31話 再び江戸へ
綾斗が村人達を里に連れてきてから一日が経った。
彼らは綾斗とサキの家に寝泊まりしている。
ぬりかべが新たな家を作り次第、そちらに引越す予定だ。
村人達は一度妖怪達と話したことがあるからか、彼らに怯えることなくすぐに里に馴染んだ。
綾斗と半蔵はそんな村人達の様子を見届けると、馬車に向かう。
そこにサキが慌てたように駆けつけた。
「綾斗さん! 待ってなの! あたしも行くの!」
「ダメだ。もしかしたら危険なことがあるかもしれないんだ。お前は連れて行けない」
綾斗はサキをその場に押しとどめ、馬車に乗り込もうとする。
しかしサキは彼の言う事を聞かずに馬車に乗り込んだ。
綾斗が彼女を叱るように口を開く。
「おい、サキ。ダメだって言ってるだろ。お前はここに残れ」
「嫌なの! あたしも江戸に行って、絶対にお母さんを見つけるの!」
これまで綾斗達は捨て人は捨てられると、そのままどこかで死んでしまったものだと思っていた。
しかし五平の家から出てきた手紙により、捨て人達は倉之助の人身売買の商品にされていることを知った。
ならばその者達は生きて倉之助の下にいるはずである。
加えて過去に捨てられた者達もどこに売られて行ったのかを調べるつもりだ。
捨て人達を取り返し、その買い主の悪事を暴く気でいる。
だがそこにサキが加わると非常にやりづらい。
「前に江戸に行った時も俺達は侍に囲まれただろ。あれよりもっと危険なことがあるかもしれないんだぞ」
「それでも行くの!」
綾斗は繰り返しサキに馬車を降りるように言う。
しかしサキは頑として譲らない。
結局綾斗が折れる形となり、馬車はぬらりひょんを加えた四人を乗せて出発した。
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ツバキは客が大人しく帰っていってホッと息を吐いた。
「ふぅ。疲れました……」
この店で無理矢理働かされることになってから早くも三年が経ったが、未だに接客業というのは慣れない。
親が厳しかったため丁寧な言葉遣いはこうして独り言でも使ってしまうほど身に染みているが、それだけだ。
後は自身の容姿が他よりも少し優れているというくらいだろうか。
村人だった自分にはそれくらいしかない。
だがそのおかげで自分は殺されたり怪しげな者の手に渡らずに済んだのだから、運が良いと思わなければならない。
ツバキは目の前の大通りを行き交う人々を見ながら、他の客がやってくるのを待つ。
しかしやってこない。
「まあ、いつものことですしね」
この店は普段は殆ど客が来ない。
店先に並べてある売り物も普通の客や町奉行所の役人の目を欺くための物だ。
この店にやってくるのは大抵主要な商品、つまり捨て人を買いに来る客ばかりなのである。
しかし今日は倉之助が綱吉様の下に行ったため、客が来ても帰すことになる。
人身売買は倉之助が直接立ち会って行うことになっているためだ。
「あの綾斗という人も、意地を張らずに倉之助に知識を教えればこんなことにはならなかったはずなんですけどね」
誰ともなしに一人呟く。
倉之助は綾斗のことを悪人として綱吉様に報告しに行った。
もしこれから綱吉に見つかれば即座に斬り捨てられることになるだろう。
「また死人が一人増えるのですか……」
ツバキは悲しそうな顔をする。
しかしそんな彼女の言葉に返す者はいない。
彼女は裏口に干している洗濯物を取り入れるため、交代の者にその場を任せて店の奥に下がった。
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