4話 森の先には
「それは何かの見間違いだったとか……」
「ありえないでござる。あれはまさしく妖怪でござった」
その目は真剣そのものであり、どこにも嘘をついている様子はない。
綾斗は冷やりとしたものが背筋を走るのを感じた。
「もし、それが本当なら、サキが言っている十日後に食われるってのも……」
「真実だと思われるでござる」
二人の間に沈黙が走る。
「綾斗殿、くれぐれも今の話をサキ殿には……」
「ああ、しないでおくよ」
サキはまだ八歳の子供だ。
そんな彼女に今の話を聞かせるのは精神的に良くない。
半蔵はそう思い、綾斗にだけ今の話を聞かせたのだろう。
「二つ目は、この森の南にある村についてでござる。その村は知っているでござるか?」
「ああ、知ってる」
ちなみに綾斗とサキが沿って歩いてきた川は東から西に向かって流れている。
「それがどうした?」
「あの村には行かないほうがいいでござる。拙者、何もしてないのに襲われたでござるからな。綾斗殿と会ったときに武器を取り出したのも奴らの追っ手だと思ったからでござる」
「そうだったのか。だが奇遇なことに俺も襲われた。雨宿りをさせてくれと頼んだだけなのに鎌を振り下ろされたんだ。なんとか避けれたが、右頬を浅く斬られてしまった」
そういって綾斗は傷跡を見せる。
すると半蔵は目を見開いて驚いた。
「なんと、そうでござったか。それで言いたいのはサキ殿はおそらくその村で捨てられたのではないかと」
「ああ、それは俺もうすうす気づいていた。まあ子供を捨てるような村だからな。皆狂ってんだろ」
吐き捨てるようにそういう綾斗。
しかし半蔵はその言葉に対して疑問を抱いたような顔をした。
「拙者もいきなり襲い掛かってくるのはおかしいと思うでござるが、子供を捨てるのは普通のことではござらんか?」
「は? 何言ってんだおまえ」
「おや、もしかして綾斗殿がいた時代は違うでござるか? 拙者がいた時代では食い扶持を減らすために働けない赤子や老人を捨てるのは当たり前であったでござる。まあ、そのことは拙者も快く思っていないでござるが」
「嘘だろ……? そんなことが普通だったってのか……?」
「そうでござる」
口を開け、放心する綾斗。
しかし次の瞬間、手のひらにつめが食い込むほど手を強く握った。
そして唸るように口を開く。
「命ってのはそんなに簡単に捨てていいものじゃないんだ。それなのに……」
「そ、そうでござる。生きることはなによりも大切なことでござるからな……。とにかく村に行かないのだということが分かってよかったでござる。では拙者は休むでござるー」
綾斗の怒気に当てられた半蔵は、早口にそういって地面に寝転んだ。
それから数日間、彼らは川に沿って歩いた。
時折ハチがふらりと姿を消して彼らが探し回ることになった以外は特に問題は無かった。
「では今日こそ鳥を狩って来るでござる!」
「わん!」
空が赤らんできた頃。
夜目が効く半蔵と鼻が効くハチのコンビが威勢よく夕飯の調達に行く。
(あのコンビ、なんか違和感があるな。なんだ?)
腕を組み彼らの後姿を眺めながら考える綾斗。
しかしその違和感の正体はすぐに分からなかった。
(……まあいいか)
太陽が木々に隠れようとしている。
辺りはゆっくりと闇に包まれていき、数メートル先の地面に靄がかかっている。
そんな中、綾斗とサキは大木の影で野草を探していた。
「サキ、元気出せよ。まだ五日もあるんだ。それだけあれば森を抜けられるさ」
「それはわかってるなの……」
「ならいいんだ。森を抜けるためにも落ち込んでちゃいられないからな」
「でも、あとどのくらい歩けば森を出られるのかわからないから不安なの……」
俯いてポツリとそうこぼすサキ。
綾斗はそんな彼女に対してどう声をかけるか迷っていた。
彼も本当にあと五日で森を抜けることができるか不安なのだ。
するとそんな二人の不安を打ち砕くかのような快活な声がかけられた。
「おーい! 綾斗殿! サキ殿!」
「わんわん!」
先ほど鳥を狩りに行ったばかりの半蔵とハチが帰ってきた。
やけに興奮しているがその手に鳥はない。
すると再び大声を発した。
「森を抜けることができたでござる!」
その瞬間、思わず二人は野草を取り落とした。
「なに!?」
「本当なの!?」
半蔵はその言葉に大きく頷く。
「本当も本当でござる! 付いて来るでござる!」
そう言って半蔵とハチは二人に背を向け走り出した。
「ああ!」
「わかったなの!」
すぐさま地面に置いていた荷物を持って走る二人。
やがて光が差し込む森の出口が見え、広々とした草原に出た。
遠くの方には海がある。
「わあ! きれいなの!」
「これは……すごいな」
地平線に沈み行く夕日が海を煌かせ、草原をやわらかく照らしている。
吹き抜ける風がやさしく肌をなでていき、その幻想的な景色もあいまって心が洗われるようだ。
「そうでござろう? そうでござろう? 拙者もこれを見たときはしばらく動けなかったでござる」
綾斗は口を開いた。
「決めた! ここに住もう!」
彼の突然の言葉にサキと半蔵は呆気に取られる。
「へ?」
「なぬ?」
そんな彼らに綾斗は説明しだした。
「どうせ俺らは行く場所がないんだ。ここは妖怪が住む森に覆われていて誰も入ってこれないから年貢を納める必要もないし、森に近づき過ぎなければ妖怪に命を狙われる心配もない。住むにはうってつけだと思わないか?」
綾斗のその言葉を聞き、半蔵とサキは顔を明るくさせた。
「たしかにそう言われると悪くない気がしてきたでござる!」
「あたしも、さんせーなの!」
二人の言葉を受けて、綾斗は笑顔で言葉を発した。
「よし! それならここが今日から俺たちの住処だ!」
●???視点
天高く昇った月が雲に隠れ村を覆う。
そんな中、一軒の家に明かりが灯っていた。
その中では三人の侍と一人の百姓が小さな声で話している。
「おい、五平。サキという童女は確かに森に行ったのだな?」
「はい、その通りでございます。昨日確かに村から捨てて、倉之助殿との約束どおり森の中に追いやりました」
五平と呼ばれた百姓は侍に対してうやうやしく受け答えをする。
だがそんな彼に対して一人の侍は苛立ったように口調を強めた。
「だが森にはいなかった。童女がいるであろう範囲を探しても見つからなかったぞ」
すると五平は萎縮したように体を縮こませた。
しかし彼は事実を言っているため、そのようなことを言われてもどうしようもない。
「お、恐れいりますが、御侍様方が見逃したというわけでは……」
「そんな馬鹿なことをするとでも思うのか? 俺達が何年この仕事をしていると思っている! この村から三日で行ける場所は全て把握しているのだぞ!」
「で、では四日以降でも行ける範囲にいるのでは……」
「童女の足でそこまで行けるはずがなかろう! たとえ行けたとしても、それは食い物を腹に入れた者だけだ! 絶望し、腹が空いて力が入らない者はそこまで歩けん!」
そう言って侍は激昂する。
しかしそれでも五平は約束を果たしたまでなのでどうしようもなかった。
侍達は苛々しながら舌打ちをした。
「ちっ。こうなったらそのまま報告するしかないか」
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