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39話 安部清明


 捨て人達は里に降り立った時、驚愕した。

 話には聞いていたが本当に他の妖怪がいるとは思っていなかったからである。

 そしてそれはツバキも同様だった。


「妖怪がいたことも驚きですが、まさか人間と一緒に暮らしているとは……」


 するとぬらりひょんが口を開いた。


「ほっほっほ。驚いているようじゃのう。さて、里を案内するから、ワシに付いて来るんじゃ」


 そうしてぬらりひょんは皆を先導するように歩き出した。



 里に戻った綾斗はすぐさまキチを呼び、平安装束の男を診てもらった。

 キチが口を開く。


「空腹で倒れただけだみたいだよ。命に別状はなさそう」


 それを聞いた綾斗はホッと息を吐いた。


「そうか。良かった。それなら燻製したキジ肉でも食わせるか」


 そう言って綾斗が家の方に体を向けると、サキがとことこと歩いてきた。

 その手にはたくさんの果物がある。


「食べ物を持ってきたの!」

「サキ、気が効くじゃないか」

「この男の人が馬車の中でずっとお腹が空いたって呟いてたなの! だから持ってきたなの!」

「そうだったのか。気づかなかったな。偉いぞ」


 そう言って綾斗がサキの頭を撫でると、彼女は口元を緩ませた。

 それからサキは平安装束の男に果物を渡す。


「柿なの。美味しいの!」


 すると男はガバリ! と勢いよく起き上がり、サキの持つ柿をひったくるように取って口にした。

 その瞬間、大声で叫ぶ。


「しぶーーーーい!」

「きゃっ!」


 サキは驚き飛び跳ねる。

 しかし男はそんな彼女を気にする余裕も無いらしい。


「渋いよこれ!? 食べるけど!」


 男は夢中になって柿を口にする。

 綾斗はそんな彼の持つ柿を見た。


「サキ、それは渋柿だ。こっちの干し柿なら美味いはずだ」


 そう言って綾斗はサキの手にある干し柿を指さす。

 それをサキが男に渡そうとする。

 すると男はサキの姿を視界に映すことなく干し柿に手を伸ばして口にした。


「あまーーーーい!」

「きゃっ!」


 サキは驚き飛び跳ねる。

 しかし男はそんな彼女を気にする余裕も無く干し柿を食べ進める。


「甘いよこれ!? もう全部食べちゃったよ!」


 サキはそんな男に次々と持ってきた果物を渡す。

 その度に男は歓喜の声を上げた。

 そんな彼の様子を見ながら綾斗は呆れる。


(渋柿を全部食べたこともそうだが、相当腹が減ってたんだな。これは早めに夕飯を作ったほうがいいな)


 そんなことを思っていると、どこからか驚愕した声が聞こえてきた。


「ぬあ!? ぬ、ぬしは清明ではないか!?」


 九尾の狐だ。

 彼女は清明の顔が見える位置に走り寄る。

 そして再び大声を上げた。


「間違いない! 清明じゃ! ぬし、わちきじゃ! 九尾の狐じゃ!」


 九尾の狐は前足で清明の足をテシテシと叩きながら話しかける。

 しかし清明は食事に夢中なのか、彼女の存在に一切気づかない。

 やがて九尾の狐はため息をついて諦めた。


「はあ、あいかわらず食事になると他のことに一切気づかないのお」


 そう言ったものの、九尾の狐の声からは清明の身が安全だったことに安堵していることが分かる。

 すると綾斗が彼女に話しかけた。


「この男が、安部清明なのか?」

「そうじゃよ。ある日わちきの前から突然いなくなった男じゃ。まさかこの時代に飛んできていたとはのお……」


 九尾の狐はそう言って瞳を潤ませる。

 対して綾斗達は驚愕をあらわにした。


(姫越峠を越えた辺りで消えたって聞いてたから、タイムスリップしたんだろうと思ってはいたが、まさかこうして会えるとは思わなかったな)


 すると清明は満足したのか口を開いた。


「ふぅー、食べた食べた! いやー、最初の渋柿以外全部美味しかったよ!」


 そして彼は辺りを見る。

 するとようやく彼は綾斗達の存在に気づいたらしい。

 目を丸くしている。


「あれ? ここは? それに君達は? たしか僕は九尾の狐と一緒に逃げていたと思うんだけど……」


 それに対して綾斗が言葉を返す。


「お前は峠の近くで倒れていたぞ。どうも空腹で力尽きていたみたいだな」

「そうだったのか」


 清明は合点がいったという顔をする。

 すると次の瞬間、探し物を思い出したように辺りを見回した。


「……はっ! 九尾の狐はどこに!?」

「ここにおるわ! この阿呆が!」


 そう言って九尾の狐は清明の足に自分の前足とテシッと叩きつける。

 その声に反応した清明は視線を下ろすとホッと安堵した。


「なんだ、こんなところにいたのか。小さくて気づかなかったよ」

「誰が小さいじゃと!? ぬし、喧嘩を売っておるのかの!?」


 そうして二人は戯れだす。

 するとそこに捨て人達の案内を終えたぬらりひょんがやって来た。

 彼は綾斗から男が清明だったということを聞くと、目を見開いた。


「なんと!? あの青年が清明か!」

「そうらしい。ひょん爺はあったこと無かったのか?」

「うむ。噂を聞いたことは何度もあるんじゃがな。会ったことはもちろん、見たことすらなかったのじゃ。何せ清明は全国を歩き回っていたからのう。どこにいるかすぐに掴めんかったのじゃ。一度会ってみたいと思っておったが、まさかこんなところであえるとはのう」


 そうして綾斗がぬらりひょんと話をしていると、清明が感心した声を上げた。

 どうやらこの里の説明を九尾の狐から聞いたらしい。


「へー、人間と妖怪が住む里か。まさに夢のような地だね」


 清明は感心した様子で立ち上がり、里の風景を眺める。

 そんな彼に綾斗は声をかける。


「俺は須王綾斗だ。綾斗って呼んでくれ」

「僕は安部清明。清明って呼んでくれて構わない。好きな食べ物は食べれる物で、嫌いな食べ物は食べられない物だよ」


 清明は顔をキリッと引き締める。

 彼なりの自己紹介のつもりなのだろう。

 そう解釈して、綾斗は言葉を返す。


「要は好き嫌いが無いってことか。わかりやすいな。それより過去からこの時代に来たって事は、行くあてはないんだろ? ここに住んだらどうだ?」


 綾斗がそう言うと、清明は少し考えた後口を開いた。


「迷惑になるかと思ったけど、たしかに行くあてもないんだよね。それならお言葉に甘えて、ここに住まわせてもらうよ」

「ああ、歓迎するよ。よろしくな」


 そう言って彼らは握手を交わした。



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