8話 かまいたち
「平家の落人がこの地に隠した小判を見つけることだ」
綾斗に疑問の目が一斉に向けられる。
彼は桃を一口かじって飲み込むと、口を開いた。
「なんでも平家の姫がこの地に逃げてきて、ツツジの木の下に小判が詰まった箱を埋めたらしい。俺はそれをなんとしても見つけなきゃならないんだ。ひょん爺は600年前からこの地にいたんだろ? 心当たりはないか?」
この時代から見て600年前というと平安時代中期だ。
そして平家が滅亡したのは同時代の後期であるから、小判が埋められたときにはぬらりひょんはこの地にいたことになる。
しかしぬらりひょんは首を捻った。
「うーむ、そう言われてものう……。この辺りは元々ツツジがたくさん生えとるし、そもそもワシはこの辺りに来たのは久しぶりじゃし……。すまんのう、わからんわい」
「そうか……」
ぬらりひょんが帰って行った後、彼らの心が正常に戻る。
話題は自然とぬらりひょんが人食い妖怪なのかどうかということになった。
「な、ぬらりひょんは人食い妖怪じゃなかっただろ?」
綾斗が笑顔でそう言うとサキが大きく頷く。
「うん! 良かったの!」
対して半蔵は反対のことを言った。
「しかし嘘という可能性もあるでござる」
「まあ、たしかにな。だがそれを言っちゃお終いだろ」
「そうでござるな……」
「どうせ俺らはここから動けないんだ。腹を括ることにしようぜ」
そう言って綾斗は食器を片付け始める。
彼の心の中にぬらりひょんが言っていた気のいい同居人と会ってみたいという思いが湧き出てきたが、それが思わぬ形で実現することになろうとはこの時は思ってもみなかった。
◆ぬらりひょん視点
ぬらりひょんが館に帰ると、同居人達から一斉に野次が飛んできた。
「ひょん爺、おせえよ!」
そう言ったのは、かまいたちの長男であるダイキチだ。
黒の体毛に覆われた体は熊程もあり、額に大きな傷跡がある。
ぬらりひょんはその言葉に憤慨した。
「なんじゃと!? これでもワシ、全力で走ってきたんじゃぞ!?」
すると白の体毛に包まれた、大型犬程の大きさのダイキチの妹が口を開いた。
「それがどうしたのさ! あたし達はひょん爺と違ってお腹いっぱい食べられないんだよ!」
その言葉を聞いてぬらりひょんはすぐさま口を開いた。
「安心せい。今回は綾斗がお土産の分も作ってくれたからのう」
妖怪達が色めき立った。
ぬらりひょんが彼らの皿にそれぞれ均等に料理を配る。
するとどういうわけか喧嘩が勃発した。
ダイキチの妹が河童の皿を見て口を開く。
「あら、あんたの方が少し肉が大きいんじゃないかい?」
「けけけ、気のせいなんだな」
すると、中型犬程の茶色い体毛をした、かまいたち三兄弟の末っ子が河童の耳元に近寄り、牙を剥き出して声を発した。
「姉さんと皿を交代しろ」
「ひぃ! 怖いんだな! だけど絶対に交代はしないんだな!」
意地でも交換しようとしない河童に交換させようとするかまいたちの末っ子。
それをぬらりひょんが必死に宥める。
すると一反木綿がいい事を思いついたと口にした。
「皆でひょん爺が言っていた綾斗ちゃん達のところに行けばいいんじゃない? そして彼に皆の分を作ってもらうの!」
それを聞いた妖怪達は名案だと口々に言う。
しかしぬらりひょんがすかさず口を開いた。
「そ、それはだめじゃ! 綾斗達に迷惑がかかってしまうわい!」
◆●???視点
江戸にある大きな屋敷の部屋から薄っすらとしたろうそくの明かりが廊下に漏れていた。
そんな中、三人の侍が立っている目の前に一人の商人が尊大な態度で座っていた。
本来侍の方が身分が高いため商人がそのような態度をするのはおかしいにも程があるのだが、侍達はその商人に逆らえないのか何も言わない。
商人が口を開いた。
「で? 回収できずに、お前達はここまでのこのこと帰ってきたと?」
一人の侍が口を開く。
「俺達は森の中をくまなく探した。だが捨て人の少女はいなかったんだ」
「おいおい、だからって簡単に諦めるなよ。何度も言うが、お前達の首なんか一瞬で飛ばせるんだぞ」
そういって商人はキセルをふかす。
そして再び言葉を発した。
「まあいい。もう一度五平の奴に手紙を出す。今度は一人じゃなくて三人だ。頭数を増やすからその手紙と一緒にお前達も再び津藩へ行ってこい」
そう言って商人は紙を取り出し筆を走らせた。
●綾斗視点
翌日からも綾斗達はそれぞれ分担して精力的に働いた。
半蔵とハチは鳥を捕まえることが上手くなり、時々両手にキジを持つことがある。
サキは野草の種類を覚え、綾斗にスマートバンドを借りなくなった。
綾斗は木材を集め終え、万能工具を使って加工まで終えた。
そしてこの数日間、毎日ぬらりひょんが夕食の席にいた。
「どうも同居人達が綾斗の料理を気に入ったようでの。お前さんの料理を持って帰ってこいと煩いんじゃ……。普段なら誰か一人の料理を気に入るなんてことはないんじゃがのう……」
「そこまで喜んでくれてるのか。嬉しいよ」
