50話 案内
翌朝、綾斗が綱吉の部屋にやって来た。
コンコン、とノックをしてからドアを開ける。
「入るぞ。どうだ、体調は……って、何があったんだ……」
部屋に入ると綱吉が一反木綿に巻きつかれ、一緒の布団に入っていた。
綾斗は思わず顔を引きつらせる。
すると綾斗の顔を見た綱吉は、憎き敵を見るような目で彼を見た。
「綾斗、きさま……!」
そんな綱吉に対して、一反木綿はひらひらとさせながら綾斗に話しかけた。
「あらぁ、綾斗ちゃん、おはよぉ。今は綱吉ちゃんが脱走してたから、捕まえているところよぉ」
「そ、そうだったのか。ありがとうな、もん君」
「もんちゃんって呼べや!」
朝であっても一反木綿の鋭い突っ込みは健在である。
次に綾斗は視線を綱吉が寝ている布団の前に下げた。
そこには昨日作った夕食が残っている。
「おい、夕食は食べなかったのか? 手をつけた形跡が一切無いが」
「ふん! お前が作ったものなど誰が食うか!」
綱吉のその言葉を聞いて綾斗はため息を吐いた。
「はあ。勿体無いことをするんだな。この里には食い物が無くて死ぬほど辛い思いをしていた奴がごまんといるってのに」
すると綱吉が訝しげな顔をした。
「なに? それはどういうことだ?」
「そのままの意味だよ。ここには倉之助の仕業で困窮していた村人や捨て人達が住んでるんだ。そんなやつらにこのことを聞かれたら怒るだけじゃ済まされねえぞ」
綾斗はそう言って綱吉の前に座り、箸を持った。
そして冷めた夕食を食べ進める。
しかし綱吉は綾斗の言うことを信じない。
「ふん! その話はどうせ嘘だろう! 大方食うために村人達を攫って来たに違いない!」
「そんなわけあるか」
ピシャリと言い放つ綾斗。
すると一反木綿が彼に話しかけた。
「それで、こんな朝早くに来てどうしたのお? 何か用事でもあったんじゃないのお?」
「ああ、そうだった。今日は綱吉に里を案内しようと思ってな。ここに住むなら知っておいた方がいいだろ?」
綾斗がそう言うと、一反木綿は納得した。
しかし綱吉は怒りを露わにする。
「なに!? 俺はここに住む気など毛頭無いぞ! それとも俺をこのまま帰さない気か!」
綾斗は綱吉に呆れた顔を向けながらため息を吐いた。
「はあ。昨日半蔵に俺たちがお前をここに置いている目的を聞いたんじゃなかったのかよ。お前の中にある誤解を解くために俺達はこんな面倒なことをしてるんだよ」
「ふん、お前達が悪ではないということか? 有り得んな!」
綱吉は話しを聞こうとしない。
だがそれでも綾斗は話しかける。
「だいたい俺達が悪人だったとして、倉之助を貶める意味はなんだ? 俺達は江戸から遠く離れたここで生活してるんだぞ」
「ふん! そんなもの知るか! お前達が倉之助を貶めた。その事実だけで十分だ!」
綾斗は思わず二度目のため息を吐いた。
そしてご飯を食べ終わると、綾斗は食器の片付けを一反木綿に頼んで立ち上がる。
「さて、と。行くぞ。里を案内する」
「……ふん!」
綾斗が綱吉にそう話しかける。
すると綱吉は返事をせずに立ち上がった。
彼からは僅かな殺意が見え隠れしている。
(大方、俺を殺すチャンスがあるかも、とか考えてるんだろうな)
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その頃、綱吉の家臣達は綱吉の幻影に向かって必死になって朝食を差し出していた。
「綱吉様、何故お食べにならないのですか? 昨日の夕食も食べておられなかったのに、これでは倒れてしまいますよ?」
家臣の一人がそう言った。
しかし綱吉の幻影は首を横に振る。
「必要ないと言っているだろう。腹が減ってないんだ」
綱吉の幻影は当然ながら飯を食べることが出来ない。
もっと言えば幻影であるため、物に触れることもできないのだ。
そのためそれを操っている九尾の狐は断り続けるしかない。
九尾の狐は思った。
(うーむ、人に化ける時はわちきが幻影の中に入って行動してきたから飯を食うことも簡単に出来たが、これはちとマズいかもしれんな。このままでは長いこと騙し続けることはできんじゃろう。どうしようかのお)
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