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51話 五日

「うがあ!?」

「はあ。だから無駄だって言ってるだろ」


 綾斗は金槌を取り落とした綱吉に向かってため息を吐きながらそう言った。

 対して隣にいた一本だたらは突然起こったことに目を見開いている。


「……驚いたわい。まさか綾斗とオレが見ていない隙に、そばに立てかけてあった金槌を持って襲い掛かってくるとはのお」

「道中ずっとこんな感じなんだ。隙あらば襲ってこようとする。それが無理だってことは分かっているはずなんだが……」


 綾斗は、はあ、ともう一度ため息を吐いた。

 彼らは今一本だたらの鍛冶場にいる。

 綾斗が綱吉をそこに案内したときに事件は起こったのだ。

 とはいっても綾斗が里を案内している道中は頻繁に事件が発生し、その度に綱吉は清明の術を食らうことになったのだが。

 何度も綾斗を殺そうとするのは無理だと体に教え込まれているはずなのに、なおそうしようとする彼を見て、綾斗は思う。


(こいつ、馬鹿だ)


 綱吉が回復するのを待っていると、鍛冶場の扉が開かれた。

 それと共に幼い子供の声が響く。


「ぽん太郎おじちゃん、あーそーぼー!」


 ハナだ。

 その後ろに勘衛門や元村人と元捨て人の子供達がいる。

 皆笑っている。

 一本だたらは彼らに向かって声をかけた。


「……すまんのお。今は立て込んでおるんじゃけえ。また後で遊ぼうかのお」

「わかったー!」


 ハナ達は聞き分けが良く、踵を返して外に出ていった。

 そんな彼女達の後ろ姿を綱吉は呆然と見送った。

 それに気づいた綾斗は口を開く。


「あいつらは村人や捨て人だった子供達だ。皆、倉之助の被害者で、明日も生きていけるか分からないような状況だった」

「……ふん! どうだかな!」


 綱吉はやはり、綾斗の話を聞こうとはしなかった。



 里の案内を終え、夕食の時間になった。

 綱吉は綾斗と妖怪達と一緒にご飯を食べることを拒絶したため、今はウメ、ハナ、勘衛門、そしてツバキとサキと同じ卓を囲んでいる。

 彼らは他の者達が食事を始めているにも関わらず、箸を取っていなかった。

 綱吉は五人に質問する。


「お主らは元は村人や捨て人らしいな。不安なことや恐れていることはないか?」


 すると話しかけられたウメとサキはビクリと体を震わせた。

 彼らは目上の身分、それも藩主である綱吉に対して恐れを抱いているのだ。

 そしてハナと勘衛門はウメにより失礼の無いように、あらかじめ静かにしているよう言われている。

 しかしツバキは倉之助の店で働いていたときにそのような客も相手にしたことがあるため、緊張した様子も無く口を開いた。


「もちろんございます」

「やはりそうか。悪人や妖怪達と一緒に住んでいればさぞ不安だろう」


 ツバキの答えを聞いて綱吉は納得したように頷いた。

 だがその言葉を聞いたサキが眉を顰めたのは気づかない。

 ツバキは彼の言葉に対して首を振った。


「いえ、そんなことではございません。私が申し上げているのはこの里を襲ってきた兵達のことでございます。いつまた襲われるか気が気ではございません」


 ツバキは綱吉を非難するような目をしながらそう言った。

 対して綱吉は予想外の答えに面食らったような顔をする。

 ツバキは言葉を続けた。


「綾斗さん達は私達が地獄の日々を送っているときに助けてくださいました。あの方達は綱吉様の言うような悪人ではございません」


 ツバキに力強い目を向けられ、綱吉は思わず目を逸らしてしまう。

 するとハナと勘衛門が目に入った。

 彼は二人に話しかける。


「そ、そこの二人はどうだ? 化け物が近くにいて怖くないか?」


 それに対して二人は首を横に振った。


「ようかいさん達はやさしいから怖くないよ」

「みんな遊んでくれるんだ!」


 思わず綱吉は口を開ける。

 するとウメが慌てて謝罪した。


「す、すみません! この子達はまだ幼いから丁寧な言葉遣いができないんです!」

「……いや、構わない。もとより口調は気にしないからな。それよりお主はどうなんだ?」


 必死になって頭を下げていたウメは、綱吉にそう聞かれ、頭を働かせながら答える。


「え、えっと、もちろん最初は妖怪に驚きましたけど、皆良い人たちです。不安を抱くことはもちろん、恐くなんかありません」

「……そうか」


 予想外の答えが連続して返ってきたからか、綱吉の驚きはやや小さいようだ。

 だがそれでも驚いていることには変わりは無い。

 最後にサキに問いかける。


「お主はどうなんだ? 極悪人がそばにいるのだぞ?」


 するとサキは今まで綱吉に対して抱いていた恐れを感じさせないほど、怒気が篭った声を発した。


「綾斗さんは悪い人じゃないの! あたしが死のうとしていたときも、他の人が苦しんでいたときも、体を張って助けてくれたなの! それでおいしい料理を作ってくれて、皆を笑顔にしてくれるの! 綾斗さんは優しい人なの!」

「……」


 あまりにも強烈な怒気を受けたからか、はたまた予想外過ぎるほど綾斗が信頼されているからか、綱吉は何も言えなくなる。


(おかしい。倉之助の言っていたことと全く違う。綾斗達は人々を恐怖に陥れ、殺しを行っていたはずだ。それなのに何故ここまで支持されているんだ? 嘘をついている様子は無いし、ひょっとして妖怪に操られている? だが近くに奴らはいないし……)


 そんな彼に向かってツバキが声をかけた。


「それより早くご飯をいただきませんか? 綱吉様より早く食べるなど失礼かと思っていたのでこうして待っている訳ですが、冷めてしまうと美味しくなくなってしまいます」


 ツバキは相変わらず冷めた声色で淡々と話す。

 それに対して綱吉は料理に手をつけるか迷ったものの、ツバキ達を待たせているということもあってか箸を取った。



 その頃、綾斗は九尾の狐から相談を受けていた。

 内容は綱吉の幻影が彼の家臣達に見破られそうだということだ。

 九尾の狐が口を開く。


「どれだけ怪しまれていても大抵騙し通せる自信はあるのじゃが、今回ばかりは厳しいかもしれんのお。なにせ四六時中傍に誰かおり、見張られていると言っても過言ではない状況なんじゃから」

「それは困ったな……」


 綾斗は腕を組んで考え込む。


「どのくらい誤魔化し続けられそうだ?」

「そうじゃのお。清明の手伝いも加味して、長くても五日といったところかのお。飯を食べられんからすぐにばれるじゃろうしな」


 思わず綾斗は頭を抑えた。


「五日か、短いな……。だがひょん爺が毎日飯を送って話しをするからそれで妖怪は悪という認識はなくなるはずだ。だから万が一ばれても理由を説明すれば大丈夫じゃないか?」

「そこまで上手くいくかのお?」

「……多分無理だな」


 綾斗は再び考え込む。

 しかし解決策は思い浮かばない。

 そして他の者達にも意見を求めたが良い案はでなかった。



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