9話 同居人達
「だから言っとるじゃろう! 全員が一度に出たらは綾人達を驚かせてしまうんじゃ! ワシがいいと言うまでそこで待っとれ!」
ぬらりひょんは大きな音をたてながら馬車の扉を閉める。
すると親しい者が現れたからか、ようやく半蔵とサキが復活した。
「ひょん爺、一体どういうことでござるか!?」
「こんなに大きいイタチさんは見たことがないの!」
「やっぱり驚いておったか……。すまんのう、驚かさんように離れたところに降りるはずじゃったんじゃが、皆が言うことを聞いてくれんでのう……」
ぬらりひょんは頭を下げた。
それに対してサキと半蔵が答える。
「ううん! 驚いたけど大丈夫なの!」
「ひょん爺から同居人のことは聞いていたでござるからな。驚きこそすれ、怖くないでござる!」
「そうかい、それは良かったわい」
ホッと安心した様子のぬらりひょん。
そんな彼に半蔵が質問した。
「それより急に同居人を連れてどうしたでござるか?」
「実は皆が綾斗の料理を思う存分食べたいと言い出してのう……。必死に止めたんじゃが……」
そう言われた綾斗は思っていた以上に料理が好評で驚いた。
しかしそこまで言われると悪い気分ではない。
笑みを浮かべながら口を開く。
「それなら今日は一緒に食うか? 半蔵がキジを三匹取ってきてくれたし、食材は足りるはずだ」
「それはありがたいのう。わしらもお土産の料理をたんまりと馬車に載せてきたし、そうさせてもらうかのう。じゃがその前に他の同居人達も紹介させてくれ」
「なんだ、まだいたのか。構わないぞ」
ぬらりひょんは馬車に向かって声をかける。
「おーい! 一人だけ出てきていいぞい!」
すると馬車の中が騒がしくなった。
どうやら誰が一番先に出るか揉めているようだ。
じゃんけんをしている声が聞こえてくる。
やがて扉が開き、中から妖怪が現れた。
「紹介するぞい。一反木綿じゃ」
「こんにちわぁ。よろしくねぇ」
かわいらしい口調に反した野太い声に綾斗と半蔵は思わず顔を引きつらせた。
「こやつは派手好きじゃが、服飾や布作りの達人でもあるんじゃ。ワシが着とる着物もこやつが作っとる。もん君と呼んでやってくれ」
すると一反木綿が体をピンと張り、大声を出した。
「もんちゃんって呼べや、このジジイ!」
しかしぬらりひょんは、まるでいつもの事だと言わんばかりに取り合わない。
彼は一反木綿を無視して次の同居人を呼び出した。
馬車の扉が開かれ、中から新たな妖怪が出てくる。
「こやつは、ぬりかべじゃ」
「よろしくなあ、スットコドッコイ!」
「口癖はスットコドッコイじゃ。悪気はないから気にしてやらんでくれ。あと建築の達人じゃ。ワシの家の修理や管理をしてくれておる」
「そうだぜい! 特に壁作りには命かけてんだ、スットコドッコイ!」
するとぬりかべの目が、綾斗が作った壁に向いた。
「なんだこりゃあ? まさか壁じゃねえだろうなあ、スットコドッコイ!」
壁に駆け寄るぬりかべを見ながらどう答えたものかと考える綾斗。
壁に拘るぬりかべに、それは壁だ、と答えたら何を言われるか分からない。
しかし建築の達人相手に嘘をつくのもためらわれたため、正直に答える事にした。
「あー、それは風除けの壁だ」
その瞬間、ぬりかべが怒声を撒き散らし、拳を振り上げた。
「これが壁だってのかあ!? こんなもの、こうしてやるってんだ、スットコドッコイ!」
「やめるんじゃ!」
ぬらりひょんが咄嗟に静止の声を出す。
しかしぬりかべはそれに構わず拳を振り下ろした。
轟音と共にあっけなく壁が大破する。
それを見て綾斗達は口をあけて固まった。
(おいおい、あの壁は俺が全力で蹴っても壊れないほど頑丈に作ったんだぞ……。なのに何だあのパワー……)
怒りなど一切感じることなく、むしろ驚きのほうが強い。
するとぬらりひょんが怒鳴り声を出した。
「こりゃ、ぬりかべ! なんてことをしたんじゃ!」
「ふん! こんなのを壁とは言わねえってんだい! 俺ぁが本物の壁を、いや家を丸ごと作ってやるよお、スットコドッコイ!」
そう言うとぬりかべは鼻息を荒くしながら川の向こう側の森に向かっていった。
その後姿を見ながらぬらりひょんはため息をつく。
「はあ。ああなったぬりかべはもう止められんわい。すまんのう、綾斗。せっかく作った壁をあやつが壊してしもうて」
