37話 逃走
先頭を走っているのは綱吉だ。
「おい! これは何の騒ぎだ! どうして倉之助が捕われている!?」
綱吉が叫ぶと同時に役人の一人が彼ら進行を塞ぐように前にでる。
そして役人は綱吉に倉之助が捕まった理由を話した。
すると綱吉は顔を真っ赤にして激昂する。
「そんな馬鹿な話があるか! 倉之助は善人だぞ!」
「しかし綱吉様、証拠は揃っております。間違いなく倉之助は犯罪者でございます」
「何をいっている! それは何かの間違いだ!」
すると綱吉は綾斗がいることに気がついた。
彼は綾斗に向かって噛み付くように声を上げる。
「まさかこれはお前の仕業か! お前が倉之助を悪人に仕立て上げたんだな!」
(そういえば倉之助のせいで、綱吉の中では俺は悪人になっているんだったか)
綾斗は綱吉の誤解を解こうと口を開く。
「だから俺は……」
「口を開くな、極悪人が!」
しかしその声を掻き消すように綱吉は大声で口を開いた。
「証拠は揃っているといっても、それはそこの妖怪達が面妖な力で揃えた物だ! お前達役人は妖怪と組んだ極悪人に騙されている!」
綱吉は綾斗の言葉に聞く耳を持たない。
それどころか刀を抜き、今にも綾斗に襲い掛かろうとする。
それを見たぬらりひょんが仲裁に入った。
「これこれ、そんな物騒な物はしまわんかい。お前さんは何か勘違いをしておるぞい」
しかし綱吉はぬらりひょんの事を鬼のようにつり上がった目で睨みつける。
彼はぬらりひょんの言葉にも耳を貸さない。
「黙れ、妖怪が! お前の言うことなど信じられるか!」
その言葉を聞いて綾斗は驚愕した。
(ひょん爺の妖力が全く効いてないだと!? どんだけ俺のことを目の敵にしているんだ!?)
するとそこで倉之助がここぞとばかりに叫ぶ。
「綱吉様、そうでございます! 私はここにいる妖怪達に嵌められて、捕まってしまったのでございます! どうかお助けください!」
倉之助はいかにも被害者のような顔をして綱吉に訴える。
そんな彼の叫びを聞いた綱吉は確信を得たような顔をした。
「やはりそうか! 俺に任せておけ!」
綱吉はそう言い、次に家臣達に向けて言葉を発する。
「おい、お前達! 聞いたか!? 元凶はここにいる妖怪だ! 刀を抜いて奴らを成敗せよ!」
しかし家臣達は動かない。
そのことに綱吉が訝しげな表情をすると、家臣の一人が恐る恐るといった様子で彼に話しかけた。
「綱吉様。今のは明らかに倉之助の嘘だと思います。現に奴の地下に捨て人達が監禁されていた牢屋も発見されているみたいですし、悪いのは妖怪ではなく倉之助です」
家臣は綱吉が手に持っている刀をチラリチラリと見ながらもそう言った。
だが綱吉はその言葉に耳を貸さない。
「だからそれは妖怪がやったのだ! 倉之助が悪いはずがない!」
綱吉はそう言うものの、彼に賛同する家臣は一人としていない。
そのことを悟った綱吉は綾斗に怒りを宿した目を向ける。
「もしやお前達、俺の家臣達まで妖怪の力で洗脳したな!?」
それに対してぬらりひょんが冷静に言葉を返す。
「そんなわけないじゃろ」
「嘘をつくのも大概にしろ! おのれ、よくも……」
すると綱吉は突如前に立っていた役人のそばを通り過ぎ、近くにいた綾斗に向かって走りよった。
それと同時に振り上げた刀を勢い良く振り下ろす。
「やっぱりか!」
綾斗は余裕を持ってそれを避けた。
だが綱吉はそれを見越していたように二回、三回、と連続して刀を振るう。
対して綾斗は刀を振るう速度に目が追いついているため、後退しつつも避け続ける。
すると半蔵が彼らの間に割り込むように入ってきた。
「そこまででござる!」
クナイと刀が甲高い音を立てながら火花を散らす。
二人の実力は互角なのか、右に左に移動しながら刃を交わしている。
綾斗はそれを見ながら、チラリと綱吉の背後に目を向けた。
綱吉の背後からは彼の家臣達が慌てて彼を止めようとしているが、まだ来ない。
その時、半蔵の背後から小さな悲鳴が聞こえた。
「ひっ!」
サキだ。
半蔵はその声を聞いて動きを止め、綱吉の刀を正面から受け止めた。
しかしクナイと刀では力の入り具合が違う。
徐々に半蔵が押され始めた。
(くそっ、やるしかねえか!)
