47話 決着
消火が完了したことをダイキチから聞いた綾斗はホッと安堵した。
「これでひとまずは安心だな」
そこに半蔵がやってくる。
「まきびしの設置終わったでござる! これで敵が入ってきても、足止めができるでござる!」
「そうか、ありがとうな。とはいってもダイキチが兵達は逃げたって言ってたから、意味は無いかもしれないが」
「それならそれでいいでござるよ」
綾斗と半蔵は森に目を向ける。
そこには先ほどまであった霧は無くなっていた。
綾斗は冷や汗を拭う。
「あと少し対処が遅れていたら危なかったな」
「そうでござるな。しかし、もし今敵がやってきたらまずいでござる」
「ああ、だからこうして……って、まさか!」
綾斗の視界に人影が映った。
それはやがて二人、三人、四人と増えていく。
綾斗は思わず声を荒げた。
「敵が来た!」
●
綱吉は霧が無くなっており、その向こうに開けた場所が見えてきたのを見て声を上げた。
「見えてきたぞ! あれが妖怪達の住む里だ!」
しかしその瞬間、足裏に激痛が走る。
「ぐあ!? な、なんだ!?」
見れば棘が複数突き出た乾燥した木の実が刺さっている。
綱吉はそれがまきびしだとすぐに分かった。
「おのれ……妖怪が人間の、それも忍者が使う道具を使ってくるとは……」
歯軋りする綱吉。
しかしそれでも彼は止まらなかった。
極悪人の綾斗と妖怪達を討つという思いを持って彼は走る。
するとそれをあざ笑うかのように熊や鹿、イノシシなどが襲ってきた。
綱吉は刀を引き抜いて数度振るう。
「せえい!」
それだけで動物たちは両断され、やがて燃え尽きるように消えていった。
綱吉はそれを最後まで見ずに走る。
すると次に突風が吹いてきた。
先ほどの暴風よりも弱いとはいえ、立ち止まらざるを得ない程、強烈な風だ。
これも妖怪の仕業だろう、と綱吉は思う。
「こんなところで、負けてたまるか!」
絶対に悪を討つ、という思いを燃やす。
するとその足は一歩、二歩、と前に進み、やがて風がそよ風と変わらぬ強さになった。
綱吉は走る。
風の強さは変わっておらず、彼を追ってきた家臣達が足止めされていることにも気づかず一人走る。
森の出口に近づいている。
徐々に開けた場所もはっきりと見えるようになってきた。
家々が建っているのが分かる。
「やはりここが妖怪達の里で間違いない!」
これ以上無いほどの確信を得る。
するとその前に人が二人立っているのが見えた。
その内の一人に見覚えがある。
「あれは……綾斗!」
極悪人が数十メートル先にいるという事実に綱吉は気を引き締める。
絶対に討つ、という思いが更に燃え上がる。
すると横方向から水でできた大蛇が突っ込んできた。
しかし綱吉には不思議とそれが脅威に見えない。
彼は力の限り刀を振るった。
「はあ!」
すると蛇が真っ二つになった。
その蛇はまるで力を失ったかのように地面に落ちてただの水になる。
綱吉は再び前を向いて走った。
すぐ目の前に綾斗がいる。
(奴を討つ!)
しかしそれを遮るように、今度は平凡な顔をした百姓がクナイを持って現れた。
「これ以上先には通さないでござる!」
鋭くクナイを振るう目の前の男は普通の百姓とは思えない動きをする。
だが綱吉は考えることよりも刀を振るうことに集中した。
(こやつ、強い!)
