49話 夕食と弁当
半蔵が綱吉のいる部屋に戻ってくると、綱吉は一反木綿に巻きつかれていた。
「くそ、動けん! 離せ妖怪!」
「あらぁ、半蔵ちゃん、おかえりなさぁい」
一反木綿は動けない綱吉を布団の上に転がし、それに寄り添うように頭を腕で支えて横を向いて寝転んでいた。
それを見た半蔵は顔を引きつらせながら口を開く。
「もん君、何をやっているのでござるか……?」
「もんちゃんって呼べや!」
寝転んでいても鋭い突っ込みは健在である。
一反木綿は口を開く。
「綱吉ちゃんがあ、窓から脱走したからあ、こうして捕まえて逃げられないようにしているのよお」
「そうでござったか。お疲れ様でござる」
「いいのよお、これくらいお安い御用よお」
一反木綿は手をひらひらとさせながらそう言った。
次に半蔵は綱吉に声をかける。
「夕食を持って来たでござる。美味しいでござるよ」
そう言って半蔵は綱吉の前に座り、お盆に載せられた夕食を畳の上に置いた。
一反木綿が綱吉の拘束を解く。
しかし綱吉は起き上がったものの、夕食に手をつけない。
「ふん! 妖怪が食う飯など食えるか!」
すると綱吉の腹が鳴った。
半蔵は苦笑しながら口を開く。
「そんな無理せずとも食べればいいでござる。美味しいでござるよ」
「だから食わんと言っている! 得体の知れん奴らが食う飯だ。人の血肉とか入っているんだろう!」
綱吉がそう言うと、半蔵と一反木綿は不愉快そうな顔をした。
「失礼でござるな。そんなわけないでござる」
「そうよお。綾斗ちゃんが作ったご飯は美味しいんだからあ」
すると今度は綱吉が目を吊り上げた。
「なに!? これはあの極悪人が作ったのか!? ならなおさら食わん!」
綱吉は半蔵と一反木綿に向かって怒鳴り散らす。
加えて半蔵に殴りかかろうとした。
しかし直後に綱吉の体が電流に打たれたように痙攣する。
「うぐっ」
だが綱吉はそれでも動こうとする。
そんな彼に向かって半蔵はため息を吐きながら言い含めるように口を開いた。
「はあ。無駄でござるよ。清明殿の術は妖力とは違い、思いの力だけでは解けないらしいでござるからな」
それに対して綱吉は言葉を途切れさせながらも口を開く。
「お、俺を、どうする、つもりだ?」
「おお、この短時間でもうそこまで喋れるのでござるか。たいしたものでござる」
半蔵はそう感嘆し、思わず拍手した。
そして綱吉の質問に丁寧に答える。
「拙者達はお主を殺そうなどとは考えてないでござる。まずここは理解して欲しいでござるよ。ああ、もちろんお主を使ってお主の藩と取引を、何てことも考えてないでござる」
「な、に……?」
綱吉の顔に戸惑いが浮かぶ。
しかし半蔵は言葉を続けた。
「拙者達がお主にするのは綾斗殿と妖怪達が悪という誤解を解くことでござる。でなければ拙者達はいつまで経っても安心して夜も眠れないでござるからな」
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森の外では綱吉の家臣達と兵達が野営をしていた。
そこでは家臣達が九尾の狐が作り出した綱吉の幻影に向かって話しかけている。
「綱吉様! どういうことですか!? あの霧の奥には妖怪達がいるのですよ!」
「そうです! なのに何故こんなところに戻ってきたのですか!?」
「大半の兵まで帰して、一体どういうおつもりなのです!?」
家臣達は妖怪達の姿を見たことにより、すっかりその存在を信じている。
そしてこの時ばかりは綱吉が言っていた、妖怪が倉之助を犯罪者に仕立て上げたという主張が正しいと皆信じている。
しかしそれに対して幻影は首を横に振った。
「妖怪は悪ではなかった。霧の向こうでそれを知っただけのことだ」
「そんなはずはない! 現に妖怪達は倉之助を貶めたではないですか!」
「違う。倉之助は自分の罪を妖怪達に着せようとしたんだ」
いくら言っても綱吉は人が変わったようにその主張を曲げない。
そのため家臣達の中では、綱吉が妖怪達に洗脳されてしまったのではないかという思いが鎌首をもたげた。
そこに朗らかな老爺の声がかけられる。
「夜分遅くにすまんのう。ちょいとお邪魔するぞい」
ぬらりひょんだ。
彼はごくごく自然に家臣達の輪の中に入り込む。
すると一人の家臣がぬらりひょんに声をかけた。
「爺さん、こんな所に来てどうしたんだ?」
「ほっほっほ。お前さんらがこんな時間まで頑張っとるから、差し入れを持ってきたんじゃ。ほれ」
そう言ってぬらりひょんは後ろにいるダイキチの馬車の中身を見せる。
そこには木箱がいくつもつまれており、美味しそうな匂いが漏れ出ていた。
家臣達は先ほど目にしたダイキチには目もくれず、その木箱に視線が釘付けとなった。
ぬらりひょんはそれを家臣達に配っていく。
「弁当じゃよ。美味しいぞい」
「そ、そうか。ありがとう」
これまで嗅いだことの無い程お腹が空く匂いに意識が向き、家臣達は先程まで綱吉を疑っていた事などとうに忘れる。
彼らは箸を持って口に運んだ。
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