「ああ、驚きはしたが構わない。それに代わりに建築の達人が家を作ってくれるんだろ? 逆に申し訳ないくらいだ」
「それは良かったわい。あやつも変わり者じゃが根はいい奴なんじゃ。りかちゃんと呼んでやってくれ」
それを聞いて綾斗と半蔵はまたもや顔を引きつらせてた。
(“ぬりかべ”の真ん中の二文字を取るとは微妙な……。しかもあの男顔でちゃん呼びはちょっと無理があるだろ……)
しかしぬらりひょんはそんな彼らの反応に気づかずに口を開いた。
「じゃ、次の同居人を紹介するかの」
ぬらりひょんが馬車に声をかけると新たに妖怪が出てきた。
「こやつは一本だたらじゃ。鍛冶の達人でたいていの物はなんでも作ってくれるぞい。常に鍛冶道具を背負っておる変わり者じゃがな。ぽん太郎と呼んでやってくれ」
「……よろしくのお」
腕を組んでそう言う一本だたら。
その雰囲気に当てられ、綾斗と半蔵は声も出せない。
サキに至っては声も上げれずに涙目になって綾斗の後ろに隠れていた。
すると一本だたらはサキに目を向け、しゃがみこんで手のひらを差し出す。
「……ほれ」
するとサキは体を大きく震わせた。
しかし一本だたらの手のひらの上に乗っているものを見ると、震えが一瞬で吹き飛んだ。
「わあ! 綺麗な髪飾りなの! もしかしてもらっていいの!?」
「……うむ」
「ありがとうなの、ぽん太郎おじいちゃん!」
「……次はもっと綺麗なのを作ってやるけんのう」
そういってゆっくりとサキの頭に手を伸ばし、撫でる。
するとサキは気持ち良さそうに目を細めた。
「ほっほっほ。一本だたらは相変わらず子供好きじゃのう。さて、次で最後じゃ」
ぬらりひょんがそう言うと馬車の扉が勢い良く開かれた。
「待ってたんだな! やっとおいらの番なんだな!」
「こやつは河童じゃ。泳ぎの達人でな、魚や貝を採ってくるのが上手いんじゃ。かぱ蔵と呼んでやってくれ」
「よろしくなんだな!」
河童はそう言いながらもずっと両手をお盆に乗せ、満遍なくさすっている。
「じゃがこやつ、大の悪戯好きなんじゃ。気をつけるんじゃぞ」
「ひょん爺、余計な事は言わないでほしいんだな」
「うっさいわい。後は頭のお盆が濡れていないと落ち着かないらしくての。手のひらから出る粘液を常に頭にぬって乾燥を防いでおる。まあ要するにこやつも変わり者じゃ」
「一言余計なんだな」
ぬらりひょんは綾斗達に改めて向き直った。
「さて、これで全員じゃ。三人とも、改めてよろしくのう」
そういってぬらりひょんが丁寧に頭を下げる。
それに続いて他の妖怪達もそれぞれ、よろしく、といいながら頭を下げた。
その日は宴会となった。
綾斗は存分に腕を振るい、妖怪達を大変満足させた。
人と妖怪という奇妙な宴会は不思議と大いに盛り上がり、皆を仲良くさせた。
●五平と侍視点
月が隠れ、一寸先も見えぬ夜。
五平の下に六人の侍がやってきた。
彼らは五平の家に勝手に上がりこむ。
家の奥から出てきた五平は驚き目を見開いた。
「え、御侍様!? 一体どうしたのですか!?」
「しばらく厄介になるぞ。詳細はこの手紙に書いてある」
そういって侍は五平に押し付けるように手紙を渡し、まるで我が家のように家の中を歩いていった。
五平は一体なにがなにやら分からずに首をかしげながら手紙を読む。
すると彼の表情が見る見るうちに怒りに変わった。
(金は払わないだと!? ふざけるな!)
激昂する五平。
しかし家には侍がいるため、怒鳴りたくてもできない。
更に手紙を読み進めていく。
(また村人を捨てろだと!? それも一人じゃなくて今度は三人!? 三週間前にサキを捨てたばかりなのにどういうことだ! このままでは、村人がいなくなってしまうじゃないか!)
思わず手紙を床に叩きつけて何度も踏みつける。
しかしやがて冷静になったのか、彼はその場でため息をついた。
(金は入ってこないし、家には突然侍がやってくるし、挙句の果てには村人が更に減るし。踏んだり蹴ったりだ。だが倉之助殿に逆らうわけにもいかないから、やるしかない)
そうして今一度彼はため息を吐いた。
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