幾度と無く切りむすび、火花が何度も飛び交う。
何度も押しては返し、引いては押す。
しかし刀とクナイでは手にかかる負担が違う。
長時間にわたる戦闘により、目の前の男は疲弊しているようだ。
かといって綱吉もまた腕を上げるのが辛いほど疲弊している。
やがて目の前の男がふらりとバランスを崩した。
「隙あり!」
男に向かって刀を振り下ろす。
その瞬間、綱吉の体が宙に浮いた。
そして地面に叩きつけられると同時に気を失った。
●
綾斗は冷や汗を拭いながら半蔵に話しかけた。
「半蔵、ありがとうな。俺を信用してくれて」
「綾斗殿は人が死ぬのを許さぬ人でござるからな。わざと隙を晒しても絶対に助けてくれると思っていたでござる」
「それでも俺の無茶な作戦に乗ってくれたんだ。礼を言うよ」
そう言って二人は笑いあう。
そして次に地面に伸びている綱吉を見た。
半蔵が口を開く。
「しかしこの御仁は恐ろしい方でござるな。まさかまきびしを踏み越えただけでなく、ダイキチ殿達の妖力を思いの力で突破するとは……」
「それには俺も驚いた。江戸にいたときはダイキチの妖力で簡単に足止めできたからそれで十分だと思ったんだがな。恐らく里と俺を目の前にして思いがより強まったんだろう」
「なんとも無茶苦茶な御仁でござるな……」
半蔵は呆れたようにそう言った。
そして綾斗に質問を投げかける。
「それでこの御仁はどうするでござるか?」
「身包みを剥いでしばらくの間俺の家に住まわせる」
綾斗がそう言うと、半蔵は目を見開いて驚く。
「綾斗殿、正気でござるか!? こやつは綾斗殿の命を狙っているでござるよ!?」
「もちろんわかっているさ。でもこのまま帰すとどうせまた襲ってくる。それならこいつの勘違いを正してから帰す方がいいだろ?」
「む……確かにそうでござるな」
「もちろん見張りはひょん爺達に頼む。それなら安心だろ?」
するとそこに清明がやって来た。
「綾斗君、濃霧結界を張り終わったよ。ついでにまた火をつけられても大丈夫なように細工も施しておいた」
森のほうに目を向けると、そこには先ほどよりも濃い霧が立ち込めていた。
綾斗は空を飛んで綱吉の家臣達を足止めしているダイキチに合図を送る。
そして清明に礼を言った。
「ありがとうな。おかげで皆助かった。清明がいなけりゃ俺たちは死んでたよ」
「気にしなくて良いよ。僕もこの里が好きだからね。でも欲を言うと、今日はとびきり美味しいものが食べたいなあ」
その言葉を聞いて綾斗は思わず苦笑した。
「わかった。なら今日はいつも以上に腕によりを掛けて料理を作るよ」
そう言うと、清明は両手を突き上げて大喜びした。
しかしそこで彼は思い出したように綱吉に近寄る。
「忘れないうちに……」
清明はそう呟くと、なにやらよく分からない印を切った。
すると綱吉が身に着けている鎧や刀が一人でに動き、綱吉の体から離れる。
それに綾斗と半蔵が驚いていると、清明が説明した。
「さっきの君達の会話が聞こえたからね。念のためにこの人に術を掛けておいた。これでこの人は里にいる間、暴力を振るったりはできないよ。あ、鎧とかはついでにはずしておいたから」
「ありがとう。陰陽術って便利なんだな……」
「ひょん爺と一緒のことを言ってるね」
そう言って清明は苦笑した。
そして綾斗は切り替えるように口を開く。
「さて、後の問題は綱吉の家臣達だな。シッポちゃんを呼んでくるか」
●
吹き荒れていた風が突如ピタリと止んだ。
そのことに綱吉の家臣達は訝しげに思いながら、閉じていた目を開ける。
すると彼らは異変に気づいた。
「あ、あれ? 綱吉様は……?」
「どこいった!? まさか、霧の向こうに!?」
目の前には先ほど火で消したはず霧が再び発生していた。
家臣達は決死の覚悟を持って霧の中に飛び込み走るも、すぐに元の場所に戻ってきてしまう。
「こうなったら火矢を放て! もう一度霧を消し去るんだ!」
家臣達は様子を見に戻ってきた兵達に向かって指示を出す。
すると兵達は慌てたように火矢を弓に番え、放った。
だが火矢が霧の中に突入する直前、地面から幾本もの水柱が勢い良く吹き上がった。
その水柱が壁となり、火矢を飲み込む。
「な、なんだ!?」
「気をつけろ! 何をしてくるか分からん!」
家臣達は警戒し、兵達は逃げ出した。
しかし水柱は火矢を飲み込むと跡形も無く消えた。
「一体、なんだったんだ……?」
「まさか火を放てないようにしているのか……」
家臣達の間で様々な憶測が飛び交う。
するとその時、霧の中から一人の男が出てきた。
「何奴!?」
家臣達はすぐさま刀を抜き、構える。
だがその男の顔を見て、彼らは愕然とした。
「綱吉様!?」
そこにいたのは綱吉本人だったからである。
●
半蔵と清明が綱吉を綾斗の家に入れているのと横目で見ながら、綾斗は九尾の狐に話しかけた。
「どうだ? 上手くいったか?」
すると九尾の狐は当然、とでも言うように顔を上げた。
「わちきを誰だと思っておるのじゃ? 幾千年も人間に化けて社会に溶け込んだ九尾の狐じゃぞ? やつらを騙し通すなんて朝飯前じゃわい!」
「さすがだな。でも幻影は喋れないんだろ? そこらへんは大丈夫なのか?」
九尾の狐のことだから喋らなくとも人間を騙し通すのはたやすいだろう。
しかしそれでも万が一ということがある。
そのため綾斗はそう質問した。
しかし九尾の狐はその心配を快活に吹き飛ばすように口を開く。
「問題ないのじゃ! 普通ならわちきが幻影を纏って声真似をしながら行動するのじゃが、今回は清明がおる。清明の式紙を幻影の中に仕込んでいるから、それを通して自由に見たり聞いたり喋ったりできるのじゃ!」
それを聞いて、綾斗は思わず呟く。
「本当に陰陽術って便利だな……」
「わちきもそう思うのじゃ」
綾斗の呟きに同意する九尾の狐。
それから彼らは異常が無いことを確認すると、家に戻っていった。




