来れば頼りたくはなかったけれど、悔しくも女の子が喜ぶ物や喜ぶ事なら人並み以上に分かるはず。

今回ばかりは兄さんを頼るのが一番のようだ。


「んで、何を買いに行くんだ?」


「・・・クリスマスプレゼント・・・一緒に選んでほしい」


「お!?おぉ!?依弦ちゃんか!クリスマス一緒に過ごすのか!?」


「依弦ちゃんって呼ぶな!・・・そーだよ!」


やっぱりこうやって冷やかしてくるのが見え見えだったのだ。だから少し気が引けていた。

そんな僕の心情などいざ知らず兄さんは嬉しそうに僕の頭をぐしゃっと撫でた。


僕達は街に出て女の子が好きそうな、キラキラ、フワフワ、シャランとしたお店が並ぶ通りに来た。


「・・・いや、これは入りにくいね、兄さん」


「そうか?別になんて事ないだろ」


そう言うと兄さんは躊躇うこと無く店内へ消えていった。

兄さんと一緒とはいえ、こういう店には入った事がないしハードルが高すぎる。

だがそんな事を言っている暇はない。

男として使命を果たさなければいけない。

意を決して兄さんのあとを追う。


「いくらくらいで考えてるんだ?」


「実は何を買えばいいかも分からなくて・・・あまり予算がないから5000円くらいで考えてる」


「依弦ちゃんどんなのが好きなんだ?」


「いや、イマイチ分かんないんだよ・・・」


「まじかよ・・・。リサーチくらいしておけよ。基本だろ!もし依弦ちゃんが貰っても嬉しくないもの買ってプレゼントしてみろ!愛想笑いでお礼言われるだけだぞ!あれは相当くる!キツいんだよ!」


「ごめんってば・・・でも星が好きなのは知ってる」


「星なぁ・・・」


兄さんと話し合いながら何店舗か歩き回っていた。


「あ・・・見て兄さん、これとか、どう?」

「お、可愛いバレッタじゃん、いいんじゃないか?」


僕が手に取ったのはバレッタというやつらしい。

曇ったような青色に金色で星座が描かれている。

見た瞬間、なんだか依弦っぽいなと思った。

これを付けてる依弦を想像して、付けてくれたら嬉しい、きっと凄く似合うだろうなんて考えて、一人口元を緩めていた。


バレッタを包装してもらい、それだけじゃ味気ないという兄さんのアドバイスに促され、暖かそうな、もこもことした素材のマフラーも購入した。

少し予算は過ぎたけれど依弦が喜んでくれるのなら何でもいい。


兄さんに付き合ってもらったお礼がしたいとアイスを奢ろうとしたが、この寒い中兄貴にアイスを食べさせるなんて鬼畜だと言われ、そのまま僕達は家に戻ることにした。


「そういえば兄さん、僕がマフラー探して選んで買ってる間姿が見えなかったけど、何処に行ってたの?」


「あー、クリスマスプレゼント選び」


「なんだよ兄さんもクリスマス結局女の人と過ごすのか・・・」


僕が呆れて笑っていると目の前が真っ白になった。


「ほれ、クリスマスプレゼントだ」


「えっ・・・」


兄さんは手に持っていた真っ白の大きい紙袋を僕に手渡してきた。


「これ・・・」


「お前どうせクリスマスの服とか悩んでたんだろ?でもプレゼントで金無くなっただろうから服一式良さげなの買ってきたんだよ、だからそれ来てクリスマスデートして来い!」


正直、驚いた。

兄さんがこんな事するなんて思っても居なかった。こんな事が出来るのかと少し尊敬して、そして凄く嬉しかった。

兄さんから何かを貰うのは初めてだった。


「兄さん、ありがとう、大事に着るよ」


「おうよ」



家に帰ったら早速着てみよう。

素敵なプレゼントも買えて兄さんから服をプレゼントされて、当日が待ち遠しくなる。

今年のクリスマスは凄く楽しみなものになっていた。




去年まで不仲だった事を忘れて、僕は兄さんと一緒に母さんの待つ家に帰った。




ーーー


ーーー



『ご愁傷様です。』

『この度はお忙しい中ーーー。』


既に何度も耳にし、聞き飽きた言葉だ。

母さんはせわしなく動き回り、来てくれた親戚や父さんの会社の人、友人に挨拶をし回っている。




ーー昨日の夜、父さんが死んだ。



急性の心筋梗塞だった。




夜中に大きな物音がして少しして母さんの悲鳴が家中に響き渡り、僕が父さんと母さんの寝室に駆けつけると、父さんは部屋でベッドから落ちて酷くもがき苦しんで、虚ろな目で僕達を見て息を引き取った。