綾斗は即座にそう判断し、鋭い踏み込みと共に綱吉に肉薄する。
そして綱吉の襟首を掴み、瞬く間に投げ飛ばした。
綱吉が一瞬宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「がはっ!」
「綱吉様!?」
それをみた綱吉の家臣達は彼の様子を見る者と綾斗と半蔵に向かって刀を向ける者に別れた。
「やっぱりこうなったか!」
「どうするでござるか!?」
綾斗と半蔵は冷や汗をかきながら侍達と相対する。
どうやら侍達は綾斗と半蔵の実力を見て警戒しているらしい。
するとそんな彼らを上から力強く押さえつけるような突風が襲った。
ダイキチが妖力を使って起こした風だ。
侍達はたまらず地面に膝を突く。
するとダイキチは突風を維持したまま大声で叫んだ。
「逃げるぞ! 皆馬車に乗れ!」
その声に従って綾斗達は急いで馬車に乗る。
そして全員が乗り終わると、ダイキチは馬車を発車させた。
●
綾斗達が綱吉達の前から立ち去った後もしばらくの間突風は収まらなかった。
その間綱吉の家臣達は膝を着いていた。
やがて風が収まり、侍達は鎖から解放されたように立ち上がる。
綱吉もまた立ち上がった。
そして彼は空を見て悔しそうに歯軋りする。
「くそ! こともあろうに極悪人を逃してしまった!」
綱吉は手のひらに爪が食い込む程の怒りをたたえる。
少しの間そうしていると、今度は役人に詰め寄った。
「おい! 今のを見ただろう!? 妖怪は面妖な力を使うんだ! 倉之助はそれであいつらに嵌められたんだ!」
綱吉は必死の形相でそう言った。
しかし当の役人はというと、それに対して不思議そうな顔をしながら言葉を返す。
「妖怪、ですか? 一体何のことを言っておられるのでしょう? 倉之助が人身売買をしていた確固たる証拠は揃っていますし、とても誰かの陰謀など考えられません」
「……何?」
役人の言葉を聞いて、綱吉は愕然とした。
周りを見れば役人と同じように綱吉のことを不思議な目で見ている者たちばかりである。
唯一倉之助だけが首を横に振って口を開いた。
「綱吉様、無駄でございます。どうやらあの妖怪達は不特定多数の記憶を消せるようなのでございます」
綱吉は唸るように口を開いた。
「これも妖怪の仕業なのか! おのれ……!」
すると綱吉は倉之助に声をかけた。
「倉之助! 必ずお前を助けて見せる! だから待っていろ!」
「は、はい! ありがとうございます!」
そう言って綱吉は踵を返し、自身の館に向かった。
家臣に向かって話しかける。
「おい、これから妖怪達の住処がある津藩の山奥に向かう。そこの藩主と話をつけてこい。今すぐにだ!」
「は、はい!」
綱吉の声は怒りが混じりの威圧が混じっており、それに当てられた家臣は声を震わせながら返事をした。
●
江戸から離れてホッと一息ついた後、綾斗は自嘲たように呟いた。
「きっと俺は江戸では犯罪者の仲間入りだな」
それに対してぬらりひょんが優しい声で言葉を返す。
「あの状況で手を出すのは仕方ないわい。気にする必要はないぞい」
「そう言ってくれると助かるよ」
そう言った綾斗は、今度は話を変えるように口を開いた。
「それで他に売られた捨て人たちはどうする? 本来なら助ける予定だったが、こうなったら江戸には二度と行けねえぞ」
「ほっほっほ。心配せんでもワシが何とかするわい。妖力を使えばそこらへんは問題ないからの。じゃがお前さんは犯罪者となっておるから、そこはワシでもかばいきれん。じゃからお前さんは里におるとええ」
ぬらりひょんのその言葉を聞いた綾斗は心配事がなくなったような顔をした。
「そうか。ならそうするよ。後は頼んだ」