「じゃが毎日帰ったら料理の配分を巡って揉めるのはのう……。少しでも量が違うとすーぐ喧嘩が始まるんじゃ。満足するまで食べたいからここに来るとか言い出しての。迷惑になるから止めるよう言って宥めておるが、大変じゃわい」
三人はいつしかぬらりひょんの事や、彼の愚痴を聞くようになり、気心が知れた仲になっていた。
綾斗達も自分たちがどうしてここに来たのか打ち明け、ぬらりひょんが帰っても警戒心や恐怖心を浮かべなくなった。
既にぬらりひょん達が人食い妖怪ではないか? という疑念も無くなっている。
そんな夏の終わりの夕方。
「よっし、壁の完成だ! これで風を防げるぞ!」
「凄いの! これで地面の下で寝る生活が終わるの!」
「これまでは風を防ぐために穴を掘ってその上に布を被せて寝てたからなあ……」
綾斗が作ったのは木材を重ねて蔓で縛り、固定した簡素な壁だ。
それが三枚、囲むように置いてある。
後はブルーシートで蓋をするだけで家の出来上がりである。
「スマートバンドで調べたらもっと本格的な家の作り方が出てきたんだが、なにせ人手が足りないからなあ」
「それでもあたしはこれで充分なの!」
するとハチがやってきた。
「お、今日も狩れたのか?」
「わん!」
「へえ、すげえじゃねえか。それじゃあ川に行くか」
二人と一匹は揃って川に行く。
すると半蔵が綾人達の足音に気づくと素早く顔を上げた。
「ふっふっふっ。やっと来たでござるな? これを見るでござる!」
半蔵が両手を勢い良く川から出すと、そこにはキジが三匹いた。
それを見た綾斗とサキは尊敬のまなざしを向ける。
「おお! すげえじゃねえか!」
「すごーいなの! 今までで一番多いの!」
思わず拍手をする二人。
それに対して胸を逸らす半蔵と得意気な様子のハチ。
「そうでござろう? そうでござろう?」
「わふっ」
すると一陣の強い風が吹いた。
その直後に堅いものが地面を転がる音が聞こえてくる。
そちらに目を向けると一匹の巨大なイタチが体の倍もある馬車を引いており、そのすぐ傍を二匹のイタチが走っていた。
三匹とも尻尾が鎌の様に鋭く尖っている。
するとイタチ達は綾人達の傍に止まった。
一番大きなイタチが声を上げる。
「おう、お前らが綾斗達か! 俺達はひょん爺の同居人だ!」
それに続いて中くらいのイタチと一番小さいイタチも声をかける。
「いつもあたし達の分まで作ってくれてたんだって? どれも美味しい料理だったよ、ありがとね!」
「あ、ありがとうございます!」
話しかけられた綾斗はそこでようやく驚愕から立ち直る。
ぬらりひょんの同居人と聞き、親近感が沸いたためだ。
一方でサキと半蔵は驚きから抜けきらないのか、未だに放心している。
「ああ、喜んでくれて良かったよ。確認するが、お前らはかまいたちか?」
すると一番大きなかまいたちが答えた。
「そうだぜ! 俺はダイキチだ! 主にひょん爺の運搬をしてるぜ!」
「そうか。俺は綾斗、そしてこっちで口を開けて固まってるのがサキと半蔵だ。よろしくな」
「おう、よろしくな!」
次に二番目に大きいイタチが口を開く。
「あたしはチュウキチって呼ばれてるよ。勘違いするかもしれないけど、あたいはメスだ。まあ、名前なんて誰だか分かればいいから何でもいいんだけどね。あと小物作りが得意だから、木工細工を担当してるんだ」
「へぇ、白くて綺麗な毛並みだな。よろしく、チュウキチ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。よろしくね」
そうして言葉を交わした後、綾斗は一番小さなイタチに目を向ける。
(ダイキチ、チュウキチと来たから、こいつはショウキチか?)
するとショウキチという名前だと思われるかまいたちが口を開いた。
「僕はキチ」
(そっちだったか)
思わず口に出そうになった言葉を飲み込む。
綾斗はなるべくその思いが顔に出ないように口を開いた。
「キチか。よろしく」
「……」
綾斗が挨拶してもキチからの返事は無く、代わりに近寄ってきた。
そして牙を剥き出し、ゾッとするほど冷たい声で囁く。
「次、姉さんに色目使ったら殺す」
「こらキチ、止めないかい! あんた、またあたしが色目を使われたと勘違いしたね?」
「う……で、でも、姉さん。こいつ姉さんの体が綺麗だって言ったもん」
「馬鹿だねえ! 毛並みが綺麗だって言ったんだよ!?」
何故脅されたのか分からず固まる綾斗にダイキチが話しかけた。
「気にすんな! キチはチュウキチの奴に懐きすぎてるから、ああいう勘違いは良くするんだ! それに血を見るのが嫌いな奴だから、誰かを斬り裂いたりしねえよ! 血を見ないために薬を作る達人だからな!」
「あ、ああ、そうだったのか……」
するとチュウキチに怒られたキチが肩を落としながら謝ってきた。
「勘違いしてごめんなさい……。次からは気をつけます」
「気にすんな。勘違いなんて誰にでもあるからな」
そうしてかまいたち三兄弟と挨拶を交わしていると馬車の扉が開き、ぬらりひょんが中に向かって怒鳴りながら現れた。