母さんは倒れる父さんに抱きつき、父さんの名前をずっと呼んでいた。


初めて目の前で人が死んだ瞬間だった。


母さんはパニックに陥り、僕は慌てて救急車を呼んだが既に遅く、父さんの遺体が運ばれてから、母さんは言葉も発せないほどぐちゃぐちゃに泣いていた。母さんが泣き崩れるところを見るのも初めてだった。

人の唇はこんなに震えるものか、と母さんを見つめた。

母さんはこんなに泣いているのに嫌に家の中は静かで、僕は怖いくらい冷静だった。


僕はその日、父さんが死んだという実感が湧かず、涙を流すことが出来なくて、ひたすら母さんの小さくなった背中を見つめていた。



寝ずに泣いた母さんは次の日まるで何事も無かったかのように、目を真っ赤にして父さんの葬式の連絡や書類の整理をした。

父さんが居なくなって、僕はまだその事実に追いつけず、母さんの父さんの死を悲しむ時間はあまりに短く、相続税、葬式の資金、他にも沢山書類を提出しなくてはならなくなった。

人が死ぬのは余りにも一瞬で、だがそれを感じる猶予は与えられなかった。

悲しむ暇もくれず、一番辛い母さんは書類にずっと向かっている。

そんな背中を僕はぼうっと見つめていた。


ーー


母さんはきっと平然としていられないくらい辛いはずだ。それなのに葬式当日、悲しむ暇もなく動き回らなくてはいけない、その、葬式という空間が嫌になってしまう。


『可哀想に、お父さんをこんなに早く亡くして。』

『辛いわね、可哀想に。』


可哀想。可哀想。可哀想。

うるさい。うるさい。

聞き飽きたんだ、何も言わないでくれ。


可哀想?何が?

何故同情されて、綺麗事を並べられるのか。

偽善紛いな同情の目、父さんの貯金に目を光らせる親戚達、上っ面だけの綺麗事。

何もかもが嫌になる。


父さんが死んで、僕は大人たちから「可哀想な子」扱いをされた。




白い布を纏って、沢山の花が周りに飾られて、横たわる父さんの真っ白な顔を見た。

今にも名前を呼んでくれそうな口元。

起き上がりそうな気がしてならない。


火葬場に移り、いよいよ父さんの身体が骨となる時、父さんの入った台がいよいよ火葬されるとなってようやく僕は本当に父さんが居なくなると実感した。


『父さん!嫌だ父さん帰ってきてよ!おはようって言って起きてよ!父さんを燃やさないで!嫌だぁ!』


実感した途端、僕は父さんの入った棺に向かって泣き叫んだ。

母さんは僕を抱きしめ、肩を震わせていた。

親戚、父さんの会社の人のすすり泣く声も聞こえる。


父さんは優しく、皆に愛されるひとだった。

誰もがその死を悲しんだ、筈だった。


嘉月(カツキ)君は式に来ないのかしら。』

『本当、見当たらないわね。』


母さんは、父さんが死んだ夜、泣きじゃくりながら兄さんに電話した。

葬式の日付も時間も伝えた。

けれど兄さんはその日からもう何日も経ってるのに飛んできやすらしなかった。

兄さんは、父さんなんてどうでも良かったのだろうか。


そして火葬が終わり、遺骨の周りに父さんの好きだったお酒やおつまみ、お花を供えた。

するとふと場がざわついた。


『・・・母さん、蒼月・・・・・・父さん。』


ーー喪服姿の兄さんが息を切らして現れた。


『・・・父さん、すぐ行ってあげれなくてごめんな。』


そう告げてそっと花を添えた。


そして僕と泣いてる母さんのところに来て、しゃがんで母さんの背中をさすった。



兄さんの曇った顔を見る。

目には、涙なんて1粒も無かった。




『なんで、なんで・・・!そんな平然としてるんだよ!父さんが、父さんが死んだのに!今になってやっと来て・・・!涙の1つも見せないなんて、兄さんにとって、父さんの死はそんなもんなのかよ!』


兄さんが許せなかった。

立ち上がって鬼気迫る勢いで兄さんに怒鳴った。


誰もが黙って、ツンと張り詰めた空気で僕達に視線を送る。

兄さんは力なく笑った。




ーーー僕は兄さんが大嫌いだった。






ーーーーー






「・・・。」


懐かしい夢を見た。

僕は今でもあの3年前のことを覚えている。


あの後、兄さんと僕は一言も喋る事もなく式を終え、出ていった。


兄さんは高校卒業してから家を出ていった。

そこから滅多に会うこともなく、僕自身を兄さんを避けていた。

だから今、兄さんと過ごしているのも不思議で、普通に話している事も不思議だ。


だけどあの時の兄さんの心境は未だに分からないし、理解しようとも思えない。




「・・・依弦・・・。」





ぼそっと名前を口にした。




何故か、顔をみたい、会いたい、笑いかけて欲しい、そう思った。




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