32話 焦り
馬車の中で半蔵がサキの着物に気づき、彼女に声をかける。
「懐かしいでござるな。その着物は拙者達が出会った時に来ていた着物でござるな」
サキが着ているのは村から捨てられた時に五平から餞別として送られた赤い着物である。
「そうなの! お母さんもこれと同じ着物を着て村を出て行ったから、これを着ていればきっとお母さんもあたしのことを見つけてくれるの!」
するとそれに対してぬらりひょんが口を開いた。
「その着物のことじゃが、五平のやつが言うにはそれを餞別に渡していたのにも意味があったそうじゃぞ。なんでも暗い夜闇の中でも見つけやすいかららしいのう。倉之助の指示らしいわい。町奉行所に送る途中で聞いたらそう言っておった」
それを聞いた綾斗は吐き捨てるように口を開く。
「そうなのか。つくづくあいつはゲス野郎だな」
ぬらりひょんが言葉を発した。
「それはそうと、倉之助の下にいる捨て人達はどうするんじゃ? まさか町奉行所の役人に倉之助を捕まえさせて、それで終わりというわけではないのじゃろ?」
ぬらりひょんがそう言うと綾斗は大きく首を縦に振った。
「もちろんだ。捨て人達を放っておくことなんかできるはずないからな。全員里で引き取ることにするよ」
「そうかい。分かったぞい」
馬車は江戸に到着し、ダイキチが地面に降りる。
するとサキが真っ先に扉を開けて飛び出した。
綾斗が慌てて追いかける。
「おい、サキ! 待て! まずは町奉行所に……」
綾斗は大声でそう言うも、サキは返事をせずに走っていく。
その後ろ姿には余裕の無さが感じられた。
彼女の小さい体は瞬く間に人ごみに紛れてしまう。
「くそ! どこいった!?」
綾斗はすぐに追いかけるも、サキの姿は見つからない。
半蔵が焦る彼に向かって声をかけた。
「綾斗殿、手分けして探すでござる!」
「わかった、俺は倉之助の店の方を探す!」
綾斗はそう言って駆け出した。
◆
サキは咄嗟に馬車を出て駆け出し、倉之助の店に向かっていた。
しかし人ごみに視界を遮られ、方向感覚が気づかない内に狂いだす。
やがて人ごみを抜けると全く見たことの無い場所にやって来ていた。
「あれ……ここはどこなの……?」
サキはうろたえながらも足を動かし、徐々に見通しが良い道、つまり人通りが少ない道に入っていく。
◆
サキを見失ってから綾斗達はすぐに人ごみに向かった。
彼は辺りを見回し、人にぶつかりながらも進んだ。
「くそ! 赤の着物だから分かりやすいかと思ったんだが見つからねえな!」
綾斗はサキの名前を大声で呼びながら歩く。
しかしそれでも彼女の姿は見つからない。
(こうなったら先回りするしかねえか)
サキは母親を探しに来たため、倉之助の店に向かっているはず。
そう判断した綾斗はそちらに向かって駆け出す。
やがて人の数が少なくなっていき、辺りが見通せるようになってきた。
「このあたりにはもう来てると思ったんだが、まだ来てないのか?」
そう思った綾斗だが、倉之助の店の近くで待つ方が確実だと判断し、そちらに向かう。
すると侍の集団が駆けて来た。
(なんだ? 急いでるみたいだが……。一応道の端に避けるか)
しかし侍の集団はそれでも綾斗に向かって走って来、やがて彼の前で止まった。
先頭を走っていた侍が威圧するように声を上げる。
「右頬に傷跡のあるバテレン……。もしやお前が綾斗か!」
「バテレンじゃねえが、俺のことだ」
綾斗が訝しげにそう答えた直後、先頭を走っていた侍が刀を抜き、振り下ろす。
「極悪人め! 覚悟しろ!」
「あっぶね!」
侍が振り下ろしてきた刀を綾斗は咄嗟に避ける。
すると刀を振り下ろした侍を周りの侍達が諌めた。
「お止めください綱吉様! 例えこのバテレンが悪人だとしても、捕らえて町奉行所に突き出すべきです!」
その会話を聞いていた綾斗は、綱吉、という言葉に反応した。
(こいつが綱吉か。他の侍に比べて体格が良いな。見た目からして俺より少し年上か?)
綾斗がそんなことを思うと同時に、綱吉が唾を飛ばす勢いで言葉を発した。
「またそれか。そんな仕打ちでは温すぎる! 悪人には死あるのみだ!」
再び綱吉が刀を振り上げる。
綾斗はそれから逃れるように距離をとりながら口を開いた。
「俺が悪人ってどういうことだ!? 俺はそんなことやってねえ!」
「うるさい! 悪人の言うことなど、信じられるか!」
「はあ!? 少しは話を聞けよ!」
「黙れ!」
二度、三度と綱吉は鋭く踏み込み、刀を振るう。
それを綾斗はかわしながら、綱吉に対して自分は悪人ではないと訴え続ける。
だが綱吉は刀を振り続けた。
(だめだ、話が通じねえ!)
綾斗は話の通じない綱吉から背を向けて駆け出した。
(綱吉相手に反撃しようものなら、即座に俺の首が飛ぶからな。向こうが話を聞かないなら、逃げるしかないだろ!)
走り方や履物の違いがあるため、綾斗の足は綱吉達に比べてはるかに速い。
それに加えて近くには人ごみがある。
そのため綾斗は容易に綱吉から逃げることが出来た。
だがその騒ぎは大きく、すぐに倉之助の耳に入ることとなる。




